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蓮司が笑う。冗談めかして。どこか冷たく、どこか優しく。
「──抱かれたいの? 日下部に」
その瞬間、時間が少しだけ止まった気がした。
部屋の空気が、肌に貼りつくように重くなる。
(……そんなわけ、ない)
心の中で即座に否定する。
でも、その“即座さ”が、かえって怪しかった。
自分で自分に言い訳してるような響きがあった。
(違う。ちがう……)
けれど、脳裏に浮かぶのは、あの午後の光の中だった。
カフェで。
蓮司の横で──日下部に、言った。
「──俺、こいつと付き合ってるから」
あのとき、自分で“芽”を潰したんだ。
日下部に向かって。
ほんの少しでも期待しかけていた、“あの芽”を──
自分で、壊した。
(あれで、よかったんだ)
(期待なんて、するから傷つく)
(信じられる顔をして、裏切られるより……)
そう思ってた。
そう信じてきたはずだった。
──なのに、どうして。
蓮司にあんなふうに言われるだけで、
胸の奥が、こんなふうにざわつくんだ。
“庇ってもらう想像とかした?”
“抱かれたいの?”
──してない。
──したくない。
でも。
もし、日下部がまた、手を伸ばしてきたら──
笑って逃げられる自信なんか、今の遥にはなかった。
あのとき潰したはずの“芽”が、
まだどこかで残ってる気がする。
音もなく、しぶとく、地下に根を張ってる。
蓮司がまた、こちらを見ている。
すべてをわかっている目。
そのくせ、何も言わない目。
「……うぜぇな、おまえ」
遥はそうつぶやいて、目を逸らした。
でも声は弱かった。
怒りでも、拒絶でもない。
どこか──泣き出す寸前みたいな、ひび割れた声だった。
蓮司は、何も返さない。
ただ、静かに笑っている。
それすら、腹立たしいのに。
その笑いに、どこか救われてる自分もいる。
(……最低だな、俺)
遥は、自分の膝を見つめながら、ぎゅっと拳を握った。