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「本当にエメリア様も参加されるのですか?」
シルヴィーと王太子との結婚式が執り行われる当日、エメリアは聖女服をきっちりと着込んで準備をしている。枢機卿からは無理をしなくても構わないと言われていたが、当の本人は式だけでなくその後のパーティーまで参加する気満々だ。
「呼ばれてるんだもの、当然行くわよ。最後に一発引っぱたくくらい許されてもいいと思わない?」
「えーと。どうでしょうか」
「それにこのドレス結構素敵じゃない? 特注で作って貰ったんだから」
エメリアはパーティーで着る予定のドレスの裾を掴んで、スカートを広げて見せてきた。
真っ黒なドレスなどパーティーや結婚式ではまず選ばない色味だが、敢えてのこの色。
ふふっ、エメリア様らしいわね。
引っぱたくのはダメでも、このくらいは許されても良いじゃないかと思ってしまう。
それに黒色と言っても生地には光沢があるし、金糸で施された刺繍が華やかで、色味の割に場違いな印象はさほど受けない。
鼻歌混じりに真っ赤な口紅を塗るエメリアを見ながら、ティナーシェは安堵した。
夜2人で泣きあった日以降のエメリアは、以前の快活さを取り戻した。泣いてスッキリしたのか、それともただの空元気だったのかもしれない。とにかく今は食欲もあるし顔色も良い。たとえまだ、心の中にまだ傷があったとしても。
王太子と大聖女との結婚式とあって国中の貴族が集まってくる他にも、各地の聖堂からやって来る高位神官や、他国からの来賓も多い。
式が執り行われる大聖堂には既に多くの参列者が到着しており、神女達が対応に追われている。
式の時間が迫ってきた頃、聖女達も礼拝堂へと向かい配置についた。最前列には国王夫婦、そしてシルヴィーの両親と思われる人の姿が。
全ての準備が整うと、厳かに式が始まった。
ステンドグラス越しに降り注ぐ太陽。
ため息が盛れるほど美しい花嫁。
聖女たちから授けられる祝福。
全てが完璧な式だった。
だからこそ、心から祝福してあげられないことが悲しい。
シルヴィーには聖堂へ来てからずっと、良くしてもらっていた。けれど隣で食い入るように二人を見ているエメリアを思うと、「おめでとう」のひと言を言う気にはなれない。
エドモント様が心変わりさえしなければ良かったのになどと、不穏当な考えがつい頭を過ぎる。
「ティナ、フラワーシャワーだとさ」
マルスが外へ出るぞと促してきた。
モヤついてる場合ではなかった。仕事はちゃんとこなさなければ。
新郎と新婦はこれからフラワーシャワーを浴びながら、馬車の止まっている場所まで歩いていく。それから王宮へ向かい、今度はパーティーという流れだ。
神女から花びらを受け取ってエメリアの隣に並んだティナーシェの後ろには、護衛としてマルスが控えている。
花嫁と花婿とが出てくると、雲ひとつない青い空にパステルカラーの花びらが舞い、祝福の言葉が飛び交った。
幸せそうに微笑みながら、時折来賓と言葉を交わすシルヴィー。
深いVネックのドレスからはシルヴィーの豊かな胸元が覗いているが、レースの袖口が付いているおかげでいやらしさは感じられない。
エドモントも王室の公式カラーである赤色の服を着て、シルヴィーをエスコートしている。
二人がティナーシェのすぐ側まで来たところで、手に持っていた花びらを空へと向かって投げた。
「エドモント様、シルヴィー様、おめでとうございます」
「ありがとう」
ティナーシェに向かって微笑んだシルヴィーは、そのまま目線を隣にいるエメリアへと向けた。
まるでエメリアからの「おめでとうございます」の言葉を待っているかの様で、酷く居心地が悪い。
早く通り過ぎてくれたらいいのに、シルヴィーは笑顔を浮かべたまま動かない。
エメリアがとんでもない事をしでかすのではないかとハラハラとしながら、どうこの場を終わらせようかと思案していると、エメリアはエドモントに向かって口を開いた。
「エドモント様。私、貴方を一発引っぱたいてやろうと思っていました。貴方が私にした事に比べたら、そのくらい大したことないでしょう? でも……」
拳を握りしめているエメリアの指先が、更に白くなった。
「やめておきます。折角の晴れの日に、貴方の頬が赤く腫れ上がってしまっては台無しだもの。だって私、貴方が好きだったから」
「エメリア……?」
エドモントがエメリアに向ける視線が、以前の暖かいものに戻ったように感じられたのは、ほんの一瞬だった。
シルヴィーに腕を引かれその顔を見たエドモントは、直ぐにまた蕩けるような顔をシルヴィーに向けている。
「エメリア、これまでありがとう」
「ええ。お幸せに」
これで無事にやり過ごせたと思ったのに、シルヴィーはまだこの場から離れてはくれなかった。
「私にお祝いの言葉はくれないのかしら?」
「…………」
今そんな事言わなくたっていいのにぃぃ!!
いくらこんな事になったのがシルヴィーのせいではなかったとしても、事情を知っているのだから、少しはエメリアに配慮してあげて欲しい。
ティナーシェが助け舟も出せずオロオロとしている中エメリアは、ぶっきらぼうに言い放った。
「おめでとう」
「ございます、よね? 私さっき、王太子妃になったの。ね、エメリア」
「――!!」
立場を弁えろと言わんばかりのもの言いに、我慢の限界が来たようだ。エメリアが顔を真っ赤にして掴みかかるのかと思ったその時、その肩をグッと掴んで前に出てくる者がいた。
「いゃあ、シルヴィー様、それから王太子さんも、おめでとうございます」
「マ、マルス。ちょっと」
王太子さんって何よ。と突っ込みたいが、マルスはヘラヘラとしながら祝辞を述べている。
「一点の穢れもない純白のドレス。大聖女様にピッタリだ! これは今夜が楽しみですねぇ、王太子殿」
あまりに不謹慎過ぎる発言に、周りはもうドン引きしている。ただエメリアだけは「マルス、あんた最高ね!」と言って手を叩いて笑っているが。
「何が言いたいのかしら、マルスさん。あまりふざけ過ぎると、いくらペジセルノ大聖堂で共に働いていた同僚と言えど、穏便には済ませられないわ」
「これは失礼。場を和ませようと、褒めちぎったつもりだったんですけどねぇ」
ケラケラと笑っているマルスに、シルヴィーはため息をついてこちらを見た。
「ティナーシェ、貴女も大変な人に目を付けられてしまったわね」
「あはは……すみません。後で怒っておきますので」
「私、これでも心配しているのよ。私が去った後、貴女が聖堂で上手くやっていけるかどうか」
「それならもう大丈夫です。今では親しく接してくれる方も居ますし」
「そう? ならいいけど」
マルスが来てからのティナーシェは、前よりずっと親しみやすくなった。周りからそんなことを言われ、話し掛けられる事が多くなった。
調子を狂わせ振り回してくるマルスのおかげで、押さえ込んでいた気持ちを少しずつ出せるようになったからかもしれない。
まあティナーシェ的にはかなり不本意ではあるのだが。
「マルスさん、貴方がしっかりしてくれないとティナーシェが困るのよ。よろしく頼むわね」
シルヴィーがポンッとマルスの腕を叩いた。
「またこの後、パーティーで会いましょう」
エドモントに「行きましょう」と声を掛けたシルヴィー。
馬車の方へその歩みを進めようとしているが、エドモントの方は口をポカンと開けたまま固まって動かない。
「エドモント様、どうかなさいましたか?」
エドモントはシルヴィーの呼び掛けに、今度は青ざめてしまっている。
「シっ……シルヴィー……。君のその模様……」
小刻みに震える指でエドモントが指したのは、Vの字に開かれたシルヴィーの胸元。
一体何があったのかと、周りにいた者たちもその胸元を見ると絶句した。
「悪魔の、契約印だ」
誰かがひと言呟くと、動揺がさざ波のように広がった。
「違う……! 違うわ!! これは……!!」
「知っている、見た事あるぞ。ユリセス教の書の表紙に、たしかあの陣が描かれていた」
「悪魔召喚の時に使う陣だ! そのまま契約印として契約者に残るのだと、魔法使いから昔聞いたぞ」
悪魔の契約印。確かにそうだ。
あの模様はユリセス教の礼拝堂に描かれていたものと同じ。そしてマルスの胸元にある模様と――胸元?
ハッとしてマルスの顔を見ると、意地悪く口角を上げている。
さっきシルヴィーがマルスに触れたから?
マルスが契約を交わしていた相手って、まさかシルヴィー?!