テラーノベル
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私はドキッとした。
まさかレイに様子がおかしいと思われてるなんて思わなかった。
……いや、今朝無視しようとしたし、当然といえば当然かもしれないけど。
(そりゃそうでしょ、当り前じゃない!)
心で思っても言えるわけもなく、私は返事せずシーツを取り出すと、レイの部屋をあけた。
布団の横にはミネラルウォーターのペットボトルがある。
あれをこぼしたんだろうけど、幸いそこまで濡れてなかった。
私はシーツを取り換えて、ぐるりと部屋を見渡した。
『レイ、ついでに掃除もしようか?』
日中いないから掃除はまだいいと言われていたけど、ちょっとは気になる。
話を変えたいのもあって尋ねると、彼は『ならお願い』と言った。
『それならすぐに掃除するから、ここにいて』
私は物入れから掃除機も取り出した。
連泊の場合、掃除はゲストが見ている前ですることにしている。
ゲストがいない間に掃除をして、なにか無くなっただとか、そういったトラブルを防ぐためだ。
レイは言われるまま廊下の壁にもたれて、掃除する私を眺める。
見られてるのはすごく落ち着かないけど、ルールはルール。
手早く掃除を終え、私は掃除機を手に後ろを振り返った。
『終わったよ。
じゃあ、また掃除してほしい時は声をかけてね』
なるべくレイを見ないようにして、彼と入れ替わりに部屋を出た。
ふすまを閉めたと同時に、ほっと息をつく。
よかった。
顔が赤くなりかけたけど、それも堪えた気がする。
掃除機をしまったところで、私ははっと顔をあげた。
(そうだ、佐藤くん……!)
やばい、早く返事しなきゃ既読スルーになっちゃう!
慌てて部屋に戻り、スマホを掴んだ。
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どこでもいいよ! 待ち合わせはどこにする?
―――――――――――――――――――――――――――――
文字を打ちながら、昨晩のことはもう忘れると決めた。
もしもキスが本当だったとしても、なかったことにする。
ファーストキスは、いつか佐藤くんとするんだから。
***
待ちに待った日曜日は、先週梅雨入りしたせいで、あいにくの天気だった。
窓の外は弱い雨が降っていて、網戸から入ってくる空気が蒸し暑い。
だけどそんなこと、私には関係なかった。
お気に入りのシャツを着て、普段はかないスカートをはく私は、わかりやすく浮かれていた。
鏡の前で何度も見た目をチェックして、映っている自分に微笑んだ。
(よしっ、いこう!)
心の中で気合いを入れ、脇に置いていたポシェットを下げた。
佐藤くんとの待ち合わせは、お昼に学校のふたつ隣の駅だ。
昨日夕食の時に、けい子さんに今日は出かけると言えば、けい子さんも友達と約束があるそうだ。
レイの予定は知らない。
だけど、たぶんどこか出かけてるんだろう。
出がけに見たら、玄関に靴がなかったから。
電車に乗り、着いた待ち合わせ場所に佐藤くんの姿はなかった。
私は早くなる鼓動を聞きながら、スマホを取り出す。
――――――――――――――――――――――――――
着いたよ、改札の前にいるね
――――――――――――――――――――――――――
メッセージを送信した時、「広瀬」と声をかけられた。
驚いて顔をあげると、佐藤くんが柔らかな笑顔を浮かべる。
「わっ、さ、佐藤くん! おはよう!」
「おはよう。
……って広瀬、もう昼だよ」
ちょっと呆れたように笑う佐藤くんが素敵すぎて、恥ずかしいけど失神しそうだった。
私服を見たのは高2の修学旅行以来だし、そもそも待ち合わせなんてシチュエーションがたまらない。
「じゃあ行こうか」
「う、うん!」
私は挙動不審にならないよう気をつけて、歩き出す佐藤くんの後についた。
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