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「ねぇ未央」
「ん? どした?」
亮介は未央の手を取ってじっと見つめる。急に変わった雰囲気に心臓が高鳴った。
「結婚しよ」
突然の申し出に思わず未央は固まり、口がパクパクして言葉が出てこない。「えっ……け……けっこん?」
「うん。楽しいときも、苦しいときも、未央にそばにいてほしい」
いつかはそうなりたいと思っていたが、それをこの場で言われると思っていなかった。未央は頭がついていかなくて、しどろもどろになる。
「あのっ、そのっ、えっと……」
亮介は未央をじっと見つめたままだ。
未央はすーっと息を吸うと、亮介の手をギュッと握り返した。
「私、仕事ずっと続けたい」
「うん、もちろん」
「疲れてたら、お惣菜や、コンビニ弁当も買うよ」
「僕が作るから」
「お掃除、亮介より下手だよ」
「いまのままで十分」
「セックス、したくない日もあるかも」
「それは……したい気持ちにさせてみせます」
「わがまま言って困らせるかも」
「お望みならば、なんでも」
「わたし……」
そう言いかけたところで亮介は未央の唇を塞いだ。ふんわりしたやさしいキス。
「いまの未央のままでいいから。ぜんぶ好きだから」
未央は亮介の目の中に映る自分を見ていた。この|瞳《め》に映るありのままの自分を、ぜんぶ好きと言ってくれる。そう思うが早いか、自然と言葉が出てきた。
「ありがとう……、よろしく願いします」
恥ずかしそうにそう告げると、亮介にぎゅっと抱きしめられた。
「亮介……、くるしいっ」
「未央、僕すごく幸せ」
亮介は耳元で自分の名前を呼んだ。透明できれいな優しい声が、躰の中をハートになって駆け回る。
「うん……私も、幸せ」
道の向こうにバスが見えてくるまで、ぎゅっと抱きしめあって、けらけら笑って何度もキスした。
ふたりは静岡駅より少し手前のバス停で降りて、大道芸ワールドカップの会場へと足を運んだ。
静岡駅から徒歩5分ほどのショッピングエリアや駿府城公園を中心に大道芸ワールドカップin静岡は行われる。
約90組の大道芸人が一堂に会する大きなイベントで、毎年ものすごい賑わいをみせる。
道を歩行者天国にし、ブースを区切って、時間ごとに入れ替わり立ち替わり、同時進行でさまざまな大道芸が見られる。
未央も学生の頃は友人や祖母とよく見にきた。好きな大道芸人の出演時間に合わせて、あっちに行ったり、こっちに行ったり。歩き回ってくたくたになるのが常だった。
「いっぱいあって、どれ見たらいいかわからないですね」
「そうなの、そうなの。亮介は大道芸とか見たことある?」
「いや、ほぼ初めて」
「じゃあ、常磐公園いってみようよ。そこそこ大きなスペースだから、有名どころが出てると思う。青葉横丁も近いし」
静岡市役所から西へのびる青葉通り。その途中に静岡おでんの店が18軒連なる青葉横丁がある。常磐公園はそのつきあたりに位置していた。
青葉横丁は昭和を思わせる雰囲気が人気で、開店直後から満席になる店も多い。
まだ開店には早く、静かな青葉横丁を通り過ぎて常磐公園へと向かう。
常磐公園では、パントマイムのショーが始まっていた。未央のお気に入りの芸人だったので、テンションをあげて人だかりの後ろの方からわぁわぁと盛り上がった。少々それに圧倒されながらも、亮介もショーを見はじめる。
コメディパントマイムともいわれるジャンルで、そのシュールさに、だんだんひきこまれ、最後は亮介も涙を流して笑っていた。