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美猿王はいなくなった屋敷の中は、一気に殺伐とした重苦しい空気に染まる。
「あ、あああああっ」
「おい、三蔵っ。これ以上泣くと、呼吸出来なくなるぞ」
「あ、ああっ、ああっ、師匠っ、師匠っ」
「三蔵…」
呼吸をするのを忘れ、ただひたすら法名和尚の切断された首の前で三蔵は泣き続けた。
哪吒の言葉も声も聞こえていない様子だった。
「悟空…」
泣き止まない三蔵の隣に立った悟空の存在に気が付い
た哪吒が、三蔵の背中を撫でていた手を止める。
「三蔵」
「あああっ、ああっ」
「聞こえてんだろ、三蔵」
「ううっ、うううっ…」
「チッ、いい加減にしろよ」
ガッ!!!
悟空は舌打ちをしながら三蔵の胸ぐらを乱暴に掴み、強引に立ち上がらせた。
突然の行動に驚きいながら、三蔵は悟空の顔を見つめる。
「いつまでも子供みたいに泣きやがって。呼ばれたら、反応ぐらいしろや」
「だ、だって、お師匠がっ、お師匠が殺されたんだぞ!?泣くのは仕方がなだろ!?何なんだよ」
「あ?テメェ、俺に舐めた口叩いてんじゃねーぞ」
「俺は悟空みたいに、平気な顔して強くいれない」
三蔵の言葉を聞いた悟空は、牙を剥きしにしたまま言葉を吐く。
「本気で言ってんだろうな、その言葉。俺が平気な顔してた?五百年前、テメェと観音菩薩が来た時の事を言ってんのか?それとも白虎嶺の時の事を言ってんのか」
怒りの籠った言葉を聞いても、悟空の怒りを耐えている表情を見ても、今の三蔵には何も響かなかった。
「俺は今すぐに、お師匠の死を受け入れられないんだよ!!!悟空なら、すぐに前を向いていけるよな」
「おい、三蔵。それ以上は言わない方が良い。お前だって、本心で言ってる訳じゃないだろ」
「そうだよな、悟空は強いもんな。人間の俺よりも強いも…」
ゴンッ!!!
沙悟浄の助言も聞かずに三蔵が更に言葉を続けるが、悟空の拳が三蔵の右頬に力強く捻り込む。
「ヴッ!?」
「ちょ、落ち着けって!!!今、喧嘩してる場合じゃねーだろ!!!」
「チッ、こんなの喧嘩のうちにも入らねーわ。俺の事がそんな風に見えてたんなら、もう一緒にいる意味ねーな」
「…」
猪八戒が慌てて三蔵と悟空の間に割って入るも、三蔵は心ここに在らずの状態である。
その様子を見た沙悟浄と猪八戒も、今の三蔵に何を言っても響かない事を察知できてしまった。
白虎の腕の中で眠っていた小桃の瞳がゆっくり開き、悟空の背が視界に映った。
「お嬢、目が覚めましたか?御気分はどうですか?辛いですか?」
「白虎…、正直に言うと良くはない…。けど、降ろしてくれると嬉しい」
「…、分かりました」
ソッと小桃の事を降ろすと、小桃は悟空と鳴神の元にゆっくりと駆け寄る。
タタタタタタタタタッ。
勿論、小桃の後ろにはしっかりと白虎が付いて来くと
二人の気配に気が付いた悟空は、振り返らずに口を開く。
「お前等、治療道具を探して来てくれ」
「え?ここにあるのかなぁ…。分かった、白虎と行って来るけど…。悟空、まだここに居てくれるよね…?」
クイッと悟空の服の袖を掴みながら、小桃は恐る恐る尋ねる。
悟空は目線だけを動かし、周囲の様子を確認しながら黙って頷いた。
「分かった、探して来るっ」
「白虎、小桃の事を頼むぞ」
「お前に言われなくても、心得てる」
悟空の言葉を聞いた白虎は憎まれ口を叩きながら、優しく小桃の肩を抱きながら広間を出て行った。
「あの子は、もしかして悟空の女なのか!?」
「
あ?おい、おっさん」
「おっさん!?」
「空気を読んだ発言してくれ、今の重苦しい中でよく言えたな…」
鳴神の空気を読まない発言にゲンナリした悟空は、鳴神の事をゴミでも見るような冷たい視線を送る。
「如来っ、如来っ!!!目を開けてくれ!!!」
「観音菩薩、体を揺らすな。刺された傷口が開く」
「っ…」
鳴神の呼び掛けを聞いた観音菩薩は、ゆっくりと眠る弥勒如来の体から手を離す。
沙悟浄が弥勒如来の呼吸や怪我の具合を素早く確認し、観音菩薩に伝える。
「一時的に意識を失ってるだけだな、怪我もゆっくりと修復してきてる。けどまぁ、安静にしといた方が良いな」
「そ、そうか。意識を失ってるだけなら、良かった…」
沙悟浄の言葉を聞いた観音菩薩は、体の力が抜けたように床に座り込んでしまう。
その姿見た悟空は、静かに観音菩薩に対して声を掛ける。
「アンタ、この男の事になると慌てんだな」
「…彼とは僕が小さい時から一緒に居てくれたんだ。明王と天部よりも、如来…、弥勒如来の方が付き合いは長いから…」
「手当をした方が良さそうだね。ここにいる全員、多少なりとも怪我をしているしね。治療道具があるかどうか分からないけどね」
悟空と観音菩薩の会話を聞いていた風鈴が、顎に手を添えながら二人の会話に割って入る。
「若、俺達が探して来ますよ」
「小桃と白虎が探しに行ってる。丁、お前等も今のうちに体を休ませておけ」
「あ、ありがとうございます若」
悟空からの労いの言葉を聞いた丁は、感激のあまり思わず瞳を潤ませてしまう。
「隊長が泣きそうになってる!!!もう若、隊長を泣かしたんですか?」
「あ?泣かせてねーよ。調子に乗んな、李」
ゴンッ!!!
そう言いながら悟空はふざける李の頭に拳を落とすも、李は嬉しそうに笑いながら言葉を漏らす。
「痛っ、えへへ」
「李、嬉しそう」
「久しぶりに若に会えたのが嬉しいのさ。高、お前も尻尾が揺れているぞ」
「オレも、若に会えて嬉しい」
高の揺れている尻尾と李と話している悟空の姿を交互に見て、胡は笑みを溢す。
***
美猿王が拠点としていた神社の物置部屋で、小桃と白虎は医療道具の入った箱を発見していた。
「あった、人間用のみたいだけど大丈夫かなぁ」
「小桃、アイツ等は人間のように軟弱な作りをしていない。人間用でも問題ないが、お前は綺麗な包帯を使えよ」
「え?だって、この中にある包帯は全部綺麗だったよ?」
「その中でも綺麗なものを使え、良いな?」
鴉の妙な圧に押された小桃は黙って頷くと、白虎の心配そうな視線に気が付く。
「どうしたの?白虎って、まだ人の姿が見慣れないな…。へへ、だけどまた会えて嬉しいよ」
「俺は早く、お嬢の所に戻りたかったです。もう、お嬢の事を傷付けさせたくなかったのに…」
白虎は声を震わせながら、小桃の爪の剥がされた両手に優しく触れる。
明らかに暴力を受けた跡が、小桃の体の至る所に残されていた。
「お嬢が辛い時にっ、俺は修羅道でっ…、のうのうと戦を繰り返してたなんて」
「白虎は何一つ悪い所なんてないよ。小桃が捕まったのは、小桃が油断した所為なの。小桃が、悟空の為にした行動が…、二人を死なせちゃった」
小桃の脳裏に浮かんだのは、牛魔王と百花の二人が命を落とした光景だった。
「お嬢ちゃんの所為死んだと思ってるの?あの二人が」
声のした方に視線を向けると、壁にもたれかかっている阿修羅の姿が視界に映った。
「えっと、阿修羅?」
「お嬢ちゃんの目にはそう見えたの?私の目には、選択した結果が死に綱がった光景だった。牛魔王と呼ばれた少年は、百花を牛鬼から守ると決めて死んだ。百花もそうだろう?牛鬼が牛魔王に、再び乗り移らせない為に命を掛けて守ったんだ」
「…、阿修羅の言う通りだね。百花ちゃんは、牛魔王を守る為に死んだのは分かってる。分かってるけど…、寂しいよ」
小桃の瞳から大粒の涙が零れ落ち、阿修羅は黙って小桃の事を見つめた。
***
孫悟空ー
俺に殴られた三蔵は気まずそうに、俺と目が合えば視線を逸らす。
アイツの師匠、法名和尚の首が目の前に転がって来たら動揺するのは当然だ。
自分の事を育ててくれた家族が二人も死に、二十歳の甘ちゃんの三蔵に受け止めきれないだろう。
爺さんを目の前で殺された時、泣きながら牛魔王に飛び掛かった直後に天界軍に捕まり、天界で裁判にかけられた。
五百年と言う長い時間の中で、俺は悲しみから憎しみへと変わった。
俺の場合は一人だったから心の傷をどうにか出来たが、三蔵の場合は傷が深過ぎる。
タタタタタタタタッ。
目を晴らした小桃が医療道具を持って、広間に戻って来た。
「ごめんっ、お待たせ!!怪我してる人はこっちに来てっ。悟空も…」
「悪い、小桃ちゃん。悟空の事、借りて行くな?包帯だけ分けてくれると助かるんだが…」
「あ、うんっ」
沙悟浄の突然の登場に驚きながらも、小桃は医療道具が入った箱の中から包帯を何個か取り出し手渡す。
「廊下に猪八戒がいるから、別室で話を聞かせてくれ」
広間の隅で座っている三蔵に聞こえないように、沙悟浄が耳打ちしてきた。
俺と沙悟浄は静かに広間を出て、廊下で待機していた猪八戒と合流し、広間から離れた部屋に移動する。
到着した部屋の床に適当に腰を下ろすと、沙悟浄が包帯を俺の腕に巻き始めた。
「完全に左目は見えないのか?」
「修羅道の武器で斬られたからな、傷口は塞がったが視力は戻ってない」
「そうか」
猪八戒から投げられた質問に淡々と答え、修羅道で起きた事を二人に話す。
暫くの沈黙が続き、沙悟浄がゆっくりと口を開く。
「復讐相手がいなくなった今、お前はどう感じてるんだ?」
「俺はアイツにどん底まで落とされ、五百年間封印された。牛魔王は子供のまま死んで、子供のまま生きて来たんだって知って…。結局、牛鬼に利用されていただけだったんだよ」
沙悟浄の問い掛けに答えながら、牛魔王との会話と爺さん達が旅立つ瞬間を思い出した。
俺はずっと牛魔王を殺す事しか考えていなかった。
経文集めの旅を知る理由が復讐を果たす事だったからだ。
だが爺さんと牛魔王、二人の過去を見てから、牛魔王と爺さんに対する見方が百八十度変わった。
「正直、アイツは爺さんと死ねて良かったと思ってる。元々はヒトの子だったんだし、本来ならとっくに死んでんだ。ちゃんと子供から大人になってな」
「なんか、体はボロボロだけどさ?悟空、スッキリした顔してる。悟空が良かったなら、俺達は良いからさ?」
悟空の表情を見ながら、猪八戒は嬉しそうに笑う、それは沙悟浄も同じだった。
「俺に言った本音も、爺さんが俺に託した思いを背負ってくだけだ。今、重大視すべきは天帝と阿弥陀如来って言うガキと美猿王の事だろ」
そう言いながら顔の距離が近かった猪八戒野肩を軽く押し、俺は距離を取った。
「おっとっ、美猿王と天帝…いや、釈迦如来って呼ばれてたな…。その二人は考え方は同じ何だけど…、神だけの世界か鬼と妖だけの世界を作りたいんだよな??」
「二人が勝手に経文を取り合ってくれるのは構わないが…、俺達にも関係してくるからなぁ…。三蔵の体の中にある経文を奪いに来るか、それがいつなのか分からない。魔天経文は今、悟空が持ってるけどな」
猪八戒の問い掛けに答えながら沙悟浄は、俺の腰に下げられた刀化した魔天経文を見つめてきた。
「俺に体をくれたのは何でだ?」
「「あ…」」
「神だけの世界を作りたいならよ、俺達の存在は邪魔な筈だろ」
俺の言葉を聞いた二人は、鳩が豆鉄砲を食ったようなひょっとこみたいな顔をしていた。
「俺は性格が悪いからよ、見返りもなく善意な事されっと疑うんだよ。俺に体をくれたのには、何かしらの理由がある筈だ。そんな事は本人に聞いてみねーと分かんらんが」
「悟空に言われて気が付いたわ、確かにそうだよな…。はー!!!わけわかんねー、何考えてんだよ!!!釈迦如来は!!!」
ドサッ。
猪八戒は乱暴に頭を掻き毟りながら、床に寝転がる。
釈迦如来か…。
泡姫の城の中に現れた阿弥陀如来、釈迦如来にとっての守護神的存在だろう。
ヒノカグツチも簡単に殺され、如来も深傷を負っている。
そして何より、三蔵の師匠の死が三蔵の中でかなり大きい。
「いずれにせよ、俺達は美猿王と釈迦如来の二人と争う事になる。ただ…、今の三蔵は精神的に参ってるだろ?休養させる必要が…」
ガラガラッ。
「俺も少し、会話に混ざらせてもらうぜ。悟空に礼を言っとかねーといけねーからな」
沙悟浄が話していると、羅刹天が扉を開けて部屋の中に入って来た。
「ビックリしたっ!?羅刹天かよ」
「んで、俺に礼って何?お前に何かした覚えねーけど?」
「天邪鬼の兄妹が、俺の事を助けてくれてな」
「あの二人がお前を?」
猪八戒の問い掛けを無視し、羅刹天は俺の質問に答えるように話し出した。
憔悴状態の羅刹天の腕を牛頭馬頭が腕を斬り落とし、三蔵の元に行く前に死にそうだった所を、天邪鬼の二人が現れたらしい。
邪が牛頭馬頭を上手く丸め込み、羅刹天を助けたのは俺の為だと言って姿を消したそうだ。
「和尚が霊魂銃で俺様を撃ちやがったからな、今も腹の傷口の治りがおせぇ」
そう言って羅刹天は、包帯が巻かれている上から撃たれた部分を触る。
「天邪鬼が助けたって…、美猿王側じゃなかったのか?気まぐれで、悟空の事を助けたって事?」
「さーな、気まぐれかどうかは知らねーけどよ。兄貴の方は何故か、美猿王と同じ血統術を使えてた」
猪八戒の問い掛けに答えた羅刹天の言葉を聞き、思わず口を挟んでしまった。
「血統術をか!?あれは、美猿王しか使えねー筈…」
「美猿王の見様見真似で血統術を独学で得たんだから、体にかなりガタが来てたぜ。あの兄妹、近いうちに死ぬだろうな」
羅刹天の言った事は間違いじゃない、強妖怪特有の血の誓約の効力を使われたのだろう。
自分に対して、血を分けた兄弟の裏切り行為が発覚した時に発動されるもの。
牛魔王は黒風を体内の血液を暴走させて、化け物にさせたように。
「三蔵ガキはどうすんだ?ありゃあ、ダメだな。完全に心が折れちまってる」
「もう、ただの経文探しじゃなくなってる。俺達が持ってるのは魔天と有天の二本、残りの三本がどっち側に揃ってるかが問題だ。俺の認識で、美猿王は無天と聖天か恒天のどちらかだ」
「これじゃあ、経文の奪い合いになんな…。それも大戦争並みの…」
俺と羅刹天の会話を聞いていた猪八戒が、ゲンナリしながら呟く。
美猿王達は天竺に向かう事に切り替えたのは、天竺の方角に残り一つの経文がるのか?
このまま、美猿王達と距離が離れるのはまずいな。
三蔵の心が早く回復する保証もねーし、このままここに居ても状況は悪い方向に動く気がする。
それに、美猿王が無邪気な顔をしながら言った言葉が引っ掛かるんだよな…。
「悟空、小桃ちゃんの様子を見てこいよ」
「は?今?」
「今だ、ほら早く行け」
「あ?あぁ…」
沙悟浄に急かされながら立ち上がり、小桃の所に向かう事にした。
***
「何で、女所の向かわせたんだ?今じゃなくてもいーだろ」
「羅刹天は分かってねーなぁ」
「あ?鳴神、いきなり来てなんだよ」
羅刹天が沙悟浄に問いただしていると、手当てを終えた鳴神が悟空と入れ替わりに部屋に入って来た。
「分かってないって、何が?」
「大切な女と過ごす時間さ、羅刹天。悟空にとって、あのお嬢ちゃんは大切な子なんだろ」
「本人は絶対認めないと思いますけどね」
沙悟浄の言葉を聞き、軽く笑いながら鳴神は言葉を続ける。
「素直になれねー所は、まだまだ子供だな。お前等の会話を少しだ聞かせてもらった。羅刹天、俺達はいよいよ決めないといけない。この意味が分かるだろ?」
「俺は鬼共と連むつもりはねーぞ、拉致られたしな。アイツ等は今更、よそ者を受け入れる気はねーぞ。悟空の事を気に入ってるし、俺は雨桐を迎えに行ってやりてーけど」
「お前の世話係李だったな」
「俺の事よりもお前だろ、どっち側に付くのか決めるのは。お前の女が美猿王の所に居んだろ」
羅刹天の言葉を聞いた猪八戒と沙悟浄の二人は、黙って鳴神を見つめた。
***
孫悟空ー
長い廊下を歩いていると、小桃が一人で腕に包帯を巻くのに苦戦しているのが見えた。
「あれ?あれれ?巻いた筈なのに解けてくる…。利き手じゃない方の腕はやりずいな…」
「貸してみろ」
「えっ!?ご、悟空!?」
「ほら、腕出せ」
小桃の手から包帯を奪い、隣に腰を下ろしてから包帯を丁寧に巻いて行く。
包帯の擦れる音が静かに響き渡り、小桃の顔がどんどん真っ赤に染まり始めた。
「細いな」
「えっ!?そ、そんな事ないよっ」
「それに、小せぇ手」
「悟空の手が大きいんだよ、へへっ」
剥がされた爪の痕が痛々しい、体の至る所に切り傷や打撲の痕がある。
小桃を傷付けさせないようにした結果、こうなってしまった。
「悟空の所為じゃないからね、この傷は」
俺の心を読んだのか、小桃が微笑みながら呟いた。
「これは小桃の弱さが原因なの、悟空の所為じゃない。悟空は大丈夫?おじちゃんの事とか…、牛魔王の事とか…」
「さっき、猪八戒達にも言った事だけど、これで良かったんだと思う。俺の憶測の話、聞くか?」
「うん、聞きたい」
「牛魔王は死んで自由になりたかったんだと思う。爺さんの事を恨む自分からも、牛鬼の言いなりになってる自分からも。あの二人は、この世を去る時に分かり合えたんだと思う。もう二度と爺さんに会えねーのは、寂しいけどな」
話しながら爺さんに対する思いを、本音を口に出来た気がした。
五百年前、爺さんと旅をしながら四季を巡ったり、馬鹿みたいな口喧嘩も二度と出来ない。
未来永劫、輪廻転生を出来ない魂となってしまったから。
暖かい季節なのに、指先が冷たくなって行くのが分かる。
ソッと、小桃が冷たくなった指先を温めるように包み込んでくれた。
「おじちゃんは、悟空の心の中で生きてるよ。悟空が思い続ける限り、おじちゃんは生き続けるよ。小桃の心の中に、百花ちゃんが居るように。でも、寂しいよね」
「お前の言う通り、寂しいな」
「三蔵も辛いね、大切な人が死んじゃったから」
「三蔵の様子はどうだった?」
ギュッと小桃の手を握ると、小桃は握り返しながら答える。
「心がここにないみたいだった、空っぽって言うのかな…。悟空の事を気にしてたよ?何かあった?」
「ちょっとな、俺が殴り飛ばした」
「殴り飛ばした!?もう、怪我人に何してるの」
言葉では注意しているのに、表情は笑っていた。
俺の中で小桃が特別な存在って事が、修羅道の出来事で思わせれた。
小桃が俺の事をずっと思ってくれている事も、お互いが大事に思っている事も。
「小桃、天邪鬼の二人を覚えているか」
「あ、うん。女の子の方に、小桃が捕まってる時に会ったんだけど…、鬼のお姫様と仲良くなさそうだった」
「仲良くなさそう?」
「うん、格の差があるぞって思わさしてる感じだった」
鬼の女が天邪鬼の事を受けれなかった、美猿王は女を激愛しているから要望を聞いた。
美猿王が天邪鬼の二人を追い出すとは考えられない。
勝手な行動をし出したのは天邪鬼の二人で、俺の為に動いてるってどう言う事だ。
俺の為…。
そう思った時、俺はハッとした。
俺の為、つまり美猿王達や釈迦如来達よりも早く経文を見つける事。
やはり美猿王達が向かってる場所に、残りどちらかの経文があるんだ。
「悟空、ここを出て行っちゃうんだよね」
俺の考えを読み取ったのか、小桃は眉を下げながら呟く。
「天邪鬼の二人の事も釈迦如来の事も、美猿王の事も無視は出来ない。その事は小桃も分かるだろ?」
「うん…、小桃も鬼のお姫様と話がしたい」
「鬼の女と?酷い事されたのにか」
「あの子、本当は悪い子じゃないと思うから。あの子の事、もっと知りたいの。知らないといけない気がするの」
小桃の言葉を聞いた上で、俺は小桃に提案した。
「俺と一緒に行くか、小桃」
そう言って俺は再び、優しく小桃の手を宝物に触れるように握り締めた。