〜宮城リョータside 〜
フードを深く被り、ラジカセでジャズの音楽を流す。
建物のガラスを鏡がわりにしして、ガラスの中の自分と見つめ合いながら、音に合わせて手足を動かす。
気がつけば、キャリーケースを持ったおばさんが、ケースを椅子にして手拍子をしていた。
それに続き、夕方の街を歩くいろんな人たちが立ち止まり、俺に手拍子を送る。
けれど、俺は彼らの方を振り向いて踊ることはない。
彼らに背を向けて、ガラスにうつる自分を見て踊る。
小学生の頃、沖縄に住んでた。
そして、俺には、3歳上の兄、ソータがいた。
俺とソーちゃんは小さなダンススクールに通い、教室がない日も、家の窓を鏡にして、一緒に踊っていた。
ソーちゃんはダンスが上手かった。
いつもニコニコしながら、歌詞を口ずさむようにして踊っていて、そんなときのソーちゃんはキラキラして見えた。
休日は、米軍基地で働くアメリカの軍人さんたちの前で踊って、you are cool!だのwonderful!だの褒められて、たまに長い英語で話されて、意味もわからずサンキューサンキューと返していた。
「リョータも一緒に踊ろうや。」
そう誘われたこともあったけれど、俺はソーちゃんみたいに上手くないし、踊っていたら輝いて見えるなんてこともなかった。
そんな俺が、唯一、ソーちゃんと同じステージに立つのは、ダンススクールの発表会の時だった。
本番前、俺は毎回緊張して、泣き出しそうだった。
そんなとき、いつも舞台袖でソーちゃんは言っていた。
「俺も緊張してる。でもな、リョータ。心臓バクバクでも、めいっぱい平気なふりするんやぞ。」
そんなソーちゃんが、海の事故で死んだ。
内容も忘れてしまうようなくだらない喧嘩をして、俺は
「二度と帰ってくんなっ!」
と言ってしまった。
あの言葉を言ったことと、海の事故は繋がってない。
それでも、俺はあの言葉が呪いのように感じて、言わなければ良かったとずっと後悔している。
ソーちゃんが死んでから、ダンススクールに行けなくなった。
でも、ソーちゃんのことを忘れたくなくて、二人でやっていたように、ガラスに向かって練習を始めた。
もうステージに立つつもりなんてないけれど、なんかの間違いで、ソーちゃんは死んでなくて、数年後、またどこかで会ったときに、上手くなったなって言ってもらいたくて、今もずっと練習を続けている。
数曲踊り終え、ひと通り汗を流したところで、ラジカセの電源を切る。
早く帰らないと、母親と妹のアンナが心配する。
後ろでは、まばらな拍手が聞こえてくる。
俺は、自分とソーちゃんのためにしか踊ってないから、彼らにお辞儀はしない。
ラジカセを抱えて立ち上がると、背の高い、とにかくデカい男性に声をかけられた。
「私、こういうものですが…。」
渡された名刺には『湘北エンターテイメント 子会社社長 赤木剛憲』と書かれていた。
湘北エンターテイメント…。
安西光義の会社だ。
ソーちゃんが昔、テレビに流れてくる昭和のダンサーTOP10という番組を見ながら言っていた。
「リョータ〜、この人すごいぞー。安西光義って、日本版マイケルジャクソンみたいだぞ。」
あの頃は、ソーちゃんの方が上手いって思っていたけれど、ソーちゃんが死んだ今、俺のダンスのお手本は、安西光義だった。
「君のダンスを見たよ。うち、今アイドルになれる人材を探してて、うちの事務所に入ってくれないか?」
アイドル…。
今だって、自分とソーちゃんのためにしか踊ってない俺が…?
「一度、ご両親にも伺って、答えを出してほしい。」
「りょーちゃん、アイドルになるの!?すごいすごい!!」
家に帰りその話をすると、アンナは大はしゃぎ。
「まだ決めたわけじゃねーって。」
「りょーちゃんがステージに立って〜、グッツとか売って〜、学校で、これうちのお兄ちゃんなんだよねとか自慢して〜…それから…」
「おーい、アンナ〜?」
そして、アンナが先に寝たあと、そっと母さんが伺ってきた。
「りょーちゃん。どうするん?」
「俺、ダンスが好き。…でも、俺は…人のために踊ったりとか無理だから、ステージに立つ資格はない。」
「りょーちゃん。ごめんね。りょーちゃんに、ソーちゃんのことで苦しんでほしくなくて、神奈川まで逃げてきて。」
「なんで、急にそんな話?」
「ソーちゃん、言ってたんよ。りょーちゃん、ほんとはもっとステージに立ちたいって思ってる。ソーちゃんが踊ってる間、ずっと出番が来るのを待ってる顔してるって。資格とか、関係ないよ。頑張れること頑張ればいいじゃない。」
カチッ
俺の心の歯車が、動き出した音がした。
気がつくと、事務所に電話をかけていた。