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廊下のドアから建物に入ったとき、誰かとぶつかりそうになった。
高い位置にあるその顔を見上げ、蓮は大きく頭を下げる。
「あっ、脇田さんっ。
昨日はどうもありがとうございましたっ」
「あれから傷大丈夫?」
と言われたので、
「いや、脇田さんこそ、大丈夫なんですか?」
と言ったが、
「まあ、そんなに仕事に支障はないよ。
パソコン打つのは、浦島さんがやってくれるしね」
と言う。
まあ、支障あっても、この人は言わないだろうな、と思った。
「そうだ。
今、あの悪霊に会いましたよ」
そう報告すると、彼は、
「何処で?」
と訊いてきた。
「駐車場に居ました」
と言うと、脇田は木々の陰になって、今は見えないそちらを窓から窺いながら、
「そう、ありがとう」
と何故か言った。
「で、会って、また孕まされそうになった?」
と笑う。
「いや、俺とデートしろと言ってきました」
「……段々要求がショボくなってきてるね、その色情霊」
「色情霊っていうか。
襲いかかってくるんじゃなくて。
理路整然と迫ってくるんです。
骨盤の大きさがどうとか、体格がどうとか」
ああ、と脇田は笑った。
「大変だね」
と含むところがあるように言う。
「あっ、呼び止めてすみませんでした。
じゃあ、失礼します」
と頭を下げると、
「じゃあね」
と脇田はにこやかに手を振ってくれた。
言葉だけで、穢されそうな男にあっただけに、和むな、と思いながら、蓮は微笑んで、もう一度頭を下げ、警備員室へと向かう。
「駐車場にね」
あのサボりめ、と思いながら、脇田は、姿勢の良い蓮の後ろ姿が、廊下の角を曲がるまで見ていた。
「君はあの悪霊からは逃げられないよ。
僕もだけどね……」
と呟いた。
警備員室にたどり着く前、蓮は、外回りから帰ってきたらしい奏汰に出会った。
「石井さん。
今、駐車場から来ました?」
「来たけど?」
「すごい生意気そうで高飛車そうな社員の人に会いませんでした?」
「……見ただけで、そんなのわかんないよ。
居なかったと思うけど?」
そうですか、と言うと、
「いつか言ってた奴、まだ探してんの?」
と笑われた。
「んー。
いや、会えたんですけどね。
お金返しそびれるわ、何処の部署なのか聞きそびれるわで」
話しながら、気がついていた。
渡り廊下から来た真知子がこちらを目で追っていることに。
「こんにちはー」
と警備員さんに声をかけ、備品を渡して戻ろうとした蓮を、仁王立ちになった真知子が待ち構えていた。
今日はなにやら態度のデカイ人にばかり出会うな、と思いながら、挨拶をすると、真知子は、
「あんた脇田さんと仲いいわね」
と言ってくる。
どうやら、さっき話していたのも見ていたようだった。
「服部さん、脇田さんがお好きなんですか?」
と訊くと、
「いや、私は、他狙いだから別にいいんだけど」
仲がいいのね、って言っただけよ、と言ってくる。
あ、いいんだ?
意外とあっさりな人だな、と思った。
自分が興味なくても、イケメンを人に取られるのは我慢できないという人もいるが、そこまで根性は悪くないらしい。
「私は石井さん。
石井さんよ、よろしく」
と真知子は言ってくる。
選挙か。
名前を連呼されると、総出で駆り出された親戚の選挙を思い出す。
「ところで、あんた、暇?」
「は?」
「今日、どうしても行きたいランチの店があったのに。
みんな都合がつかなかったのよ。
あんたでいいわ。
ついて来なさいよ」
と言い出す。
えーっ! と蓮は声を上げた。
「服部さん、一人で平気そうな人じゃないですかー」
「……あんた、本当に言いたいだけ言うわね。
いいから、行くわよ。
奢らないけど」
「えー」
「戻ったら、さっさと支度して。
十二時ちょい前に出るわよ」
わかったわね、じゃあね、とさっさと行ってしまう。
どうして、此処の人たちはみんな人の話を聞かないんだ……と思いながら、渡り廊下を戻っていく真知子を見送った。