テラーノベル
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「ねぇ、めっちゃおもしろかったよね」
「でしょ、私あの人が一番好きなの」
「よかったね、見れて」
「ほんと、久しぶりだったからたくさんお金出しちゃった」
ショーの最後には、賞賛の意味を込めて、投げ銭が行われる。好きなだけその人に払うシステムだ。
「未央、また来年も一緒にこようよ。もっとちゃんと計画していろいろ見たい」
来年。そっか、これからずっと亮介と一緒なんだ、そう思うだけで顔のにやにやは止まらなかった。
「うん、また来よう」
ふたりは手をつないで、青葉横丁へやってきた。もう開店している店もあってにぎやかな声が聞こえてきている。
「亮介、どこのお店がいい?」「うーん……未央のおすすめのお店あればそこで」
「じゃあ、おばあちゃんとよくきたここにしよう」
未央は紺色ののれんのお店に入った。カウンターのみの小さな店舗。きれいな女将さんに声をかけられて、入ってすぐのところに並んで座った。
「静岡おでん、僕はじめて」
「じゃあまずは、大根、黒ハンペン、牛すじだね!」
未央は手始めに3品を注文した。鰹節としょうゆベースの出汁で柔らかく煮込まれたおでんに、魚粉と青のりをかけていただく。
「色が黒いからすごい濃い味かと思ったら、そうでもないんですね。味染みてておいし」
ハフハフしながら亮介は牛すじを食べ、静岡割という緑茶で割った焼酎をのむ。
「……っ、こんなにうまいもんがこの世にあったとは」
「ははっ、気に入ってくれてよかった。ここね、ポテトサラダも美味しいんだよ」
わいわい話しながら2軒お店のはしごをし、お腹いっぱい食べて帰路につく。
新幹線こだま号はそれほど混んでおらず、自由席に並んで座った。
発車するとすぐ、亮介は気持ちよさそうに寝息をたてはじめる。手をつないだままなのが妙に恥ずかしく、嬉しくもあった。
「結婚……か」
未央は昼間の亮介のプロポーズを思い出していた。すごく幸せな時間だったな。
亮介を幸せにしてあげられる自信なんてないけど、一緒にいたら自分は間違いなく幸せだ。亮介と付き合いはじめて、ずっと幸せ。辛いこともあったけど、いつも一緒に乗り越えてくれた。
辛いときに、辛いと言い合える相手がいるというのことが、こんなにも心強いことなのか。いいようのない幸福感に未央は包まれて、ふわふわしたまま眠りに落ちた。
──みお、未央。
誰か呼んでる。おばあちゃんの声だ。
夢かな、おばあちゃんの夢、久しぶり。
『未央! あんたほんとに大丈夫なの? 仮にも社長夫人になるかもしれないのに』
『おばあちゃん、いきなり説教? おめでとうとか言えないわけ?』
『いや、あまりのことにおばあちゃんも驚いて……。そうね、まずはおめでとう。おばあちゃん安心したわ』
『ありがとう。たしかに不安もあるよ。わたしなんかでいいのかなって』
『郡司さん、いい人そうだし、なにより未央が幸せでいられるなら大丈夫よ』
『自分しか、自分を幸せにできない? だっけ。おばあちゃんの名言』
『名言って……。まあ確かに。自分を幸せにしてあげられるのは自分だけ。逆もしかりね』
『はいはい、わかりました。その出来事が不幸にさせるんじゃない。不幸だと思う心があるだけ、でしょ?』
『未央、ちゃんとおばあちゃんの話し聞いてたんだね』
『おばあちゃん、いろいろありがとうね。幸せになります』
『はいはい、本当におめでとう。体に気をつけるのよ──』柔らかいものが口に当たっている。なんだろう、すごい幸せ……。
「みお、起きて……」
パッと目を開けると亮介の顔がすぐ近くにあった。
「もうすぐ品川着くよ」
「あ、あぁ。ありがとう」
「なんか寝言むにゃむにゃ言ってたよ」
「うん、久しぶりにおばあちゃんの夢見てた。結婚おめでとうだって」
「そっか……それならよかった。降りる仕度しよっか」
亮介はなんだかとてもうれしそうな顔つきだった。
品川駅から在来線に乗り換える。相変わらず東京の夜景はきれいだ。
「未央……」
電車に揺られながら、亮介が口を開く。
ん? と未央は顔を覗き込んだ。
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