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深夜の集中治療室。
無機質な機械音だけが規則正しく響くその場所で、元貴は眠っていた。
たくさんの管に繋がれ、かつてないほど透明になったその姿は、今にも光に溶けて消えてしまいそうだった。
涼ちゃんの協力で潜入した若井は、防護服越しに、元貴の冷たい指先を握った。
「……元貴。来たぞ。遅くなってごめんな」
若井の声は震えていた。元貴の意識レベルは最下層まで落ち、脳波も平坦に近い。
医師からは「今夜が山だ」と告げられていた。
若井は、涼ちゃんから渡されたボイスレコーダーを再生した。
そこから流れてくるのは、あの日、音楽室で3人が命を削って演奏した、あの曲のノイズ混じりの音源。
若井は、元貴の耳元に自分の唇を寄せ、音源に合わせて歌い始めた。
伴奏はない。ただ、若井の掠れた歌声と、元貴の心拍を刻むモニターの音が重なる。
「……忘れてもいいよ、元貴。
俺が、お前の分まで全部覚えてるから。」
若井がサビのフレーズを口ずさんだその時。
奇跡が起きた。
ピピ、ピピ、と単調だったモニターの音が、一瞬だけ乱れた。
元貴の指先が、若井の掌の中でかすかに動く。
(……わか……い……?)
深い闇の底にいた元貴の魂が、若井の歌声に反応していた。
元貴の夢の中では、今、失われたはずの「色」が溢れていた。
若井と初めて会った日の青い空。
一緒に行ったスカイダイビング。
そして、自分をずっと照らし続けてくれた、若井の眩しいオレンジ色。
元貴の頬を、一筋の涙が伝った。
彼は目を開けることはなかったし、言葉を発することもなかった。
けれど、握られた指の力が、微かに強まった。
「……っ、元貴……! 聞こえてるんだな、そこにいるんだな……!」
若井は、元貴の胸に顔を埋めた。
トクン、トクン、と弱々しく打つ心臓の鼓動。
それが、若井には最高のメロディに聞こえた。
「お疲れ様、元貴。……もう、頑張らなくていいよ。……あとは俺が、お前の曲を世界中に響かせてやるから。」
若井がそう囁くと、元貴の表情が、ふっと和らいだ。
苦しみからも、恐怖からも解放された、あの音楽室で見せたような穏やかな笑顔。
「あと…、5ねんだよ…」
そのまま、モニターの波形はゆっくりと、一本の水平線へと溶けていった。
音が消えた。
けれど、若井の心の中には、元貴が残した「最後のサビ」が、かつてないほどの音量で鳴り響いていた。
俺は、元貴の最期の言葉に違和感を覚えた。
「……さよならは言わないぞ。
……またな、元貴。
大丈夫だ。また逢える。」
若井は、元貴の冷たくなった額に、深く、優しいキスを落とした。