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召集の指定日は一週間後。大志さんは身辺整理を始めた。 遠方に父方の親戚が居るらしいがそこは商売を生業としている為、田畑については経験がないらしい。
家や土地の権利は当然ながら親戚に渡すことになるが、管理をする代わりとして家と田畑を私と隣人の菊さんに無償で預けると手紙を書いていた。
隣人に畑を預けるのは以前からの取り決めだったらしいけど、家に関しては私を住まわせてくれる為。ただただ、大志さんの心遣いに感謝の言葉を伝える。
一週間という時間は、どれほど短いものなのだろう。
気付けば出征前日。
大志さんは一つの物語を書き上げた。
読みたい気持ちは心の奥底より沸々と湧いていたが、達筆な字は変わらず読めず、字が読めるようになってからとまた子供扱いをしてくる。
縁側に出ると空上に広がるのは、キラキラと輝く幾千もの星。それは吸い込まれそうなほど美しく、就寝時間はとっくに過ぎていたけど二人で縁側に座り星を眺めていた。
私、今憧れの文豪と話しているんだよ。小説の書き方教えてもらっているんだよ。その時間はあまりにも尊くて、時の流れが止まってくれないかとただ星々に願っていた。
「以上やな。あとは和葉が書きたい話を書けば良いんやからな?」
「ありがとうございます」
言葉の一つ一つを心に刻み込み、目を閉じる。柔らかな表情、温かな声も共に。
「和葉は何で小説書き始めたん?」
星を見上げたまま、大志さんはそう口にしてきた。
「私、私は……。文章を書くどころか、本すら全然読めませんでした……」
「意外やな。じゃあ、何をキッカケに読み始めたんや?」
「……それは」
それは、思い出したくもない理由だった。
私は小さい頃から、鈍臭い子供だった。
そんな私がクラスで浮くようになったのは、小学校高学年の頃。難しくなっていく勉強や人間関係に付いていけなくて親に怒られてクラスでは笑われて、家でも学校でも居場所を失くしていった。
あの頃、一番嫌いだったのは休み時間。私なんかと友達になってくれる子なんて居るわけなくて、とにかく席で小さくなっていた。
だけどそれだと、こっちを見てて怖いと女子グループにヒソヒソと言われたことから、学級文庫から適当に本を取って俯いて読んでるフリをしていた。
でも活字なんて読むの好きじゃないし、国語の教科書を読むのすら辛い。なのに、何やってるんだろ?
頭にも入ってこない文章をぼーと眺めながら、もういっそのこと消えてしまいたい。そんなことばかり考えていた。
そんな時に、一冊の児童書に出会った。
その話は不思議な道具を使って旅に出るという、楽しくて、夢があって、人との出会いを描く冒険の物語だった。
何故かその話だけはスラスラと頭の中に入ってきて、消えたかった私を別の世界に連れて行ってくれた。
全ての人に嫌われていると思っていたけど世界は広く、色々な人が居て、多種多様な価値観がある。狭い学校と家庭だけが全てではない。そう教えてくれたんだ。
だったら今の場所でもう少し頑張ろうと、学校に通えた。
こうしていくうちに中学生になった。地区の関係で半分は入れ替えになり、そこで会った気が合う子と友達になれた。
好きな本の分野は違うけど本が好きな者同士図書室に通い、良かった本を勧め合う。小学生の頃には想像も出来なかった学校生活が待っていた。
その頃にようやく知ったのは、私が好きな児童書には原作があって、これは子供向けに改稿してあったということ。
その原作を読んで、他作品も読んで、その面白さに魅了された私は気付けばSF小説を書いていた。
私がそこまで変われたのは、あの作品に出会えたおかげ。菅原平成先生のおかげ。
そして、その気持ちを思い出させてくれたのは大志さんだった。
「そっか。辛かった和葉に勇気を与えてくれた本か?」
「はい」
この時代に合わせて多少は内容をボカしたけど、話した内容は全て事実。たった一冊の本が消えたかった私を明るく照らしてくれた。この星々のように。
だから、だからこそ。