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早朝から書類書き写しの事務に忙殺され、連勤と残業続きだった俺が眠気に襲われていた時だ。
「学長! 突然なのですがご来訪者がいらしておりまして……もうどうすればいいか」
受付職の女性が、大慌てで職員の詰める部屋の戸を開け放つ。
なにやら焦った様子だったから、少ない職員の全員が彼女の方に目をやった。
「とにかく、ハイデル王立第一魔法学校の特別理事をされている方が見えております!」
何事かと思えば、たしかにとんでもない。
職員室がにわかに騒がしくなる。学長に至っては、最奥の席でひっくり返りそうになっていた。
王立第一魔法学校といえば、俺がもともと所属していた国内最高の教育機関だ。
それも、その特別理事ともなれば、かなりのお偉いさんと言えよう。
そんなに身分の高い人間が、こんな田舎を、それもこの有名なわけでもない学校を訪れることは、そうあることではない。
「す、すぐに向かう! 君は応対していてくれるかね!」
学長は彼女にこう告げると、慌ただしく準備を始めた。
まるまる太った身体には似つかわしくないくらい立派なタイを結び、ジャケットを羽織おると、小走りで職員室を出ていく。
「ははっ、もしかしたら私のスカウトに来たのかもしれないな。きっと私が魔法学会に寄稿した論文が評価されたんだ」
ぐふぐふと笑いをこぼしていた。
俺はそれを見送ってすぐ、仕事に戻る。
書類の書き写しだけではなく、この後には校舎中の掃除が控えていた。王立第一魔法学校の理事が来ていようと、事務である俺の仕事は変わらない。
そう考え仕事に戻ってしばらく、職員室の扉が開けられた。
学長が帰ってきたのかと顔を上げてみれば、そこに立っていたのは、想像もしない人だ。
一言でいえば絶世の美女だった。
紺に金糸をあしらったフォーマルなタイトスカートスタイルで、その美貌はなお際立つ。
思わず息を呑まされた。
50連勤の疲れからか重く澱んだように感じていた空気が、軽やかに澄んだようにも感じる。
その美貌には、それだけの力があったのだ。
深い海のような濃い青の長髪、同じ色の透き通った瞳、丁寧にしつらえられたシルクのような白肌。
その全てが眩しい。
こんな美人はこれまで二度人生を送ってきたが、見たことがない――――わけではなく。
……俺は彼女を知っていた。
その美女は高いヒール靴を鳴らしながら、職員室の中へと入ってくる。
そして、何人かいた教師らの横を視線もくれずにスルーして、末端にある俺のところへとやってきた。
そこで彼女は躊躇なく膝をつくから驚く。
明らかに高価そうなスカートの裾が汚れるのも気にせず、俺の手を取った。
「アデル先生、お久しぶりです。迎えにきましたよ」
にこりと笑いかけられる。
その耳に響く艶がかった声には、うっかりどきりとしてしまうが、それは不適切な感情だ。
「……なにを言ってるんだ。というか、どうしてここにいるんだ、リナルディくん」
「ふふ、お堅いですね。リーナでいいと昔から言っていますのに。でも、覚えていただいていたのは、嬉しいです。
ここに来た理由はこれからお話ししますよ。焦らないでください」
そう指を優しく握ってくる彼女の名は、リーナ・リナルディ。
数年前、俺が王立第一魔法学校で教授をしていた時の生徒。
過去に最も慕ってくれていた生徒こそ、彼女だ。