翌朝。
シャワーから出ると、私の服と下着は全て乾燥機で回っていて、雄大さんに渡されたTシャツを着るしかなかった。
「お前……エロいな」
雄大さんが私を凝視していった。
「そう思うなら、せめて白T以外のを貸してくださいよ」
透けてはいないけれど、落ち着かない。
「いや、黒でもエロいだろ」
「じゃあ、これでいいです」
前に来た時も意外に思ったけれど、この部屋は男性の一人暮らしにしてはキッチンがそれらしい。鍋やフライパンなどの調理器具も揃っているし、ダイニングテーブルもある。椅子は二脚。
私がシャワーを浴びている間に、テーブルには朝食が並んでいた。トーストに目玉焼き、コーヒーとヨーグルト。
「食おうぜ」
「いただきます……」
「お前の好みがわかんねぇからあるもん出したから、好きに使え」
私と雄大さんの間には、ジャムやバター、醤油、マヨネーズなどが並んでいた。
雄大さんは私が何を手に取るのか、興味津々で見ている。その姿がやけに可愛く見えた。思わず笑ってしまう。
「ふふ……」
「何だよ?」
「見過ぎですよ」
「気になるだろ」と言って、イチゴジャムの瓶を差し出す。
「これ、美味いぞ?」
私はイチゴジャムをトーストに塗った。イチゴの果肉がゴロッと残っていて、甘すぎず、香りもいい。
「ん! 美味しい!」
「だろ?」
雄大さんは満足気に笑った。
「これ、どこで売ってるんですか?」
瓶をまじまじと見ていると、彼が私の手から瓶を取り上げた。
「教えない。そこらのスーパーじゃ売ってないぞ?」
「子供みたいな意地悪しないでくださいよ」
「食いたかったら、うちに来ればいい」と、にっこり笑う。
ああ……、そういうこと。
「胃袋を掴むって言うのは、男性に限ったことじゃないんですね」
「は?」
「今の台詞、何人の女性に言ってきたんですか?」
「言ったことねーよ」
「何人でもいいですけどね? けど、私には必要ない言葉ですよ。恋人じゃないし」
「素直なのはベッドの中でだけか……」と、雄大さんが聞こえるか聞こえないかの小声で言った。
「聞こえてますよ」
私はミルクをコーヒーに入れた。スプーンで混ぜる。
「お前、ブラックじゃなかった?」
「今は甘いものが欲しい気分なんです」
「疲れてる時は甘いもんだよな?」
雄大さんがにやにやと笑いながら、目玉焼きに醤油をかける。
私は甘いコーヒーを口に含む。甘すぎた。
「イライラしてる時もです!」
「し足りなかった?」
「部長!」
わざと『部長』と呼ぶ。
「わざとだろ……」
「どーせ私は素直じゃありませんから」
パクパクとパンを頬張る。
このジャム、ハマりそう。
雄大さんがカウンターの上のトースターに食パンを二枚、差し込む。
「あ、そのままください」
フワフワの食パンに、今度はマーマレードのジャムをのせる。
「ホント、美味そうに食うな?」
「美味しいですもん」
「そりゃ、良かった」
数少ないこれまでの恋人とも、こんな風に朝食を食べたことはなかった。
こんなの……勘違いしそう……。
自分に『部長』との関係を言い聞かせようと、私は口火を切った。
「聞かないんですか? どうして黛を殺したいのか……」
雄大さんはため息をついた。
「飯、食いながらする話か?」
からかわれた……のかな……。
それでもいいと、思えた。
昨夜はとても甘やかされて幸せな気分だったし、雄大さんとのセックスは最高に気持ち良かった。
人生で一度くらい、こんな経験《セックス》もありだよね――?
『共犯者になってやるよ』
そう言われて、嬉しかった。
そして、気がついた。
わたしはずっと、苦しかったんだ――。
義父を亡くしてから、桜を守ろうと、黛につけ入られまいと気を張り詰めてた。寂しいとか、苦しいとか感じる余裕もないくらい。
だから、雄大さんに口説かれて、優しく抱かれて、ほんの少し期待してしまった。
この人なら、助けてくれるんじゃないか――。
ピーピーピー、と乾燥機が任務完了を知らせる音がした。
私はコーヒーを飲み干し、ぱんっと手を合わせた。
「ご馳走様でした! 美味しかったです」
手早く食器をシンクに運び、乾燥機から服を出す。ホカホカと温かい。
雄大さんが洗面所の戸口に立つ。
「何、してんだよ?」
「着替えです」
大丈夫。
今ならまだ、なかったことに出来る。
早くこの部屋から出て行きたくて、私は雄大さんに見られていることもお構いなしにTシャツを脱ぎ捨てた。
「何で」
ショーツを穿き、ブラを着ける。
「帰るからです」
スリップを着て、パンツを穿く。
涙なんて……見られたくない――。
「だから、何で帰るんだよ!」
グイッと両腕を掴まれた瞬間、感情が溢れだした。
「もう、用は済んだでしょ!」
「は?」
「ヤりたかったんでしょ? もう、いいじゃない! 放して!!」
「馨!」
「そんな風に呼ばないで!」
雄大さんの腕を振りほどこうと、身体を捩る。
「どうしたんだよ!」
「関係ないでしょ!」
「は?」
「黛のことも、桜のことも、雄大さんには関係ない! 何が契約よ。ヤりたかっただけじゃない! もう気が済んだでしょ?」
涙を堪えているのが精いっぱいだった。どんなに力を込めても、雄大さんの腕からは逃げられない。それでも、私は暴れ続ける。
「放して!」
「馨!」
「大っ嫌い――!!」
「そうかよ!」
痛いほど強く腕を引き寄せられ、雄大さんの唇が私の口を塞ぐ。
「んんんっ――!」
もがいても唇は離れない。数日前のように噛みついてやろうとしたら、さらに強く唇を押し付けられた。
なんで、こんなキス――。
目眩がするほど甘くて激しい、キス。
愛されてると錯覚しそうな……キス――。
我慢なんて出来るはずがなかった。
涙が頬をつたう。
「助けてやる……」
雄大さんの唇が、涙を拭う。
「守ってやる」
温かくて力強い腕に抱かれて、私は声を上げて泣いた。
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