誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第5話 〚静かな観察者〛(担任視点)
教師をやっていると、
「問題が起きている時」よりも、
「起きなくなった時」の方が気になることがある。
白雪澪は、まさにそれだった。
成績も態度も、特に変わらない。
授業中も落ち着いているし、友人関係も安定している。
なのに——
どこか、以前と違う。
黒板を書きながら、
ふと視線を教室に戻す。
澪はノートを取りながら、
窓の外を一瞬だけ見て、すぐ視線を戻した。
その動きに、迷いがない。
(……構えていない)
前は違った。
何かを警戒するような、
いつでも身を固くしている感じがあった。
それが、ない。
悪い変化ではない。
むしろ、成長に近い。
ただ——
“何かを越えた後”の静けさだ。
休み時間、教室の後ろで様子を見ていると、
海翔がさりげなく澪の近くに立っていた。
近すぎない。
でも、離れてもいない。
澪が何か落とすと、
海翔はすぐに拾うが、余計な声はかけない。
(……ああ)
そこで、気づいた。
海翔は、もう分かっている。
澪に起きた変化を、
言葉にしないまま、受け止めている。
守ろうとして前に出る生徒の立ち位置じゃない。
一歩引いて、
本人の判断を信じる距離。
中学生にしては、
ずいぶん大人びた関わり方だ。
放課後、提出物を受け取りながら、
澪の表情を見る。
目は落ち着いている。
不安はあるはずなのに、
それに飲まれていない。
(……何があったかは、聞かない方がいい)
教師として、
踏み込むべき時と、待つべき時がある。
今は、後者だ。
そして——
澪が崩れそうになった時。
すでに、
隣に立つ存在がいる。
それを確認できただけで、
胸の奥が少しだけ軽くなった。
この教室は、
今のところ、静かだ。
でも、
何も起きていないわけじゃない。
変化は、
確かに進んでいる。
それを見守るのも、
大人の役目だと、
私は静かに思った。






