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『愛してる』「……私も愛してる」
何度目か分からない……
そのやりとりが、今日も部屋の中に静かに響く。
淡い光の射す窓際、凛は敬太の肩にもたれ、指先で彼の手の甲をなぞっていた。
それは、毎日の儀式……。
愛の確認……。
存在の保証……。
『敬太が居なきゃ……私……私、私じゃなくなるの……』
「俺も……凛が居ないと……俺の心は空っぽだよ……。」
その言葉の裏にあるものに、二人はまだ気づいていなかった。
気づかないふりをしていたのかもしれない。
“黒いモヤモヤ”……
それは確かに、二人の心の奥で、じわじわと広がりはじめていた。
最近、凛はよく眠れない夜が続いていた。
夢を見るのだ。
敬太が、誰かと笑っている夢。
自分じゃない“誰か”に向かって、”愛してる”と言っている夢。
目が覚めるたびに、心臓が強く波打って、冷たい汗でシーツを濡らしていた。
敬太がいなくなったらどうしよう……。
私のこと、いらなくなったら……?
そんな考えが、夢のあとに残る。
まるで、毒のように……。
『凛……最近、ちょっと変じゃない?』
ある日の午後。
敬太が、ふと言った。
「えっ……?」
『なんか……俺のこと、すごく見張っているていうか……”監視”してるみたいで……。』
「えっ……。なにそれ……酷いよ……、私は……そんなつもりじゃ……」
凛は笑おうとした。
でも、その笑顔はひどくぎこちなかった。
『でもさ、俺が少しでも外に出たり、飲みに出たりしただけで……、何してたの?誰と居たの?って聞いてくるじゃ……』
敬太の言葉が途切れた瞬間、凛の顔から血の気が引いた。
胸の奥の、あの”黒いモヤモヤ”が……
また、ざわついた。
「ごめんね……不安で……。」
『……いや、俺こそごめん。心配にさせて……。』
敬太はすぐにそう言って、凛の手を強く握った。
『俺は、凛だけだから。本当に。ずっと、ずっと一緒に居たいって思ってる。』
「……本当に?」
『本当さ。だから、信じて。』
“信じて”。
その言葉は、優しく響いた。
けれど……
どこか脆くて……
儚くて……。
凛は首をこくりと縦に振った。
でも心の中では、ずっと同じフレーズがこだましていた。
“信じる”って、何……?
どこまで……?
どんな風に……?
夜。
敬太がお風呂に入っている間に、凛は彼のスマホをそっと開いた。
見たくなかった。
信じたかった。
でも、それでも……
“確認しないと怖い”のだ……。
LINEの通知。
仕事のやり取り。
友達との軽いやり取り。
その中に、ひとつだけ見慣れない名前があった。
瑞希(みずき)……。
その名をタップすると、
《明日の夜、あの店どう?久しぶりにゆっくり話そう!》
と書かれたメッセージが、ぽつんと画面に浮かんでいた。
凛の心臓が音を立てて軋んだ(きしんだ)。
頭の中で、何かがプツンと切れた音がした。
『ねぇ、凛……新しいジャンプー持ってきてくれな……』
バスルームの扉が開き、敬太が顔を出した瞬間、凛は振り返り、スマホを彼に突きつけた。
「……誰?この人……。」
『えっ……?あぁ……同僚だよ。今してる仕事について話してって……』
「なんで“久しぶりに話そ”なんて言ってるの? どういう関係なの?」
『いや……本当に……ただの……』
「嘘、つかないでよ……。私のこと、裏切ったの……?」
敬太は凛の勢いに目を丸くし、タオルを肩にかけたまま立ちすくんだ。
『裏切ってない……。本当に……。』
でも……
もう凛の耳には届いていなかった……。
“愛してる”って言ってくれてた。
凛だけって言ってた。
でも……
こんな風に、誰かと繋がってるなんて許せない。
私以外の誰かを見てほしくない……。
私以外、愛さないで……。
私の世界には、敬太だけしかいないのに……。
その夜、凛は敬太の寝顔を見ながら、ただずっと呟いていた。
「愛してる……愛してる……愛してる……」
まるで呪文のように。
愛が、愛じゃなくなっていく音が、聞こえた気がした。
そして……
凛の心の奥の”黒いモヤモヤ”は……
ついに、形を持ち始めていた……。