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次の日は茹だるような暑さだった。制作室の空調も効いているのかいないのか生温い。振り向くとそこには窓を開け放ち電子タバコを咥えた男子生徒が机に脚を投げ出してデザインを捻出している。
(ーーー物思いに耽るのは良いけど、どこか他所でお願い出来ないかな)
などと言える筈もなく、私は渋々階段を下り自動販売機のお世話になった。
ピーーガタン
茶色い硬貨がカチャンカチャンと落ち、取り出し口から冷えたオレンジジュースを受け取った。缶の水滴が心地良い「さて」と周囲を見回してみたがベンチは既に満員御礼だった。
(うーーーん、あっ!)
ベージュの塊が昇降口に座っていた。落葉樹が陰を作る階段には微風が吹き込んでいた。
(なにをしているんだろう)
井浦教授は階段の一段目に座りアスファルトを眺めていた。私は少し離れた三段目で缶ジュースのプルタブを開けた。
プシュ
井浦教授はその音に気付いて振り返ったが、感情の乏しい面持ちで再びアスファルトに視線を落とした。
(気が付かなかったかな)
いや、気付くもなにもこの時まで私と井浦教授に深い接点はなかった。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムが時間を切り取った。午後の授業を選択していなかった私は大欠伸おおあくびでその横顔を見つめていた。缶ジュースが温くなった頃、不意に声を掛けられた。
「授業はどうしたんですか」
「選択していません」
「そうですか」
二人の間を風が吹き抜けた。
「教授はなにをしているんですか」
「蟻ありがね、大慌てしているんですよ」
「はぁ、蟻」
「はい」
隣に座って覗いて見ると蟻の巣の入り口に小石が円を描くように置かれていた。
「それ、先生が置いたんですか」
「はい」
「酷いですね」
「はい」
私と井浦教授はひざを抱いて地面の蟻を眺めた。
「君、玉葱たまねぎみたいな頭だね」
「マッシュルームヘアです」
「あぁ、椎茸しいたけ」
「おなじ菌類ですが別物です」
高かった太陽が日本海に沈む頃、ようやく井浦教授はその場で立ち上がった。腰が痛むようで少し前に屈み両手で摩っている。
「君、じっとしているの好きなの」
「好きではないですけれど苦手ではないです」
「じゃ、僕の画えのモデルになってみないか」
「ヌードは嫌ですよ」
「ちぇっ」
その年齢で「ちぇっ」は無いだろう。20歳と45歳、25年の歳の差の二人はこの樹の下で知り合った。