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99 ◇勘違い
「私ね、あの時ちらっとまずいなぁ~って思ったは思ったのですが……
大川さんの隣にいた患者さんにはお見舞いに来てくれるようなお身内や知り合いは
いないと聞いていたし、実際今までどなたもいらしたことなかったもので、あの
見舞客は大川さんのほうだと思って……。
それでその後はあまり気にしなかったのよね。
でも考えてみれば、昨日のお見舞いにいらしてた男性が、私たちの
話の相手を大川さんのことと勘違いされてた可能性もあるかもしれないわね。
実はあの時、大川さんの隣にいた患者さんがもう長く生きられないことを知った
新人の研修中の看護婦が、病室の前でどう接すればいいのかと、不安を口に
したもので――――。
それで、私が彼女を窘め励ましていたんです。
でも、そのお見舞いにいらしてた男性は、もう戸に手をかけて
いたんじゃないだろうかっていうくらい今にも病室に入る体勢だったので、
私はてっきり入室されたとばかり思ってました。
でも違ったんですね。
お見舞いにいらしてた方、大川さんに会わずに帰っちゃったんですね。
大川さん、私たちの不注意で本当にすみません」
雅代は看護婦を前に、こんなことを思った。
正直でいい人だな~。
普通思い出しても言わないでしょ。
問題発言だもの。
だけど、秀雄にしてみれば間の悪いタイミングだったんだ。
いや、違う。
間が悪いともいえるが、彼にとっては間の良いに変わったのだろう。
「いえ、大丈夫です。一連のことがはっきりとしましたのでモヤモヤがなくなって
すっきりしました。
後日その男性には病名をちゃんと知らせますので問題ありません」
雅代は全く問題がないふうを装って答えた。
この時、雅代にはまだ病名は付いてはいなかったが、医師からは過労が原因
だろうと言われていた。
とにかく、先が長くないとは言われていない。
――――― シナリオ風 ―――――
◇看護婦の告白
看護婦
「……私、まずいなぁって思ったんですけど……。
ただ大川さんの隣の方には、お見舞いに来られる方がいないと聞いていたものですから……。
昨日の男性は大川さんの知り合いだとばかり思って……あまり気に
留めなかったんです。
でも……もしかしたら、その方は私たちの話を“大川さんのこと”と勘違いされたかも
しれません」
雅代(小声で)「勘違い……?」
看護婦(しょんぼり)
「新人の研修中の看護婦が、病室の前で先の長くない患者さんにどう接すれば
いいのかと不安を口にしたもので――――。
なんとか元気づけようと私が彼女を励ましていたところへ、ちょうど見舞客
らしき方が通りかかりましたので、私たちは慌ててその場を離れたのですが……。
やはり、聞かれていたのかもしれませんね。
それで――――
先の長くない患者さんと大川さんを、見舞客の方が勘違いされたのかもしれません。
見舞客の方は、もう病室に入ろうと戸に手をかけているように見えたので
私はてっきり入室されたとばかり思ってたのですが……。
――あの方、結局、大川さんに会わずに帰ってしまったんですね。
大川さん、本当に……私たちの不注意です。ごめんなさい」
雅代、しばし看護婦を見つめる。
首を振り、小さく微笑む。
雅代(心の声)「――正直な人だなぁ、と雅代は思った。
普通なら問題発言を思い出しても、言わないはずだ。
けれど秀雄にしてみれば、確かに“間の悪い”出来事だった。
いや……彼にとっては、“間の良い”出来事に変わったのだろ
う」
雅代「いえ、大丈夫です。事情が分かって、すっきりしましたから。
後日、その男性にはちゃんと誤解を解きます。問題ありません」
――雅代にはまだ病名は告げられていない。
医師の見立てでは過労が原因。
『先が長くない』などとは、一度も言われていない。
静かに鐘の音。
雅代、窓の外を見つめて小さく息をつく。