テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
雨は、すべてを洗い流してくれるほど優しくない。
アスファルトに叩きつけられた雨水は
街の煤塵と混じり合い、ドブネズミのような色をして俺の靴を汚していく。
「……おい、拓海。返事ぐらいしろよ」
俺の声は、激しい雨音に掻き消された。
目の前に転がっている「それ」は
昨日の夜まで俺の後ろを三歩下がって歩いていた、威勢のいい弟分の成れの果てだ。
東京湾の端、人気のない埋立地の岸壁。
海から引き揚げられたばかりの拓海は、パンパンに膨れ上がり、肌は土気色に変色していた。
何より無惨なのは、その顔だ。
鈍器のようなもので執拗に殴られたのか、端正だった面影はどこにもない。
俺の名は黒嵜和貴。
関東最大の極道組織・榊原組で若頭なんていう、血生臭い看板を背負わされている。
親の顔も知らず、路地裏の泥水を啜って生きてきた俺にとって、盃を交わした拓海は唯一の「家族」だった。
「黒嵜、検視の邪魔だ」
聞き覚えのある、癪に触る声がした。
振り返ると、ビニール傘を差した男が立っていた。
警視庁捜査一課、志摩。
俺たちを縛り上げることに執念を燃やす、いわば天敵だ。
「……事故、か」
俺は低く、地這うような声で問うた。
志摩は冷めた目で水死体を見下ろし、鼻を鳴らす。
「今のところはな。足を滑らせて転落、頭を打ちつけてそのまま……といったところだ」
「本当に、事故だと言えるのか」
「なんだ、心当たりでもあんのか?」
「あるわけねえだろ。こいつは来月、奥さんとのガキが生まれる予定だったんだ。自分から死ぬようなタマじゃねえ」
志摩の目が、一瞬だけ鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。
こいつは何かを知っている。
だが、警察の正義が俺たちの真実に手を貸すことなどあり得ない。
「帰りな。極道がしみったれる場所じゃない」
志摩に背を向け、俺は歩き出す。
全身が雨に濡れて、芯から冷えていく。
だが、胸の奥だけが、焼けつくような熱を帯びていた。
拓海、あいつは死ぬ直前、俺に電話を寄越した。
『兄貴、話があるんです。俺、とんでもないものを見ちまって……』
あの怯えた声。
あいつを殺したのは、きっと海じゃない。
この街の闇に紛れた「誰か」だ。
(見てろよ、拓海…お前をこんな姿にした奴は、俺が地獄へ引きずり落としてやる)
たとえその過程で、俺が「人間」を辞めることになっても。
俺は、自分の中に住む獣の鎖を解いた。
黒嵜和貴として、極道に足を踏み入れた瞬間から、普通の人生を歩めないことは悟り切っていた。
そんな中で出逢ったかけがえのない兄弟を喪った。
なら、ここから先は、復讐という名の修羅道だ。
961
#成り上がり