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夜が再び世界を覆った。空は裂け、天の残響が遠くで悲鳴を上げている。
闇と光の狭間に、セラフィエルとリシアが立っていた。
いや——それはもう、“ひとつ”ではなかった。
リシアの中に眠るネレイアの力が暴走し、
空気そのものが軋み、
大地が呼吸を止めようとしていた。
「やめて……! このままでは、世界が壊れる……!」
リシアが叫ぶ。
その瞳は金と黒に割れ、涙は光を帯びて地に落ちた。
セラフィエルは彼女を抱き寄せる。
「壊れていい。
この世界が滅びても、君だけは——生かす。」
リシアが息を呑む。
「だめ……あなたまで消えてしまう……!」
彼は静かに微笑んだ。
その笑みは、かつて天に仕えていた頃のように穏やかだった。
「もう構わない。
天の心臓は、俺に流れる最後の“神の証”だ。
それをお前に渡せば、
お前は、俺が望んだ“新しい光”として生きられる。」
風が吹く。
黒い羽根と白い羽根が入り混じり、
夜空へと舞い上がった。
リシアはその腕を掴んだ。
「そんなの……嫌よ。
あなたがいない光なんて、ただの虚無だわ!」
セラフィエルは彼女の頬に触れる。
「虚無でもいい。
お前がそこにいるなら、それは俺にとって世界のすべてだ。」
彼の胸の奥から、淡い金の光が漏れ始める。
それは心臓の鼓動に合わせて強まり、
やがて彼の掌に収束していった。
——それは、“天の心臓”。
神々の創造力の源、
本来、天界以外では存在を許されぬ聖なる器官。
リシアの瞳が震える。
「それを渡したら……あなたは——」
「もう、俺は“天”にはいない。
だから、何も失うものはない。」
リシアは泣きながら首を振る。
「嘘よ……! あなたはいつもそうやって、全部を抱えて、
誰かを救って、自分を捨てるの!」
セラフィエルの指先が彼女の唇を塞いだ。
「……俺は、もう誰も救わない。
ただ、お前を“生かす”。」
その言葉と共に、
彼は胸元に手を当て、深く息を吸った。
そして——
自らの胸を裂いた。
金色の光と黒い血が入り混じり、
夜空を照らす。
まるで天の星々が降り注ぐように、無数の羽根が宙に舞った。
リシアが叫ぶ。
「やめてっ! そんなものいらない! あなたがいなきゃ意味がない!」
セラフィエルは微笑む。
「意味なんて……最初から光にはなかった。
だが“願い”は残せる。」
彼の手から零れた光が、リシアの胸に触れる。
瞬間、彼女の体が淡く輝き、
裂かれていた魂がひとつに繋がっていく。
ネレイアの声が、どこか遠くから響いた。
「愚か者め……その代償が、どれほどのものか分かっているの?」
セラフィエルは静かに頷く。
「分かっている。
——だからこそ、この愛は真実だ。」
黒い月が赤く染まる。
世界が軋み、光がねじれる。
大地が崩れ、天が涙を流すように、白い羽が降り注ぐ。
リシアはその光の中で、彼の胸に手を当てた。
「……温かい。まだ、生きてる。」
「お前が生きる限り、俺はお前の中にいる。」
彼の声が、風に溶ける。
——そして、世界が静かに終わった。
時間も、神々の理も、すべてが止まり、
ただ二人の光だけが、暗闇の中で脈打っていた。
やがて、リシアの体を包む光が形を変える。
白い羽が彼女の背から芽吹き、
黒い涙が頬を伝う。
「セラフィエル……」
その名を呼んだ瞬間、
夜明けが訪れた。
世界は一度、完全に滅び——
そして、再び“生まれ変わった”。
そこにあったのは、
神のいない楽園。
だがその中央で、
一本の黒い羽が、静かに風に舞っていた。
——それが、彼の残した“約束”だった。