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くらね
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春休み最後の日。
桜並木が続く坂道を、自転車を押しながら歩く。
「もうすぐ新学期かぁ……」
天野莉愛は小さく息をついた。
写真部に入って一年。二年生になれば後輩も入ってくる。楽しみな反面、新しいクラスに馴染めるか少しだけ不安だった。
そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角で誰かとぶつかった。
「きゃっ!」
「っと、ごめん!」
二人同時にバランスを崩し、莉愛のカメラケースが地面へ落ちる。
「あっ……!」
「大丈夫?」
しゃがみ込んだ相手がケースを拾い上げる。
黒いパーカーにジーンズ。短い黒髪の、背の高い男の子だった。
「カメラ?」
「う、うん。写真部だから」
「へぇ。」
興味深そうにケースを眺めるその横顔は、どこか穏やかだった。
「壊れてない?」
「見てみるね」
ケースを開けると、カメラは無事だった。
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろすと、その男の子も安心したように笑う。
「じゃあ、本当にごめん。」
「あ、ううん! 私も前を見てなかったから」
軽く手を振って去っていく後ろ姿を、莉愛はなんとなく見送った。
(優しい人だったな。)
そのときは、それだけの出会いだと思っていた。
◇
翌日。
新しいクラスで席に着いた莉愛は、担任の声に顔を上げた。
「今日は転校生を紹介する。」
教室の扉が開く。
入ってきた瞬間、莉愛は思わず目を見開いた。
(昨日の……!)
あの坂道でぶつかった男の子だった。
「柊癒月です。よろしくお願いします。」
落ち着いた声に、教室が少しざわつく。
「かっこいい……」
「背高いね。」
女子たちのひそひそ声が聞こえてくる。
癒月は軽く会釈すると、窓際の席へ向かった。
その席は――莉愛の一つ後ろだった。
「……!」
休み時間になると、癒月の周りにはすぐ人だかりができた。
「前の学校どこ?」
「部活は?」
「好きな食べ物は?」
質問攻めにされても、癒月は困ったように笑いながら一つひとつ答えている。
その笑顔を見て、莉愛は昨日と同じ印象を抱いた。
(やっぱり、優しい人。)
◇
放課後。
写真部の活動で、新学期の掲示用写真を撮ることになった。
「転校生も撮っておこうか。」
部長に言われ、莉愛は校庭へ向かう。
「柊くん!」
「あ、はい。」
カメラを構える。
「少しだけこっち見てもらっていい?」
癒月はぎこちなく立つ。
シャッターを切ろうとした、その瞬間。
グラウンドから飛んできたサッカーボールを、小さな子が追いかけてきた。
「あっ……!」
転びそうになった子を、癒月がさっと支える。
「危ないよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
その言葉に、癒月は少しだけ照れたように笑った。
――カシャ。
莉愛は反射的にシャッターを切る。
画面に映っていたのは、さっきまでの作ったような笑顔ではない。
心から安心したような、やわらかい笑顔だった。
(……この顔。)
すごく、きれい。
思わず見入ってしまう。
「撮れた?」
癒月が近付いてくる。
「あ、うん!」
慌ててカメラを下ろした。
「ありがとう。」
その笑顔は、もういつもの落ち着いた表情に戻っていた。
◇
部活帰り。
職員室へ写真データを届けようとした莉愛は、旧校舎の廊下を歩いていた。
誰もいない静かな廊下。
その奥の更衣室の扉が少しだけ開いている。
「……?」
中から声が聞こえた。
「やっぱり慣れないな……」
聞き覚えのある声。
癒月だった。
気になって視線を向けた、その瞬間。
制服のブレザーを脱いだ癒月の手には、女子用の制服があった。
「……え。」
息を呑む。
癒月が振り返る。
目が合った。
数秒の沈黙。
やがて癒月は静かに扉を閉め、廊下へ出てきた。
その表情は、今にも泣き出しそうだった。
「……見た?」
莉愛は何も言えず、小さく頷く。
癒月は目を伏せ、震える声で言った。
「お願い。」
ぎゅっと制服の裾を握りしめる。
「誰にも……言わないで。」
春風が廊下の窓から吹き込み、二人の間を静かに通り抜けた。
コメント
4件
ちょ 続き気になりすぎる т-т
道端でぶつかるの少女漫画 あるあるすぎる笑