妊娠中の🌸は朝からそわそわしていた。病院で聞いた“赤ちゃんの性別”を、いよいよ黒尾鉄朗に伝える日。
ただ伝えるだけじゃつまらない。
いつもケラケラ笑って、何か仕掛けると喜ぶ彼なら絶対楽しんでくれる。
テーブルに置かれたのは普通のケーキ。
でも中にだけ、淡いピンク色のクリームが隠れている。
そこへ、玄関のドアが勢いよく開く。
「たっだいま〜……って、あれ? 今日なんか雰囲気違くね?
なんでそんなにニコニコしてんの?」
黒尾はコートを脱ぎながら、すでにニヤニヤしている。
怪しいことを察する嗅覚だけは一級品だ。
「ねぇ、ケーキ食べよ?」
「えっ、ケーキ? なんかやる気満々じゃん。今日なに? 記念日? 俺の誕生日? 俺が今日もイケメンだった記念日?」
「違うよ」
「じゃあなんでケーキ……。
……あれ? もしやサプライズ?」
にやり。
「まぁいいけど。切ればわかるってことね?」
黒尾はわざと大げさにケーキナイフを構えた。
「はーい、じゃあどーなるかな〜?」
軽い調子のままケーキにナイフを入れる。
スポンジが割れ、中が見えた瞬間――
淡いピンク色がふわっと顔を出した。
黒尾が固まる。
「…………え?」
ピンクの部分をじっと見つめ、
ケーキと🌸を交互に見る。
「……え、ちょっ……
ピ、ピンクって……」
🌸は笑みを浮かべてうなずいた。
「女の子、だって」
黒尾の目が大きく見開かれる。
「…………マジで?」
声がさっきより一段低くなる。
「俺……娘のパパになるってこと?」
ゆっくりケーキを置き、呼吸を整えるように胸に手を当て、頬を触り、頭を押さえ――
完全にテンパっている。
「……やば……何これ……心臓の動き方おかし……」
ウロウロ歩き出した。
「どうしよう、絶対かわいいでしょ。
いやかわいいよな? 絶対かわいいよな? 俺、娘に“パパ〜”とか言われたら泣くんだけど」
「てつくん、ちょっと落ち着いて?」
「無理無理無理、落ち着けるわけないでしょ!
俺が、娘……? 俺が……パパ……???」
膝に手をついて深呼吸したあと、
急にケーキをもう一度確認してホッとするように笑う。
「……ピンクだ……ほんとにピンクだ……」
そして、お腹を見つめてゆっくりしゃがみ込んだ。
「……おいで。娘ちゃん。
えっと……パパだよ」
いつものおちゃらけた声じゃない、優しくて静かな声。
「頑張って生まれておいで。
ぜんっぜん大丈夫だから。
パパ、なんでもやるから。
守るから」
その真剣さに、🌸の胸がじんわり温かくなる。
だが次の瞬間――
黒尾はぱっと立ち上がった。
「よしっ! 名前どうする!?
俺、もう候補10個考えていい? いや20個いけるわ!」
「えっ多いよ!」
「だって初めての俺らのお姫様だよ!?
可愛い名前にしたいじゃん! あーでも俺が決めたら天才的に可愛い気がするな〜!!」
テンションは完全に最高潮。
ケーキを片付けながらもピンク色を見るたびにニヤニヤしている。
「やべぇ……女の子のパパってこんな気持ちなの……?
明日から仕事の休憩時間に育児の勉強しよ……。
え? ミルクの温度って何度? 人肌……? 人肌って何度……?」
ぼそぼそ呟きながら、完全にパパの顔になっている。
🌸はそんな彼を見て笑った。
黒尾鉄朗――
普段は余裕たっぷりでヘラヘラしてるのに、
大切なことになるとこうやって全力で向き合う。
ピンク色のケーキを囲んだ時間は、
三人家族になっていく未来をふわっと照らすみたいに、
暖かくて幸せだった。
コメント
1件
こんな溺愛パパ最高すぎる