翌日、青空の下、こはるは兄の拓也と一緒に街へ向かった。
戦争が終わっても、街はまだ活気というよりはどこかざわついていて、焼け跡の中に新しい生活の兆しが少しずつ芽吹いている。
人々の表情はさまざまで、笑う人もいれば、どこか虚ろな目をした人もいる。
そんな中、こはるは兄の手を強く握りしめながら歩いていた。
ふと、人混みの向こうに目をやると、アメリカ兵の腕にしがみつく女性が目に入った。
彼女は若く、けれどどこか疲れ切った顔をしていて、その目は悲しみと絶望を隠せなかった。
「……お兄ちゃん、あの人たち……」
こはるの声は小さく震えていた。
それは、彼女が初めて目にした慰安婦らしき女性とアメリカ兵の姿だった。
女性はアメリカ兵の腕に抱きつき、離れようとしなかった。
兵士は軽い笑みを浮かべていたが、その表情はどこか冷たく、同情の色は見えなかった。
街の雑踏の中、誰もその二人に声をかけることはなかった。
ただ、その場の空気だけが重く沈んでいた。
こはるの心は乱れた。
「あの人は、なんで……」
拓也はこはるの肩にそっと手を置き、静かに言った。
「戦争は、いろんなものを奪っていったんだ。人の心もな」
こはるは何も答えられなかった。
ただ、その場から目を逸らし、足早に兄の隣を歩いた。
街にはまだまだ知らない痛みが溢れている。
こはるはその日、戦争の傷跡をまた一つ、胸に刻んだのだった。
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