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なんとなく、セックスをするらしい。
好きではないけれど、愛してはいないけれど、決して嫌いなんかじゃないから、なんとなく、するらしい。そうすることは時によって、とても大切なことなのだと渡辺が言う。
「だから、そんなのじゃれあいみたいなもんだろ? お互い気持ちよくなれるんだし、案外後腐れないもんだぞ。ほら、別に悪いことしてるわけじゃねーし」
「………」
「…ま、めめにはわかんねーかな」
悪いけど、わかりたくもない。
放課後の教室は、一面夕日の色に染まって、煙るような気だるさに包まれている。窓の外から誰かが渡辺を呼んだ。渡辺は窓から身を乗り出し、誰かに向かって何度か大きく手を振った。まるで、夕焼けが見せる幻のような光景だった。
目黒は頬杖をついて、窓の外に目をやった。いつもと変わらない町並みが、ずうっと向こうまで続いている。渡辺は窓の外に向かって何か叫ぶと、鞄を掴んで教室を飛び出した。
「じゃーな、めめ」
開け放された扉の外からこちらに向かって大きく手を振る渡辺。さっきとまったく同じ弧を描く右腕。その様子はどこか自信に満ちていて、目黒は思わず目を細めた。やっぱり、幻のようだった。
渡辺はさっき、誰に向かって手を振っていたのだろう。
一人ぼっちの教室。開けっ放しの窓。消し忘れた黒板。主のいない椅子と机。誰かが落としたシャープペンシル。帰りたい寂しさと、帰りたくない清々しさが心の中に同居する。
嫌いじゃないからなんとなくセックスをする、という渡辺の言葉が、ぼんやりと頭の中に蘇った。寂しい時に、誰かが傍にいてくれたら良いと願う気持ちはきっと誰もが持っているとても純粋なものだから、薄暗い部屋の中でそっと触れ合うその行為の向こう側には、夕暮れの幻みたいなものが見えるのかもしれない。どこへも行けない不自由な言葉たちを持て余すのはあまりにも苦しいから、明かりを消して、ボタンを外して、手を繋いでいたいのかもしれない。
渡辺の主張はわかりたくもないけれど、そういう主張をする人が他にもいることは事実だし、それはあり得ることなのだと思う。
「あれ、まだ帰ってなかったの?」
不意に天井から降り注いだ蛍光灯の明かりに、目黒は顔を上げた。窓の外は暗く、しんと静まり返っている。どのくらい時間が経ったのかはわからないが、夕日は瞬く間に地球の裏側へ沈んでしまった。
「…先生」
せんせい、呟いたその艷やかな響きの渦に巻き込まれてしまいそうだ。
教室の電気をつけたのは見廻りにやってきた数学教師の阿部だった。彼は黒板の傍らに立ち、にっこり笑って微かに首を傾げている。目黒は軽く唇を噛んだ。それきりで、何も言わなかった。
「もう遅いから、早く帰りなさい。施錠するよ」
暫く目黒の言葉を待っていた阿部が、そう言いながら肩を竦める仕草をして、また笑った。阿部の微笑みは、夕焼けの幻のように目黒を誘い出したりはしなかった。見つめた阿部の焦げ茶色の髪がくっきり輪郭を描いている。それは阿部がくるりと踵を返した拍子に、蛍光灯の光を弾いてきらめいた。
席を立ち、後を追う。右手を掴んで引き止める。阿部の小さな手のひらは、柔らかいけれどひやりと冷たい。
「大好きだ」
振り返った阿部の、大きな瞳がオレンジに揺れた。覗き込むと自分が映って見える。まるで夕焼けみたいに、寂しいオレンジ。その震えるまつ毛にキスをする。右手はぎゅっと繋いだままで。
「目、黒…」
「先生、二人だけの秘密だよ」
コメント
5件
わあーーーキュンキュンした😍🖤💚 もっと続きが見たくなっちゃう🥹 そしてしょっぴーの方も気になるな🫣💙
めめあべの先生生徒設定、背徳感も増して秘密の関係好きとしてはほんとに好きが溢れてしまいます……💚🥺 最後のセリフもだし「好きだ」の一言にギュンッッてなりました😳 奔放なしょぴサイドのお話も見てみたいなぁ🤭なんて思っちゃいました!
最後のセリフを言わせたかっただけ😇 学校もののパラレルなら無限にできそうなくらい好き…先生って響きが良いですよね🥹 パラレル設定でもなるべく年齢差弄りたくない派ですが、このめめしょぴは同級生です(念の為)