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「マリンー」
ぺこらに名前を呼ばれて、そばに駆け寄る。
「さむい」
そうすると、いつも通りマリンに抱きついてくる。マリンの肩に顔をうずめて、すりすりとしてくるぺこらはいつものツンツンした姿とは裏腹に本当に同一人物なのか疑うほど甘い雰囲気を纏う。
ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
今日は少し強い。
「ぺこら、いたいよ」
「ん〜」
なんだその返事は。
ぐりぐりするのは辞めないから了承の返事ではないのだろう。
肩は痛いまま。というか痛みが増した気がする。
「ぺこらーー?」
「…」
「……ぺこちゃーーん」
「…」
この様子のぺこらは最近数回経験済みの為、返事がないのは分かっている。
初めはとっても驚いたものだ。焦ってどきまぎしてるマリンに上目遣いで、うるせえって言われてから何も言えなくなって、それから数分経ったあとありがとってだけ言って出てったのだ。
それからたまに、寒いから。なんて言って抱きついてくる。不器用な、ぺこらの甘え方なんて理解したのは3回目ぐらいだった。
「兎田さーーーん?」
何度声を掛けても痛いままの状況が続いて、そろそろマリンの肩が限界だ。
何度目かに、彼女の苗字で呼んでみれば、ぺこらはピクっと反応して固まった。
あれ…なんで急に固まった?
「それ、嫌」
マリンも釣られて固まっていると、ぺこらは顔をあげて、目が合う。
そして小さな口から発せられた言葉は、短い。
「……兎田さん?」
「嫌だって言ってるぺこでしょ」
“それ”が何を指すのか、マリンにはいまいち分からなくてこれかなと思った言葉を口に出してみる。
ほぼ被せられて返ってくる返事から、”それ”が”兎田さん”という呼び方である事が分かる
「ぺこら」
「…ん、」
いつも通り呼び方に戻してみれば、また甘えモードに戻る。
肩は痛くない。ぺこらから力は抜けて、ただマリンに体重を少し預け、包まれている。
そんなぺこらを苦しくない程度の力で抱きしめる。
この甘え、もうすぐ終わっちゃうかな。次はいつなんだろう。ぺこらの頭を撫でながら、明後日の方向を向いていれば、もごもごと動き出したぺこら。
今日はもう終わりかな、そう思って腕を緩めてぺこらを離す。
「マリン」
いつもなら、短いお礼を零して出ていくのに。
今日は違う。少し蕩けた瞳と目が合って、思わず息を飲む。
何も言わずに徐々に距離が詰められ、思わず後ろに1歩だせば、ダメだと言わんばかりに腰へ腕をまわされて、距離が無くなる。
「ぺこら?」
何も喋らないぺこら。視線はずっと交わったまま。もう片方の手がマリンの頬に触れて、冷たい。
鼻先が触れ合うほど近くなって、視界はもうぺこらしか見えなくって、
次に起こることを少しだけ、期待して、ゆっくり目を閉じた。
「マリン、いつもありがとな」
感じたのは、ぺこらが離れる感覚。
それと同時にいつもと同じ調子の声だった。
目を開けば、もう数歩先にぺこらは立っていてその橙色の瞳を見つめても、何も返ってこない。
「いくじなし」
「うるせーぺこ」
んじゃ、ありがと、っていつも通りに何も無かったかのように部屋を出ていくぺこらの後ろ姿。
ただ見つめることしか出来なくて。
次会う時も、この出来事は無かったことになるのかな。
__
廊下に出て、角を曲がる。
足が止まって、親指が唇をなぞりかけて、途中で止まった。
その手を握りこんで、少し早足に歩き出す。
耳の奥だけが、
じんわり熱を持ったまま。
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