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角と翼を引っ張られる感覚。朝が来たようだ。体を起こして目を開けると、いつものようにレイブランとヤタールが視界に入る。昨日は翼が邪魔だったのか、背中の位置には誰もいなかった。寂しい。
〈ノア様!おはよう!今日は早く起きたわね!?〉〈ノア様が起きたのよ!いつもはもっと引っ張ったり突っついたりしてるのよ!?〉
「おはよう。私はそんなに目覚めが悪かったの?」
〈だからこそ、ゴドファンスがああも憤るのだ、主が目覚めないでいると、起こし方が過激になっていくからな〉
今日はいつもよりスムーズに起きることができたらしい。珍しく、寝起きにホーディから声を掛けられた。ついでだから聞いてみよう。
「おはよう、ホーディ。ちょっと聞きたい事があるんだけどいい?」
〈無論だ。聞きたい事というのは、その翼についてでいいか?〉
おお。ホーディ、まさか聞く前に言い当てられるとは思わなかった。やはり、部位が新しく生まれた者同士、分かるものがあるのか。
「分かる?昨日寝ようと思ったら、背中のこの翼が邪魔に感じてね。何とかならないものかと思いながら眠りについたんだ。ホーディ、君の角は後から生えたモノだろう?何か不便に思ったりしたことは無いかな?」
〈我の場合は主と違い、あまり大きなものでは無いからな。この角には幾度も助けられたが、困らされたことは無かった。だが主よ、主の尾は主の意思によって伸縮が可能なのだろう?翼も似たようなことができるのではないか?〉
ホーディ!よくぞ気づいてくれた!
そうか、尻尾の時もそうだったな。できると思っていないものは試さなかった。部位の伸縮か。早速やってみるとしよう。
できた。
翼を大きくすることも小さくすることもできなかったが、そちらはどうでもいい。何がどうなっているのかまるで理解できないが、寝るときに邪魔だと感じたこの翼を、背中の中に仕舞うことができたのだ。
ついでに試してみたら角も頭の中に仕舞えてしまった。全く持って奇妙な感覚である。身体の内側に感覚があるのだ。明らかに私の身体の容量を超えているというのに。尻尾もそうだが大概デタラメな身体である。
まぁ、角すら仕舞うことができたのは朗報である。これで寝床の布を角で突き破るような心配は無くなったのだ。
勿論、今までも寝床にエネルギーを込めて丈夫な状態を維持し続けてはいるのだが、やはり心配の元が無くなるというのは嬉しい。
尤も、翼も角も寝ている最中もずっと仕舞い続けられるかは、今日寝てみないと分からないが。寝るとき以外は角も翼も仕舞わなくて良いだろう。
翼の問題がすぐさまで解決したので、日課の修業を行うとしよう。
修業を行っている合間に、昨日森の上空を好き勝手に飛び回ったことで森の全域を知った時のことを思い出す。
この森、尋常じゃなく広大だった。歩いて私の家から森を出ようとした場合、寝ずに歩き続けて何の障害が無かったとしても、数百日は掛かってしまいそうだ。そして、新たな発見もあった。
森と平地の境界近くまで飛行してみると、森から百万歩以上離れた位置に、何らかの建造物が集合した巨大な壁に囲まれている土地を複数確認できたのだ。
“アレ”等は間違いなく自然にできたものでは無いな。何者かの手によって築き上げられたのだ。私の知識の中に”アレ”等に該当するものがあった。
都市、というものなのだろう。知的生命体が自らの生活圏を確立し、快適な環境にした施設の集合体。
あの場所には、”ヒト”に類する知的生命体が大勢過ごしていることだろう。レイブランとヤタールがたまにちょっかいを掛けていると言っていたのは、ああいった場所から森に来た者達なのだろう。少しだけ、気の毒に思う。
私が見る限り、どの都市にもレイブランとヤタールの『空刃』に、一撃でも耐えられそうな者がいるようには見受けられなかったのだ。
彼女達が興味本位でちょっかいを仕掛けたら、間違いなくただでは済まないだろうな。最小限に被害を抑えられたとしても、生きていられるかすら怪しい。
そう考えると、森の住民達はたとえ浅い場所の者達でさえ、外の者達から見たら十分な強者なのだろう。そんな彼らですら、少しでも森の奥に入ったら通用しなくなるのだ。
都市に住む者達からこの森がどのように思われているか、想像に難くない。さぞ、危険で恐ろしい場所だと思われていることだろう。
だが、そう考えると疑問も浮かんでくる。レイブランとヤタール曰く、記憶から抜けないくらいの頻度で似たような恰好をした者達が森の外から入って来るのを見かけると言うのだ。
つまり、あれらの都市に住まう者達はこの森に用がある、ということだろうか?
何のために?やはり、森の資源を得るためだろうか?都市の規模は、どれも森と比べればとても小さい。百分の一にも満たない広さだ。そんな彼らからすれば、森の資源は魅力的なのかもしれない。
まぁ、彼らのことを私は何も知らないからな。考えたところで答えが見つかるわけがないか。今のところ、森に大した影響を及ぼすわけでも無いようだ。今は深く考える必要は無いだろう。
そんなことを考えながら日課の修業を済まし、日が昇り切ったぐらいか。
エネルギーの色を分別し、”意味を持った形”を作り、図形を組み立てる。この動作を繰り返していると、ホーディとラビックが私の所まで来た。稽古の時間だ。
〈主よ、力の制御と修練の最中だが、構わんか?〉
「勿論だとも。遠慮はしなくていいよ。稽古を受けに来たんだろう?」
〈姫様の時間を頂いてしまい、申し訳なく思いますが、お願いいたします〉
「いいとも。ラビック、謝る必要は無いよ。謝られるよりは感謝されたほうが、私は嬉しいよ」
〈はっ。ありがとうございます〉
ラビックは真面目だなぁ。まぁ、それも彼の良さではあるか。
彼らの願いを叶えるために、一度、私の修業を中断するとして、彼らの稽古に集中するとしよう。昨日は私が飛行に熱中するあまり、彼らに稽古をつけてあげられなかったからな。存分に相手取るとしよう。
「それで、どちらから来るのかな?」
〈それなのだが主よ。今日は我らを同時に相手取ってもらいたい。〉
何と。彼らにはまだ連携が取れるようには思えなかったのだが、昨日のうちに何かを掴んだのだろうか。
「いけそうなの?」
〈いいえ。未だホーディとの連携を十分に満足に取れるとは思っておりません〉
〈だが、やらないことには上達しないのではないかと昨日のうちに相談をしてな。付き合ってもらえるか?〉
なるほど。彼らの言い分も、間違ってはいない。
十分に連携を取れずに失敗することもあるだろうが、その失敗を次に繋げることができるのならば、上達は早いだろう。
ただ、その失敗で彼らが怪我をしてしまうことを私が恐れたため、やるつもりが無かったのだ。
「連携が取れずに怪我を負うかもしれないけれど、良いんだね?」
〈当然だ。主は相変わらず、我らに対して過保護だな〉
〈お気遣いは有難いのですが、甘やかされてばかりでは成長できませんので〉
ごもっとも。彼らを誘う前にレイブランとヤタールから指摘された時のことを思い出す。
どうにも、対応が甘くなるというか、過保護になってしまうな。私は彼らが傷付くということに関しては、とことん臆病なようだ。だが、彼らの願いなのだ。聞き届けなければ。
「君達が望むならば、応えないわけにはいかないね。分かったよ…掛かって来なさい」
私は何時でも、何処からでも問題無い。合図を出すなり、彼らは同時に地を蹴った。
では、君達がどれだけやれるか、見せてもらうとしよう。