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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
その夜、王宮の一室で、舜太は、柔太朗と二人、遅い食事を取っていた。
祭りの日の残り物が、盆に並んでいる。
蜜を塗った麺麭と、羊の煮込みと、白の海の干し魚。
三つの国の料理が、一つの盆に載っているのを、舜太は、もう、珍しいとも思わなくなっていた。
太智が報告に訪れたのは、盆が下げられる頃だった。
「……広場で、勇斗様を、見ました」
舜太は、匙を置いた。
柔太朗が、静かに太智を見る。
「見間違いちゃいます。ほんまに、勇斗様でした。生きてはりました。舞を舞うてた人も、きっと」
そこまで言って、太智は、ふと、口を噤んだ。
舜太も、柔太朗も、驚いた顔をしていなかった。
「……お二人とも、ご存知で」
「そうや」
舜太は、苦笑した。
「あいつらを逃がしたんは、俺らや。太智には、言わんかった。すまん」
「ええ……」
太智は、がくりと肩を落とした。
それから、大きく息を吐いて、じとりと舜太を見た。
「次は最初から言うてな、て、あんだけ言うたのに」
「それは、約束の前の話や」
「屁理屈ですやん」
柔太朗が、堪えきれずに、小さく笑った。
太智は、しばらく拗ねたような顔をしていたが、やがて、ぽつりと続けた。
「……勇斗様、笑ってはりました。後ろ歩いとる人を、振り返って、安心したように。昔、舜太様を助けてくれた時の、あの優しい目は、変わってませんでした」
「連れの人は」
「顔は、見えんかったです。頭巾で」
「そうか」
舜太は、窓の外へ目をやった。
王都の夜の灯りが、静かに瞬いている。
「そっちの人は、俺らも知らん。けど、勇ちゃんが連れてるんなら、あいつが選んだ人や」
柔太朗は、何も言わず、舜太の手の上に、自分の手を重ねた。
「いつか、国境をなくした先で、あの二人に会えたらええな」
言ってから、舜太は、自分の言葉に、少し引っかかった。
いつか。
そのうち。
落ち着いたら。
どれだけの約束を、そうやって先送りにしてきただろう。
柔太朗にも、何度、言ってきたか分からない。
柔太朗が、手を握り返した。
「待つのは、もうやめたんだ」
静かな声だった。
「会いに行こう、舜」
「……今から?」
「勇斗は、騒ぎになる前に王都を出る人でしょう。人が寝静まって、門が開く、一番早い時刻に」
それは、舜太が、言おうとしていたことだった。
「もう死んだことになっとる人間が、昼間にうろつけるわけないしな」
舜太は、太智に向き直った。
「太智」
太智が、背筋を伸ばした。
「夜明けの城門で、勇ちゃんを待つ。門番には、通すだけで報告はするなと言い含める。……付き合うてくれるか」
太智は、一瞬、言葉を失ったようだった。
それから笑った。
「当たり前ですやん。言われんでも、行くつもりやったんですから」
夜明け前の王都は、祭りの名残に沈んでいた。
広場の外れの、小さな宿の屋根裏で、仁人は、ほとんど眠れなかった。
隣では、勇斗が、浅い寝息を立てていた。
壁の隙間から、雨上がりの冷たい空気が、細く入ってくる。
まだ暗いうちに、二人は宿を出た。
石畳は、昨夜の雨を吸って、黒く光っていた。
人通りはなく、遠くで、掃除夫が桶を引く音がするだけだった。
外套の襟を立てて歩く仁人の半歩後ろを、勇斗が、黙ってついてくる。
仁人は、ふと、足を止めた。
振り返ると、勇斗がいた。
目が合う。勇斗が、小さく頷く。
それだけで、また、前を向ける。
城門が見えてきたのは、東の空が、わずかに青みを帯びた頃だった。
門の前に、人影が、三つあった。
仁人は、身を固くした。
勇斗の足が、止まる。
一人は、手燭を持った男だった。落ち着かなげに、足を踏み替えている。
その隣に、灰色の外套を着た、背筋の伸びた人。
そして、二人より半歩前に、同じく灰色の外套の、一人。
外套の合わせ目から、細い鎖が、のぞいていた。
銀の月が、手燭の光を受けて、小さく光った。
「……舜太」
勇斗が、掠れた声で、呟いた。
その人は、フードを下ろした。
思っていたよりも、若い顔だった。
人懐っこさの名残のある目元に、けれど、静かな眼差しが宿っている。
たくさんのものを、見てきた目だった。
「やっと来たな」
舜太は、言った。
「門が開く前から、待っとったで」
「どうして」
「お前のことやから、騒ぎになる前に出る思てな」
勇斗は、言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。
仁人は、その横顔を見た。恐れと、期待と、安堵が、一度に浮かんでいた。見たことのない顔だった。
仁人は、勇斗の袖を、そっと引いた。
勇斗が、はっとして、仁人を見る。仁人は、小さく頷いた。
二人は、並んで、一歩、前に出た。
「紹介してくれんのか、勇ちゃん」
舜太が、少し笑った。
勇斗は、ひとつ息を吸ってから、言った。
「仁人だ。……俺の、一番近くにいる人だ」
仁人は、頭巾を取り、深く頭を下げた。
「仁人と申します。かつて、黄色の国の王でした」
顔を上げると、舜太が、まっすぐにこちらを見ていた。
「舜太です。今は、あなたの国を預かっている者です」
丁寧な言葉だった。
けれど、「預かっている」という言い方に、仁人は、胸を衝かれた。
征服した、とは、言わなかった。
「……母の部屋を」
仁人は、言葉を探しながら、言った。
「守ってくださったと、聞きました。今日、見てきました。花が、絶えていませんでした」
「守ったんは、俺やない」
舜太は、隣の人を見た。
「閉じて守ろて言うたんは、柔や」
柔、という呼び方に、仁人は気づいた。
柔らかく、親しい響きだった。
勇斗が、一歩、舜太に近づいた。
「舜太」
「ん」
「港で、聞いた」
勇斗の声が、低く、揺れていた。
「黒の宮廷で、お前が、俺を始末したことになっていると。……俺たちを逃がすために流した噂の代償を、お前が、背負っていると」
「ああ、あれな」
舜太は、あっさりと頷いた。
「ほんまのこと言うとな、二人を逃がすためだけやない。古都を落とした直後や。黄色の国の旧臣らに、旗頭になる王がおったら、あかんかった。二人の死を公にしたほうが、統治は楽になる。黒の王子を俺が始末したとなれば、黒の継承争いで、あの二人に恩も売れる。使えるもんは全部使った、それだけや」
仁人は、息を呑んだ。
冷たい言葉のはずだった。
けれど、舜太は、勇斗の目から、視線を逸らさずに言っていた。
損得も、情も、全部、卓の上に並べるように。
「勇ちゃん。俺は、お前に、謝らん」
「謝らなくていい」
勇斗は、首を振った。
「俺は、礼を言いに来た。……それと」
勇斗は、小さく笑った。
「感心した」
「は?」
「俺は、黒の宮廷で、兄上たちを見て育った。第二王子は、人を勘定の一部にする。第一王子は、立ち上がらない者を見ない。……俺は、あの二人の前で、顔を上げられなかった。お前は、あの二人と、並んで卓に着いたんだろう」
舜太の目が、わずかに見開かれた。
「捕虜だったお前が、だ。……悔しいくらいに、大した男になった」
舜太は、しばらく黙っていた。
それから、顔をそらして、小さく鼻を鳴らした。
「……勇ちゃんに、そんなこと言われる日が来るとは、思わんかったわ」
その耳が、少しだけ、赤かった。
「紹介しとくわ」
舜太は、咳払いをして、後ろを振り返った。
「こっちが柔太朗」
柔太朗は、一歩、前に出た。
目の前の人を、じっと見た。
頭巾の下の顔は、整っていて、どこか硬い。
笑っているのに、肩に力が入っている。
運命を信じたくないのに、縫い付けられている人。そう思っていた。
この人は、縫い付けられていた糸を、自分の手で、解いたのだ。
「勇斗から、あなたの話は聞いていました」
柔太朗は、穏やかに言った。
「でも、こうしてお会いするのは初めてですね」
「……はい」
仁人は、少し緊張したように頷いた。
「僕も、勇斗から聞いています。昔の自分に似ている、と、仰ってくださったと」
「ええ。言いました」
柔太朗は、小さく笑った。
「あのとき、私は勇斗に尋ねたんです。仁人という人の、本当の望みは何だったんだろう、と。勇斗は、答えられなかった」
勇斗が、気まずそうに視線を逸らした。
「その問いの答えを、本人に聞いてもいいですか」
仁人は、少し黙った。
それから、ゆっくりと、言葉を選ぶように、口を開いた。
「……まだ、全部は、言葉にできていません」
正直な答えだった。柔太朗は、頷いた。
「ただ、今日、母の部屋で、思いました。僕がいなくても、世界は続いている。それが、悲しくなくて、ほっとした。……そこから先は、まだ、見つけている途中です」
「そうですか」
柔太朗は、言った。
「私も、同じです」
それから、少し微笑んで、続けた。
仁人の目が、わずかに見開かれた。そして、肩の力が、すっと抜けた。
「あの」
横から、太智が、おずおずと声をかけた。
「俺、あなたの舞の後に広場に行きました。勇斗様が、あなたを振り返ってるのを、見て」
太智は、頭を掻いた。
「それだけで、分かった気ぃしたんです。ああ、この人が、勇斗様の一番大事な人なんやな、って」
仁人は、耳まで赤くなった。
勇斗が、咳払いをした。
柔太朗は、思わず、笑ってしまった。
隣で、舜太も、肩を揺らしている。
門の前の空気が、ほどけていた。
東の空が、白んできた。
門番が、閂に手をかけたまま、こちらを窺っている。
夜が、明けようとしていた。
舜太は、仁人と勇斗を、順に見た。
「あんま、引き止められへんな」
「ああ」
「最後に、一つだけ、言わせてくれ」
舜太は、一度、息を整えた。
柔太朗が、隣で、静かに待っている。この人が隣にいると、言葉が、探しやすい。
「俺が作りたいんはな」
口調が、いつのまにか、砕けていた。
丁寧な言葉では、うまく言えなかった。
「王でも、王子でも、その前に、一人の人間として息ができる国や」
勇斗の目が、わずかに揺れた。
「色が違うても、同じ卓で飯が食える。名前を変えんでも、国境を越えられる。舞を舞うても、詩を書いても、誰にも咎められん。……国境の向こうにも、おんなじ朝が来る。そう思える国や」
語りながら、舜太は、自分の声が、少し震えていることに気づいた。
「まだ、全然できてへん。升の印ひとつで、毎日揉め事や。苦情も山ほど来る。三年で見直す、て決めたけど、その三年で、潰れる工房も出るかもしれん。黒からの独立も完璧やない。継承争いもどうなるかわからない……綺麗な国には、ほど遠い」
「外港で、見ました」
仁人が、静かに言った。
「箱に、印が二つ、押されていました。月と、秤と」
舜太は、目を見開いた。柔太朗が、息を止めた気配がした。
「官吏の方が、小さな工房の方の苦情を、書き留めておられました。追い返さずに。……あの港を見て、僕は、あなたの国を、知りたいと思いました」
舜太は、言葉を失った。
あの印を押した箱を、柔太朗が、どれほど苦労して作ったか。
小さな工房の主に頭を下げた夜が、何度あったか。それを、この人は、一目で見てくれた。
柔太朗の指先が、舜太の袖を、そっと握った。
「……そうか」
喉の奥が、熱かった。
「それやったら、言わせてもらうわ。ちょっと、重いこと」
「どうぞ」
「二人を、見たとき」
舜太は、勇斗と仁人を、順に見た。
「嬉しかった。黒の血を引く王子と、黄の国の王が、国も、立場も、血も超えて、互いを選んだ。……俺が作ろうとしてる国の、最初の証明が、二人やと思うた」
柔太朗が、静かに頷いた。
「勝手な話や。重いな。すまん」
「重くはありません」
仁人が、首を横に振った。
「僕は、証明になれるほど、立派ではありません。ただ……生きて、舞います。それが、証明になるなら」
「俺たちは、俺たちのまま、生きる」
勇斗が、言った。
「それで足りるなら、足りるだけ、見ていてくれ」
「十分すぎるわ」
舜太は、笑った。涙が出そうになって、慌てて、顔を上げた。
柔太朗が、言った。
「重ねられているのは、お二人だけじゃない。僕たちも、まだ、途中ですから」
舜太は、隣を見た。
柔太朗が、胸元の太陽に、触れていた。舜太も、無意識に、銀の月を握っていた。
返し終えていない約束。続いている、というだけの約束。
「せやな」
舜太は、前を向いた。
門が、軋みながら、開き始めた。
外の光が、細く、石畳に差し込んでくる。
朝の風が、頬を撫でた。
「次は、昼間に来てくださいよ。門番、えらい眠そうでしたで」
太智が、鼻を啜りながら言って、皆が、少し笑った。
二人が、門へ向かう。
勇斗が、歩きながら、仁人を振り返った。
仁人は、そこにいた。
舜太は、目を逸らさなかった。
かつて、夜明け前に、一度も振り返らずに宮殿を出た自分を、思い出した。
今は、見送れる。
見送って、言える。
それは、振り返らない強さよりも、ずっと難しくて、ずっとあたたかかった。
二人が、門をくぐった。
門の外の道で、二つの背中が、足を止めた。
仁人と勇斗が、同時に、こちらを向いた。
朝の光が、二人の頬を、淡く縁取っている。
「また、会おう」
舜太は、声を張った。
「今度は、昼間に。俺の国を、見に来てくれ」
「はい」
仁人の声が、朝の空気を渡ってきた。
「必ず」
「ああ。……また」
勇斗が、片手を挙げた。
二つの背中が、朝の光の中へ、小さくなっていく。
舜太は、見えなくなるまで、門の前に立っていた。
「……また、会おう」
隣で、柔太朗が、静かに頷いた。
コメント
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夜明けの門、良かったなあ…。舜太が作りたいって言った「一人の人間として息ができる国」、あの言葉すごく響いた。仁人が港で見た箱の印の話で舜太が詰まるのも、柔太朗が袖を握るところも、全部が温かくて。別れなのに希望の方が強くて、「また会おう」が本当に次がある気がさせてくれた。太智の「次は昼間に」で笑えたし、良い回だった🔥