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どうして舞台が隣国に!?

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どうして舞台が隣国に!?

59 - 第59話 赤い王女の委細(ジャネット視点)

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2023年07月10日

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魔塔には、アンリエッタから事後報告を受けた翌日に戻った。ジャネットが早々に戻れたのは、偏にアンリエッタを捜索している間や、目覚めるまでの間など、魔術師たちや自警団の団員たちが頑張ってくれたお陰だった。


元々学術院には、魔塔に直接繋がる、転移魔法陣が設置されている。それは、ソマイアにある研究機関、並びに各省庁には、設置義務があったからだ。


ソマイアの施設に、出向や派遣をしている魔術師がいるため、いちいち転移魔法陣を展開させるのは手間がかかる。さらに、魔術師でなくとも使えるようにしたこともあって、反対する者は出なかった。


ジャネットも勿論、その転移魔法陣を使って、魔塔に戻ったのだ。そして、執務室にて、報告書を読んでいた。


まずは、アンリエッタを捜索している間に、拘束しておいた、聖職者と聖騎士たちの報告書。


共にいた冒険者は、マーカスが事前に送り込んでいた者たちだ。アンリエッタを捕らえた後、宿屋から移動しようとした聖職者たちの足止めまでしてくれていたらしい。そのお陰で、簡単に拘束できた。


実は、アンリエッタが抵抗してくれていたため、聖職者たちも抑えるのだけで精一杯だったらしい。

元々力はあるが体力のない聖職者に、力は少ないが体力はある聖騎士。リーダーである聖職者がへばっていたのだから、『もう少し休んでからでは』などと声を掛けられれば、従ってしまうのも無理はなかった。


アンリエッタを担いで走り回っていた傭兵からしたら、堪ったものではないだろう。それも相まって、アンリエッタが目覚めるまでの間の取り調べでは、簡単に口を割ってくれた。


ジャネットは一枚紙を捲った。取り調べの報告書である。担当したのは、勿論、魔塔から来た魔術師だった。


魔塔と教会は、力の性質と相互するように、仲が悪かった。故に、魔術師もまた、聖職者への取り調べに手を抜くことはしなかった。ジャネットが強く言ったこともあってか、欲しい答えを聞き出してくれていた。


どうやって口を割らせたのかは、容易に想像がつく。ユルーゲルだ。神聖力は、魔力を打ち消せるが、逆に魔力は神聖力を拒絶する。聖と魔が反発するのは、それが理由だ。


しかし、ユルーゲルは、魔法陣に神聖力を取り込むことに成功している。それにより、神聖力を持つ側に、拒絶反応が出た。後遺症が出るほどのものだ。その小型版を作って、吐かせたのだ。


「それをアンリエッタがいる場で、教えるわけにはいかないでしょう」

「何をですか?」


当のユルーゲルが、澄ました顔で、書物を読んでいた。調べ物を分担したお陰か、執務室にあった書物も、大分減った。メイドが、ジャネットのいる机に、お茶を運べるくらいにはなっていたのだ。


「貴方が作った、小型尋問道具よ」

「それまで、報告書に書かれていたんですか?」


カマをかけたつもりが、容易に認めたため、少し驚いて見せた。


「いえ、書かれてはいないわ。ただ、そうなのではないかと思ったのよ。他の者は、あまり神聖力に興味がないから」

「私は飽く迄、提供しただけです。簡単に吐かないとは思っていましたので」

「でも、いつ作ったの? 他にもやるべきことがあったでしょう」


ギラーテに行く前に、ユルーゲルには、アルバートに渡す盗聴用の魔法陣を作ってもらった。その魔法陣の情報も、どうやって入手したのだろうか。


「えぇ、まぁ、そうなんですが……」


歯切れが悪いのが気になった。まさかと思い、もう一度カマをかけた。


「誰に頼まれたというの?」


違っていたのなら構わない。一応、まだ監視下に置かれている状態で、自主的に何かを研究、または作る行為は、許されるべきものではないのだ。しかし、今回は役に立っていたため、目を瞑ることにした。


しかも、内容が良くなかった。監視下に置かれる原因となったものを、再び作成したからだ。いくら小型とはいえ、危険な行為だった。


渋るユルーゲルを、ジャネットは睨んだ。ユルーゲルは一度目を逸らしてから、重い口を開いた。


「カラリッド卿です」

「アルバート? 何故彼が」

「護身用に作って欲しいと頼まれました。今回のことが、例え上手くいったとしても、教会に目を付けられるのは、分かり切っていますからね。小規模サイズで出来ないものかと言われて……」

「引き受けてしまったのね」


身を硬くしながらユルーゲルは頷いた。どうやら、本人も悪いことをしたという自覚があるらしい。しかしジャネットは、言っておかなければならないことは言わないと、気がすまない質だった。


「事情は分かったわ。確かに、ソマイアにいる間ならともかく、ゾドに帰った時は、そういうのがあった方が安全でしょうね。ただ、貴方はまだ、私の監視下にあるのよ。勝手に依頼を受けて、魔法陣を作成して良いと思っているの?」

「いいえ。今後は、ジャネット様にご相談した上、もしくは先方に伝えるようにします」


素直に謝罪されてしまい、拍子抜けしてしまった。ここ最近のユルーゲルは、このように素直な面を見せることが多くなった。


こないだの告白のせいなのかしら……。


あれからジャネットは、ユルーゲルの告白をなかったかのように、振る舞っていた。それに傷ついた様子が見られなかったため、ジャネットも敢えて直すことはしなかった。


意識すると、ユルーゲルに対して、甘くなりそうだったのもあるが、下手に気を持たせるのも悪いと思ったのだ。高い所にある物を取って貰ったり、荷物を持ってくれたり、エスコートされるたびに、悪くないかも、と思ってしまう自分を抑え込んでいた。


「これからは、そうしてちょうだい」


素っ気ない言い方になってしまったが、気にせずジャネットは報告書に目線を向けた。


どうやら担当した魔術師は、最初からユルーゲルが用意した魔法陣を、使ったわけではなかった。手っ取り早く済ませようという、荒っぽいタイプではなかったことに安堵した。


結果を追求するあまり、小さいけれど重要なことまで、聞き出せないことが生じるからだ。どうやら、その心配はなさそうだった。


しかし、カラリッド侯爵家の名前が出たのは、やはりあの魔法陣を使用してからのようだ。


まぁ、それは当然ね。忠誠心からなのか、それとも報復を恐れてか。


それによって、聖職者を懐柔できるか、どうかが分かる。現在、聖職者と聖騎士は、魔塔の地下牢に身を置かれている。ギラーテに置いておくと、教会の連中に始末し兼かったからである。


紛いなりにも、魔塔に教会の協力者が紛れ込むとは思えない。だから、連れてきたのだが。


「魔塔に教会の間者が入り込む、なんてこと、あり得ると思う?」

「どうしても消したい、という願望があれば、ないとは言い切れません」

「ただ牢に入れただけでは、不十分だったかしら」


正直、聖職者と聖騎士の命など、どうでも良かったが、トカゲのしっぽ切りのようなことは、嫌いだった。


「まぁ、監視を強化することは可能ですが、少し待ってみてはいかがですか?」

「いいけれど、何か釣れるというの?」

「本当に始末したい、と思うのなら、ですが。試しにカラリッド卿にお会いになる際は、尋ねてみてください」


そう言って、ユルーゲルはジャネットに、ある提案を持ち掛けた。


「なるほどね。確かに、アルバートには、貴方が仕掛けた魔法陣で、いいものが釣れたら、動き出すように助言しておいたから、向こうはまだ味方だと思っているでしょうからね」

「はい。カラリッド卿からしたら、とても弱いカードですが、我々からしたら、強いカードになります」


アルバートは、カラリッド侯爵家の一員ではあるが、それと同時に、魔塔の魔術師でもある。魔塔を裏切る行為を要求することは、恐喝がなくても、アリだと強く言えてしまう。


「まぁ、それ以外の手を使ってきたら、証人を失うことになります。しかし、他はリスクがありますから、この手以外を選択するとは思えません」

「証人を失ったとしても、強い証拠が二つもあるから、十分戦えるわ」


言い逃れも許さない、とばかりに、ジャネットは心の中で誓った。


報告書には、生きていれば、どんな姿形をしていても構わない、と命令を受けていた、と書かれていたからだ。つまり、養女にしろ、聖女にしろ、肩書を与えるだけで、大事にしないことは見え見えだった。


本当にクズね。聖職者が聞いて飽きれるわ。


「型番の照合の方は、連絡が来たんですか?」

「えぇ。仕事が早くて助かるわ」


ジャネットは、机の上に置いてあった紙を持ち上げた。紙には、カラリッド侯爵が支援している、教会の名前が書かれていた。


フレッドには、拘束した聖職者と聖騎士の身元を調べてもらっていたが、そちらは別々の教会に属していた。

双方同じだと、共倒れになる、と教会側は思ったのだろう。別にすることで、カラリッド侯爵家の名前が出なくとも、トカゲのしっぽ切りができると踏んだのだ。そうでなければ、三つとも別の教会にしたりはしない。


なんて、浅ましい。自らの手を汚さずに、良い所だけ吸い続け、汚いものは切り捨てる。魔塔にも、そういう輩はいるだろうが、地位と権力に固執する者が、今の魔塔には少ないのが救いだった。


「大丈夫ですか?」


気がつくと、肘をついて紙を見ていた。体も少し傾けて、憂鬱そうな顔と態度をとっていた。


「平気よ。これからもっとうんざりする奴らと、会わなくてはいけないのよ。ここでくたびれるわけにはいかないわ」

「カラリッド卿とお会いになるまで、まだ少し時間があります。その間だけでも――……」

「ありがとう。でも、このまま気を張っていた方が、話し易いから」


手は抜きたくないのだ。アンリエッタのような犠牲になるような者たちが、出ないようにすることにもなるが、魔塔内でそう企てようとしている者たちへの牽制にもなる。


しかし、ユルーゲルは見逃してはくれなかった。椅子から立ち上がり、ジャネットに近づいた。


「いえ、休んでください。私も人のことは言えませんが、適度な休憩を入れるよう、メイドたちに言われていますので」

「大丈夫よ。それに休憩なら、さっき取ったわ。十分ではなくて」

「本気で仰っているのですか。私はその間に、二冊は読み終えましたよ」

「それは貴方が読むの、速いだけでしょう」


お陰で、執務室内の書物がどんどん減ってくれて、助かったのだが。今は、それどころではない。ユルーゲルに手を取られたからだ。


これでは無理にでも、休ませようとするだろう。ソファーで仮眠させられるのか、はたまた執務室を締め出して、気分転換とか軽い運動とか称して、散歩に行かされるのだろうか。


ジャネットが警戒していると、予想外のことをユルーゲルは口にした。


「私も色々と考えまして、手のマッサージをさせていただけないでしょうか」

「は?」

「仕事の終わりに、メイドたちにしてもらっているじゃないですか。実は、少しずつ教えてもらいまして、ちゃんと出来ているか、見ていただきたいんです」


いや、それを判断するのは、私ではなくメイドの方では……? そう思ったものの、何故か言い出せなかった。その代わり、別の質問を投げかけた。


「いつの間に、私のメイドたちと仲良くなったの?」

「執務室など籠ると、メイドたちの世話を極力減らしていますよね、ジャネット様は」

「集中したい時は、うろうろされたり、話し声が聞こえたりすると、どうしてもイライラしてしまうから、室内にいないように、お願いしているのよ」


彼女らの行動を制限するより、自由時間を与えた方が、双方にとって良いと思ったからだ。


「そのため、メイドたちでは世話が行き届いていない、と本人たちから言われまして」

「だから、貴方に、というわけなのね」

「はい」


まさか、そんな行動が、墓穴を掘る原因になるなんてね。溜め息をついた後、ユルーゲルを見た。しゅんとした姿に、嫌とは言えなかった。


「分かったわ。ちゃんと力加減をしなさいよ」

「勿論です」


そう言うと、ユルーゲルは触れていない方の手で、ジャネットの肩を掴み、立ち上がらせた。


「ここでするのではなくて?」

「はい。ここでは、どうして仕事が目に入ってしまいますので」


促されるまま、ソファーに腰を下ろした。時折、このように休憩は、机から離れるように、言ってきていたため、可笑しなことではなかった。


ユルーゲルは、ジャネットが座ったこと確認してから、膝をついた。左手でジャネットの手を取り、右手でマッサージをし始めた。


「痛っ」


指先に力を入れた瞬間、痛みを感じ、思わず声が出た。やはり、メイドよりも力が強い。


「申し訳ありません。もう少し、力を緩めますね」


再び、一指ずつ丁寧にほぐしていく。ユルーゲルが、人差し指と親指の間を押した時、ジャネットは声を掛けた。


「そこは、もう少し強く押してちょうだい」

「これくらいですか」

「えぇ。ちょうどいいわ」


慣れないせいか、どれも同じ力加減でやろうとしていたのだ。そうやって時折、ジャネットの注意を受けながら、右手が終わると、今度は左手を取ってやり始めた。


そうしている内に、ジャネットの緊張も程よく取れてきた頃、ようやく気恥ずかしさが顔を覗かせた。先ほどまで、怒りで満ちていた心に、余裕が出てきたのだ。


しかし、今更手を引くわけにもいかず、終わるまでジャネットは、我慢しなければならなかった。


「なんだか、悪いわね。未来の大魔術師様に、こんなことしてもらうなんて」

「ジャネット様は、この国の王女様ですよ。魔塔の主でもあるのですから、可笑しなことは何もありません」

「……それでも、マッサージは今まで通り、メイドたちにしてもらうわ」


ユルーゲルが驚いた顔をした。


「私が下手だからですか?」

「違うわ。むしろ、何でも器用に出来て、凄いと思っているわ」

「でしたら……」


どうしてダメなのですか、と顔で問いかけられ、ジャネットは顔を逸らした。


「……は、恥ずかしいからよ」

「え?」

「恥ずかしいから、もういいと言っているのよ!」


ちょうど止まっていたユルーゲルの手から、左手を自分の元に引き寄せた。そして、立ち上がって、再び机へと戻っていった。


「お茶が飲みたくなったわ」


ユルーゲルが何かを言い出す前に、ジャネットは用事を言いつけた。扉が開き、ユルーゲルは一礼して出て行った。


その瞬間、ジャネットは机に倒れ込んだ。


「監視が終えるまで、保つかしら、私」


ユルーゲルが戻ってくるまでに、赤くなった顔を元に戻さないとならなかったが、間に合いそうになかった。そのため、机の上でうつ伏せになり、狸寝入りをすることで、やり過ごすことに決めたのだった。


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