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オニキス・フォン・スペンサー男爵令息が、自分が同性愛者だと気づいたのは、親友であるカール・ディ・フォルトナム公爵令息にハリー・フォン・ミラー侯爵令息を紹介してもらったときだった。カールも公爵の子息だけあって年齢の割には落ち着いていたが、ハリーはそれに輪をかけて社交的、話術も巧みで容姿端麗、非の打ち所のない、とても魅力的な人物だった。
オニキスは、気がつけばいつも彼を目で追い、いつの間にか彼に恋している自分に気がついた。
気づいたからと言って、同性ではどうなるものでもなく、オニキスはただ見ているだけにしようと心に決めていた。
更にハリーはかなり女性の扱いも上手く、会うたびに違う女性を連れているか、誰かと噂話になっているかのどちらかだった。その姿や噂話を耳にするたびに、気持ちは沈んだ。
そしてお茶会に参加する度に、女性に囲まれているハリーを目にし、オニキスはつらくなるのだった。
そんなある日、いつものようにお茶会に参加し、親友のカールと話をしていたときのことだった。オニキスがカールが思いを寄せている、リアン・ディ・パシュート公爵令嬢の話をすると、突然カールは手に持っていた薔薇の花をオニキスに押し付け去っていった。
「なんだよあいつ」
カールからもらった薔薇を見つめ独りごちていると、後ろから声をかけられる。
「その薔薇、どうしたのかな?」
振り向くと、ハリーが立っていた。オニキスは心臓が高鳴るのを感じながら答える。
「よぉ! ハリー。お前も来てたんだな。いやさ、カールの奴が薔薇くれたんだけど男からもらってもな。まぁ、適当にそこら辺にいる子にでもあげるしかないよな」
と、苦笑した。オニキスは自分の妹のサファイアにあげようと思っていた。するとハリーが申し出た。
「じゃあ僕がもらってもかまわないかな?」
オニキスはハリーはきっと他の女性にあげるのだろう、と思いながら
「もらってくれるなら助かるよ」
と薔薇の花束を手渡した。それを受け取るとハリーは質問してきた。
「薔薇をあげたいような好きな人がいるの?」
急な質問に、オニキスはすこしあたふたしながら、それはお前だよ! と、心のなかで叫んだ。だが、この気持ちは悟られてはならない。
「いや、まぁいないこともなくはない」
とだけ答えておいた。そして慌てて、逆にハリーに質問する。
「お前こそいないのかよ!」
ハリーは一瞬動きを止め、真顔になったが直ぐにいつものように微笑むとオニキスの腕をつかんだ。
「君にもそんな人がいるなんて初耳だよ。誰なの?」
そんなハリーの反応に、オニキスは驚いてはぐらかす。
「なんだよ、そんなことはどうでもいいだろ? それよりもお前こそどうなんだよ!?」
するとハリーは、つかんでいた腕を放した。
「すまない、初めて聞いた話だったから驚いてしまった。そうか、君にもそんな人がいるとはね。もちろん、僕にも昔から思いを寄せている人はいるよ」
その言葉にオニキスは、頭を殴られたような衝撃を受けた。ハリーは特定の女性との付き合いを好まないと思っていたからだ。だが、軟派なハリーが昔から思いを寄せているとなると、それは本気なのだろう。胸が締め付けられた。ハリーならその気になれば、誰とでも上手くいくだろう。そうなった時、側で平静を装って彼を見ていることはできそうにない。
いつかそう言う日が来る、そのときは本気で諦めよう。そう覚悟はしていた。が、その本気で諦めなければならない日が、こんなにも早く訪れるとは思いもしなかった。
「俺なんかと違って、お前のことを断る女性なんて絶対いるわけない。そんなに昔から思っているなら、なんで気持ちを伝えないんだ?」
どうせならくっついてもらった方が諦めもつく。オニキスはそんな気持ちだった。ハリーは苦笑した。
「君だって同じじゃないか、人懐っこくて屈託のない話し方をする。君から告白をされて嫌な気持ちになる女性などいないよ」
そう言って、少し考えると
「そうだな、君は自信がないんだね? なら僕が女性の扱いを教える。その代わりと言ってはなんだが、君は僕の練習台になって欲しい」
と提案した。驚いたオニキスは、そんな提案絶対に断らなければ自分がつらいだけと思い、必死で断った。
「なに言ってんだよ、練習台? 俺は練習相手には不向きだ。百戦錬磨のお前が今さらなに言ってんだよ。練習台だなんてお断りだし、そんなものお前には必要ない。絶対大丈夫だから相手に言ってみろよ」
すると、ハリーはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「そんなに大丈夫と言うなら、賭けをしないか? もしも僕がその人に断られたら、君はひとつ僕の言うことを聞く。断られなければ君の言うことを僕がひとつ聞こう」
オニキスはハリーの口車に乗り、その賭けに乗ってしまい、その賭けのために練習台になることを承諾させられた。
それからと言うもの、ことあるごとにハリーに誘われ、二人で出かけることが増えた。
ハリーのエスコートはスマートで、完璧だった。オニキスは、それが逆につらかった。
「お前には練習はもう必要ない」
とハリーに何度か伝えたが、ハリーは微笑み
「駄目だよ。まだまだ、時間がかかりそうだ」
と言って、練習をやめようとしなかった。オニキスはそれほどハリーが相手に真剣なのだと、更に落ち込んだ。
ある日、馬車で出かけた時のこと、少し高台にある見晴らしの良い場所に連れていってもらった。
こんな場所よく知ってるよな。いろんな女性と来ているに違いない。オニキスはそう思った。
手摺につかまり、景色を楽しんでいると、ハリーがスッとさりげなく背後に立った。そして、両手でオニキスを囲うように柵をにぎった。囲まれていると気づいたオニキスは、緊張して振り返ることもできずに固まっていた。
「オニキス、緊張している? 景色もいいけど、もっと二人の時間を楽しまないか?」
ハリーが耳元でそう囁く。ハリーが言葉を発する度に、息が耳にかかった。
「耳まで赤くなってる。反応が可愛過ぎて、このまま抱き締めてしまいたいよ」
ハリーにそう言われて思わず振り返ると、自分の鼻先にハリーの端正な顔があった。思わず固まり、今にも触れてしまいそうなその唇を見つめた。なにか言い返さねば、そう思っているうちにハリーはその距離を縮める。オニキスは肩が揺れるほど心臓が大きく鼓動した。
と、そこでハリーは少し離れると、微笑み
「今の良かったかな?」
と言った。オニキスは、ハリーは自分を通して誰かを見ていて、自分は練習台であることを今さらながら思い出した。
「やっば、今のはヤバかった。お前凄いよ。俺でもメロメロになりそう。こんだけできればもう十分だろ。今日はいい練習になったな、もう帰ろうぜ」
そう言って馬車へ足早に歩き始めた。
帰りの馬車の中は、先程の出来事が頭に浮かんでは消え、恥ずかしさのあまりハリーの顔を見ることができなかった。
ハリーと別れて自室へ戻ると、練習台とはいえ、好きでもない人間にあそこまで出きるだろうか? でも、ハリーなら出きるかもしれない。だけど、もしかしたらハリーの好きな相手とは自分のことではないか? そんなことを考えるようになった。
数日後、呼ばれていた舞踏会で、悶々としているばかりではなく、こうなったら直接ハリーに訊いてみよう。と、ハリーの姿を探した。
なかなか見つからず、庭に出て探していると、庭木の隙間から、ベンチに座っているハリーの姿が見えた。
声をかけようと近づくと、その横にパシュート公爵令嬢が座っていることに気づいた。ハリーはうたた寝をしてパシュート公爵令嬢の肩にもたれかかっていた。
その姿を見てハッとして立ち止まると、オニキスに気づいたパシュート公爵令嬢は微笑み、自身の唇に立てた人差し指を押し当てた。そして、こちらを見ながらハリーの頭を優しく撫でた。
オニキスは、ゆっくり後退り踵を返すと、そのまま馬車へ向かった。馬車に慌てて乗り込むと、自分がいかに愚かだったことかと恥じた。あのハリーが、男性である自分のことを愛するわけなどないのだ。自惚れていた、勘違いをしていた。ハリーの思い人は、パシュート公爵令嬢だったのだ。パシュート公爵令嬢は以前王太子殿下の婚約者候補だったし、カールとも噂もあった。だからハリーは、パシュート公爵令嬢のことをどんなに思っていても、それを伝えることができなかったのだろう。
だが、カールはサファイアと、王太子殿下はディスケンス公爵令嬢と婚約が決まった。
もうハリーとパシュート公爵令嬢の、二人の間に障害はない。
オニキスは改めて打ちのめされた気分になった。
そもそもハリーは、俺なんかが肩を並べられる相手じゃなかったんだ。これで本当に諦めよう。そう自分に言い聞かせた。
その後、何度かハリーから、練習と言うなのお出掛けのお誘いがあったが、サファイアが結婚してから忙しいし、家督を継ぐために色々やらなければならないことが多いから、と断り続けた。
そして、オニキスは父親に自分は家督を継いだら、王都ではなく領地で過ごしたいことを伝え、その準備を進めていた。
これで結婚して幸せに暮らすハリーを見ずに済む。そう思った。
そうこうしているうちについにハリーが
「相手に気持ちを伝えたい。賭けをしたのだから見届けて欲しい」
と言ってきた。オニキスは、つらすぎてとても見届けることなどできないと思った。成功するのは目に見えてわかっている。なので、見届けたフリをすることにした。
「ハリー、もちろんだ。お前がそんなにも女性に対して真剣になるところなんて、あんまりみれるもんじゃないしな!」
そうして快諾すると、そのお茶会に参加した。会場内でハリーを探すと、直ぐに見つかった。声をかけてハリーに小声で確認をする。
「で、俺はどうしていればいい? どこに隠れてればいいんだ?」
ハリーは微笑むと、庭園の奥にあるテラスを指差した。
「あそこにしようと思ってるんだけど、君はどう思う?」
なるほど、流石ハリー。場所のチョイスも良い。そう思いながら、ハリーの肩に手を置いた。
「いいと思う。じゃあ、俺はそこら辺に待機してるから、お前は頑張れよ! 後でな!」
そう言ってハリーに精一杯の微笑みを向けた。そしてばれないよう、こっそり会場を後にした。後でその場にいなかったことを気づかれるだろうが、告白が成功すれば嬉しくて、そんな些細なことなど忘れてしまうだろう。
オニキスは馬車に揺られながら昔のことを思い出していた。初めてハリーに会った時は、作り笑顔でどことなく距離を置かれている気がしたが、仲良くなるにつれ年相応の、無邪気な一面を見せてくれることもあった。そんなことも今となっては、全てが思い出となった。
屋敷に着くと、スペンサー男爵が急ぎで出かけるようだった。
「おやじ、そんなに急いでどうしたんだ?」
スペンサー男爵は立ち止まり、胸ポケットから懐中時計を取り出してそれを見る。
「サファイアのお陰で、新しい商談相手とコネができてな、これから領地へしばらく出かけることになった。留守にするが宜しく頼んだ」
スペンサー男爵は杖と外套を執事から受け取ると、エントランスへ向かう。オニキスはそれを引き止めた。
「その商談に俺も着いていきたい。これからは俺が継ぐんだから、仕事を見といて損はないだろ?」
スペンサー男爵は立ち止まり、振り向いた。
「お前も大人になったな、留守番を任せようと思ったが、確かにお前の言うことも一理ある。来なさい」
そう言って手招きをした。オニキスはそのままこの屋敷には帰らないつもりだった。スペンサー男爵と屋敷を出て、振り返って自分の生まれ育った場所を眺めた。
背後からスペンサー男爵が叫ぶ。
「時間がない、早く行くぞ!」
オニキスは急いで馬車に乗り込んだ。御者の鞭打つ音がすると、馬車は動き始めた。オニキスは憂鬱な気分で窓の外を眺めていた。今頃ハリーは上手くやっているだろうか? 俺のところに二人の結婚式の招待状が届く頃には、もう少し気持ちに整理をつけておこう。結婚式に参加することはできなくとも、祝福のメッセージぐらいは友人として送りたい。そう思った。その時、急に馬車が止まった。スペンサー男爵は御者に向かって窓から叫ぶ。
「何事だ? どうした? この急いでいる時に!」
御者は困った様に振り返った。
「旦那様、それが……」
すると、ドアが激しく叩かれる。外を見るとハリーがドアを叩いていた。オニキスは慌てて馬車のドアを開けた。
「スペンサー男爵、ご子息をお貸しください」
ハリーは息を切らせながら、そう言うとオニキスの腕をつかんで、馬車から降ろした。
「これはミラー侯爵令息、うちの息子が何か粗相を? そうなのだとしたら、どのような処分でも構いません」
ハリーは首を振った。
「そんなに大層なことではありません。お時間をお取りしてすみません。お急ぎのようなのでどうぞ行って下さい」
スペンサー男爵は頭を下げると、御者に合図をする。馬車は森の中を走りだした。
「ハリー、なんでここに?」
ハリーはつらそうな顔をしており、オニキスの腕をつかむ手が少し震えていた。
「良かったよ、間に合って。君がどこか手の届かない場所に行ってしまうのではないかと……」
そう言うと、ハリーはそのままオニキスを引き寄せ抱き締めた。オニキスはそれを聞いて、領地に行く話をサファイアにでも聞いて、お別れを言いにきたのだと思った。
「なんだよ、らしくねぇな。んなわけないだろ? 俺も色々あってさ。お前の方はどうせ告白が上手く言ったんだろ? 俺も色々整理つけたら、お前の結婚式には会いに戻ってくるからさ、心配するなよ」
そう言って、ハリーから少し体を離し、ハリーの顔を見上げた。間近で目が合ってしまい思わず目をそらす。
「もう二度と、帰ってくるつもりがなかったんじゃないか?」
ハリーに言われ、サファイアにも話していないのに、なぜ知っているのだろう? と、思わずハリーの顔を見る。
「やっぱりそうなんだね、行かせない」
ハリーはそう言ってオニキスを抱き締める手に力を入れた。だが、オニキスはこの一言が友情から発せられていることはわかっていた。ハリーには、あまり心を許して話せる相手がいない。だから、数少ない本音を話せる相手がいなくなるのがつらいのだろう。信用してくれているのに、自分の邪な感情が友情を裏切ってしまっているようで心苦しかった。
「ハリー、大丈夫だって。結婚したら家族が一番になるさ。友達のことなんかあっと言う間に忘れるって」
そう言って、必死に涙をこらえると自分の顔を見られないようにハリーを抱き締め背中を撫でた。するとハリーは、強くオニキスを抱き締め返し、絞り出すように言った。
「違うんだオニキス、僕が君を忘れることなんて絶対にあり得ないよ。僕が愛しているのは君なんだ。君を愛してる。ずっと側にいて欲しい」
オニキスは少し体を離して、ハリーの顔を見つめた。
「今、なんて? お前が俺を? 本当か? 俺だってお前を……」
オニキスはこらえきれずに、涙をこぼした。ハリーは優しくその涙を拭った。
「『お前を……』なんだ? オニキス、言ってくれ」
オニキスは頬を拭う手をつかみ、ハリーを見つめた。
「でも、俺は男だし、ハリーにはもっと似合いの人がいるって! 俺じゃ駄目なんだ」
ハリーの手はなおも震えていた。
「男だからなんだって言うんだ。そんなこと関係ない、僕は君だから好きになった。さぁ、オニキス、君の気持ちを教えて」
オニキスは呟くように言った。
「愛してる」
そう言った瞬間にハリーに口をふさがれる。オニキスはそれに答えた。しばらくその場で熱い抱擁を交わしていたが、オニキスは不意に不思議に思ったことを質問した。
「なんで俺がもう帰って来ないって思ったんだ?」
するとハリーは苦笑した。
「実は味方がいてね、情報をもらったんだよ。帰りがてらゆっくり話すよ」
そして、オニキスは森の中に取り残されていることを思いだし、ハリーと顔を見合わせると笑った。
この後オニキスはハリーに雇われた。そして二人は、お互いの関係を隠すことなくパートナーとして過ごした。仲睦まじい二人を、周囲も受け入れ、特にフォルトナム公爵家やディスケンス公爵家の後押しや、はては王室からも公認となった二人は、ほとんど夫婦のような扱いを受けた。
こうして幸せの後に、オニキスの物語は幕を閉じた。