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何日か過ぎた。僕の毎日は、実に単純だ。
”食べる”
”トイレに行く”
”寝る”
大きく分けてこの三つの作業を、ひたすら繰り返しているだけなんだ。
こういうのを、シンプルライフというのだろうか。
外にいた時は、もっともっとエキサイティングで、スリリングで、起伏に富んだ日を過ごしていた。
今から思えば、充実した毎日だった。たとえ猫嫌いオーラを持った人間から追いかけられることがあったとしても、生まれ持
った俊足で、風のように逃げることができたんだ。
それに比べて、今の僕はなんと情けないこと。足を包帯でぐるぐる巻きにされているから、まともに歩くこともできないじゃ
ないか。
―この包帯さえなければ、なんとかここから脱出できるんだが。
僕は、”食べる””トイレに行く””寝る”の三つの作業に、
**”包帯をかじる”**という作業を加え、相変わらず人間の家の押し入れの中で、単調な毎日を繰り返していた。
ある日、いつものようにれれが、ノックもなしに、僕が寝ている押し入れの戸を開けた。それから逃げようとする僕の両脇に
サッと手を入れ、僕の体をひょいと持ち上げ、ピンクの箱に押し込んだあと、箱ごと車に乗せて、例のつるつるした大きな台
のある建物に向かった。
最近は、れれも僕に触るのに慣れてきたようだ。僕を持ち上げる動作にも、ぎこちなさがなくなり、持ち上げられる側として
も、緊張しなくてすむ。
初めの頃は、僕が **”近寄るな光線”**を出していたせいか、れれも何だか遠慮してビクビクしながら僕に触れていたように思う。
実はこの光線を出すには、かなりの集中力とエネルギーが必要なんだ。そのくせ、僕がこの攻撃的な光線を出そうが出すまい
が、れれはお構いなしに近づいてくる。
もしかしたら、れれはこの ”近寄るな光線”に対する抗体を身に付けているのかもしれない。
そんなことを考えているうち、僕を乗せた車は、いつものつるつるの大きな台のある建物の前に到着し、僕は箱に入れられた
まま、建物内に運び込まれた。
ここは最初に来た時、とんでもなく訳のわからない場所だと思った。
何回か来るうち、慣れはしたものの、未だにわからない事が多い。
何故だか、僕たちの仲間がたくさんそこにいて、それぞれに人間がくっついている。
人間に捕まってしまって、辛そうにしているかと思えば、そんな様子も見られない。
みんな比較的おとなしく順番を待っていて、自分の番が来たら、隣のつるつるの大きな台のある部屋に入っていく。と言って
も、自分で入っていくのではなく、人間に連れられて行く。
―どうやら僕の番が来たらしい。
れれが、僕の入った箱を持って、隣のドアを開けた。
ああ、また今日も、この台の上で、ひっくり返されたり、口を思い切りあけさせられたり、訳のわからないことにしばらく付
き合わされるのかと思うと、ため息が出る。
―あれ? 今日は、なんだかいつもと違っているぞ。
白い服の人間が、僕の後ろ足をがんじがらめに縛っていた長い長い包帯をほどいた後、僕の体をゆっくりと持ち上げ、そのま
ま床に下した。
―やった! 今だ! 逃げよう! 自由になった僕は、目にもとまらぬ速さでつるつるの大きな台にジャンプしたかと思うと、そばにあった薬の瓶をなぎ倒し、
山と積まれた紙の束を蹴散らし、慌てふためく人間達を尻目に、縦横無尽に部屋を駆け抜けたあげく、壊れかけたガラス窓を
破って外に走り出た……つもりだったが、
―あれ? なんだか変だ。
僕はまるで足をくじいた亀のように、ゆっくり歩いている自分に気付き愕然とした。足が、思うように動かない。
「○△×! 」
「○△×」
人間達の喋る訳のわからない人間語が、耳の横を通り過ぎていく。
人間の車に轢かれて足にケガしたことは、僕だって知っていた。
だけど、包帯さえ取ってしまえば、元のように走ることができると思っていた。
僕は自分の悲しい後ろ足を、そっと片手で触ってみた。
ひんやりしている。なんだか、しびれているようだ。大粒の涙が、足の上にポタッと落ちた。
その後のことは、あまり覚えていない。いつの間にか、僕はピンクの箱の中で、れれの運転する車に揺られていた。
―ああ、僕はこれからどうなるんだろう。}
もう逃げることができないと思った瞬間、大きな悲しみが押し寄せてきた。ピンクの箱の中で車に揺られながら、僕は溢れ出
る涙をぬぐった。
~続く