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「学園はそろそろ前期が終わり、長期の休みになる筈だ。例の場所に向かうのは、その休みを使ってはどうだい?」
ガブリエルは、テーブルに広げられていた地図を指差しながら沙織に提案する。
「サオリが、すぐに元の世界へ帰れなかった場合、学園は卒業しておいた方が良い。シュヴァリエ、その訓練というのは学園でも出来そうかな?」
(お義父様は、私の将来的な事もちゃんと考えてくれているのね……)
シュヴァリエは少し考えてから答える。
「学園には訓練場がありますが、私の姿を見られては困ります。覆面をして、夜に忍び込んでなら可能ですが。その時間帯にサオリ様を連れ出すのは……いかがなものでしょうか?」
「確かに、それは良くないね。息子のミシェルは優秀だ。最近サオリの事をとても気にかけているから、すぐに勘付くだろう」
(あ……。思い当たる事ばかりだわ……)
「ミシェルは、一体どうしたのでしょう? 急に心配性になったみたいです」
そう言うと、ガブリエルは複雑そうな顔をしただけだった。
「それならば……。ステファン、私の屋敷に転移陣を敷いて、サオリが寮から行き来できるようにしてくれないか? うちの庭なら広さもある。そこならシュヴァリエも、そのままの姿で大丈夫だろう?」
「転移陣を敷くのは可能ですが、アーレンハイム邸を使わせていただいて宜しいのですか?」
驚いたステファンはガブリエルに尋ねた。
「構わない。但し、シュヴァリエの姿をカリーヌとミシェルには絶対に見せないように。ステファンと同じ姿は、有らぬ誤解を生むからね」
「お義父様! ありがとう存じます!」
「私も時々、訓練風景を見せてもらうよ」
「もちろんです! 私、頑張りますっ」
「サオリ、無理だけはしないように」と言ったガブリエルは、目元を緩めて微笑み、沙織の頭を撫でた。
「では、私は帰るとしよう。ステファン、時間ができたら屋敷へ来てくれ。サオリ、ステラには私から話を通しておこう」
それだけ言い残し、ガブリエルはアーレンハイム邸に帰って行った。
(本当に、今日は……私に会う為だけに、宮廷までやって来てくれたのね)
頭に触れられたガブリエルの手の感触が、ほんのりと残っていた。
「あぁ! 私もそろそろ寮に戻らないと、カリーヌ様達が到着してしまうわ!そうだ ……ステファン様、リュカになってカリーヌ様に会いますか?」
カリーヌに会えば、少しは気分も上がるのではないかと思った。すぐにシュヴァリエと交代に戻れば、仕事の方も大丈夫だろう。
シュヴァリエに視線を送ると、意図を理解したのか頷いた。シュヴァリエも、ステファンを心配しているようだ。
「……では、少しだけ」と、言ったステファンの頬が赤くなる。
久しぶりにリュカになったステファンを抱え、寮へ戻ると、馬車が到着する学園の入り口に向かった。
「ねえ、ステファン様。乗馬服以外に女性用の動き易い服ってないのかしら?」
『そうですね……女性用ですと、騎士服か訓練着くらいですね』
「そうなのね。だったら、訓練着が一番楽に動けそうかしら?」
(よし、ステラに頼んで買ってきてもらおう!)
そんな事を話しながら歩いていると、中庭のベンチにデーヴィドが座っているのが見えた。
(何だか、哀愁が漂っている? ……あっ、良い事思いついたっ!)
少し寄り道して、デーヴィドに会いに行く。
「ご機嫌よう、デーヴィド先生」
突然声をかけられたデーヴィドは、沙織の姿に瞠目した。
「おや? サオリさん、リバーツェを抱えてどちらへ行くのですか?」
「カリーヌ様のお迎えですわ。先生……お願いがあるのですが」
腕の中のステファンに聞こえないように、デーヴィドに耳打ちした。
デーヴィドは、沙織が急に近付いたせいか一瞬戸惑いながらも、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「今日は、休日ですので構いませんよ。私が行って鍵を開けておきましょう」
スックと立ち上がったデーヴィドにお礼を言って、入り口へ向かった。
ちょうど門から馬車が入って来たのが見えた。
見覚えのある馬車には、カリーヌとミシェルが乗っている。馬車が止まると、先にミシェルが降りて来た。
ミシェルは目の前に、身を潜めていた沙織がパッと現れ、かなり驚いているようだ。
慌てて、口に指を当てて「しーっ」とジェスチャーすると、ミシェルに合図を送る。何となく、沙織がしたい事を察したミシェルは、入れ替わるように横に隠れた。
そして、ミシェルの代わりに沙織がカリーヌに手を差し出した。
ミシェルだと思って、カリーヌは手を乗せた。そのタイミングで、ひょこっと顔を出した沙織。
「え!!サオリ様!?」
「お帰りなさい、カリーヌ様」
カリーヌを驚かせることに成功した沙織は、ニッコリと微笑む。カリーヌは余程嬉しかったのか――沙織に抱きついた。
腕の中のリュカは、ちょっと潰されていたが……まあ、役得だろう。
「ビックリしましたわ! でも、とっても嬉しいです」
可愛いらしく喜ぶカリーヌを、講堂へ誘った。
「良かったら、私のピアノを聴いていただけますか?」
更に、カリーヌは嬉しそうに「喜んで!」と言った。
沙織とカリーヌのやり取りに、何が何だか理解できないステファンリュカを抱え、ミシェルも誘って講堂へ向かう。
講堂の入り口には、デーヴィドが立っている。鍵を開けて待っていてくれ、三人と一匹をこっそり中に入れ扉を閉めた。
「では、カリーヌ様。リュカをお願いいたします」
沙織はリュカをカリーヌに預けて、ステージに上がり美しいお辞儀を披露した。
そして、ピアノの前に座り深呼吸して弾き始める。
一曲目は、弾き慣れたクラシックを。
カリーヌと、デーヴィドはうっとりしながら聴き惚れる。ピアノを弾ける事を知らなかった、ミシェルとカリーヌの膝の上のリュカは驚きに目を見開いた。
二曲目は、有名なラブソングの弾き語り。
以前、カリーヌが好きだと言っていた本の一文と、同じ歌詞があった曲だ。優しい、恋の応援歌。
ステファンとカリーヌに届いて欲しかった。
沙織の歌声に感動しつつ、カリーヌは――ステファンの髪と同じ毛色のリュカの背中をそっと撫でた。
ミシェルとデーヴィドは目を閉じて……弾き語りに聴き入っていた。