俺は大学卒業まで実家で暮らしていたが、朱里はあまり家にいなかった記憶がある。
朱里は学校帰りは友達と遊ぶか、バイトに行っていた。
バイト先で客から言い寄られたのが嫌だと言い、途中から裏方の仕事をするようになったが、『ナンパされて嬉しくなかったんだ……』と驚いたのを覚えている。
朱里は田村昭人という同級生と付き合っていたが、物凄く好きで堪らないという様子ではなかった。
『モテるのに男に興味がない。彼氏にベタ惚れでもない。なら、朱里は何を望んでいるんだろう?』
次第に俺は彼女が何を考えているのか知りたくなり、観察するようになった。
朱里は飯を食っているだけでも絵になる。
食べる事は好きみたいで、美味そうにパクパク食べている。好き嫌いもほぼない。
小さい口を動かしている朱里をぼんやり見ていると、隣に座っている美奈歩から蹴られる事がたびたびあった。
『みっともなく見とれるな』と言われているのは分かっていたが、気分屋の実妹のやる事なので、『いつもの事』とあしらっていたのが良くなかったようだ。
朱里には『美奈歩はブラコン』と言われたが、いつも可愛く甘えてくるわけではないので、普通の兄妹のつもりでいた。
美奈歩としても朱里が現れて思うところはあったんだろうが、俺は妹の気持ちの変化に気付けないまま朱里に夢中になっていった。
朱里はそこにいるだけで美しく、見ていて飽きない。
いい匂いがして、あの大きな胸に触ってみたい……、のをグッと堪えた。それをしたら犯罪になる事ぐらい分かっている。
だから、一線を越えないよう気をつけていた。
でも触ってみたくて、側に居たくて……、……その気持ちが朱里を余計に遠ざける結果になり、姉妹の軋轢を生んだとは思っていなかった。
「……鈍感、か……」
付き合っていた彼女とは、いい関係だった。
彼女は元勤めていたゲーム会社の同僚で、お互い尊重できたし仕事の理解もある上、高価な物に興味を持たない人で気楽に付き合えた。
でも記念日には少し値の張る贈り物をすると、とても喜んでくれていた。
元カノには朱里の事を〝父の再婚相手の連れ子〟と説明したものの、頻繁に名前を出したつもりはなかった。
ただ、元カノは結婚を視野に入れて真剣に付き合ってくれていたから、俺の心境の変化にピンときたのかもしれない。
『自分の彼氏は心の中に自分ではない〝誰か〟を気にかけている』……と。
だからこう言って別れを切り出された。
『私は亮平くんの事が好きだけど、君はそれほどじゃないみたい。このまま一緒にいても幸せにはなれない気がするから、一旦距離を置こうか』
そう言われて初めて、自分が元カノに不誠実な態度を取っていたのを自覚した。
――どうすればいいんだ。
血が繋がっていないとはいえ、兄が妹を好きになるなんて駄目だ。
連れ子同士なら法律的に問題ないだろうし、世間にはそういうカップル、夫婦もいるだろう。
でも再婚してやっと落ち着いた父を困らせたくないし、若菜さんだって見えないところで苦労して、ようやく上村家に溶け込んだだろう。
自分の気持ち一つで家庭を崩壊させるなど、あってはいけない。
だから我慢して、この想いを秘めて風化させようと思っていたのに――。
『結婚するつもりだから、その内ちゃんと連れてくる』
年末のあの言葉を聞いて、気持ちがグラッと揺れた。
――このままでは朱里は他の男のものになる。
――俺が代わりに結婚したいなんて思ってない。でもちょっとぐらい……。
その〝ちょっと〟で、自分の人生を壊すつもりはない。ただ、今までろくに話せなかった分、ゆっくり向き合ってみたかっただけだ。
けど、その結果……。
「……問題は俺自身か」
あんなに気になっていたのに、実は女性として真剣に想っていたわけではないと教えられ、少しショックだった。
「……しかも速水さん、……いい男すぎるだろ」
俺は彼を思い出し、溜め息をつく。
自分の事を〝比較的高身長で割とスペックの高い男〟と思っていたが、〝本物〟である彼を前にして一瞬で負けを感じた。
美形なのは言わずもがな、着ている物、時計、靴、何気ない物に至るまですべて高級品だと分かったし、俺より身長が高くて立ち姿が堂々としている。
鍛えている人は体幹がしっかりしていて、ただ立っているだけでもオーラがある。
俺も一応鍛えているつもりだったが、速水さんと比べれば全然だ。
「世の中、色んな人がいるんだなぁ……。会社の先輩や凄腕エンジニアに憧れてるぐらいじゃ、まだまだだ」
そんな俺が、実は速水さんは総資産が数十億を超える投資家で、篠宮ホールディングスの御曹司と知るのは後日の事だ。
コメント
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尊教 教祖に、Dr.Mikoto....😂w 亮平にとっても、今後は頼もしい相談相手になりそう....🍀
( ゚ー゚)ウ ( 。_。)ン亮平惚れたな。😂男の嫉妬は怖いって言うけど、逆もアリで惚れたら崇拝かもね。(笑)ꉂ🤣𐤔 尊教信者(笑)🤭
亮平😏惚れたな〜?😂