◻︎離婚?駆け落ち?
「おはようございます!今日はお早い出勤なんですね」
「え、あ、おはようございます。会議がありましてね」
「そうですか、行ってらっしゃい」
隣のご主人を見送る。
あの物音がした次の日の月曜日。
私は、朝から門の前を掃除していた。
もちろん隣の様子が気になったから。
昨日あれからまた、弥生さんの携帯に電話したけどつながらなかった。
_____もしかして、親御さん、相当悪いのかな?
いやそれなら、ご主人も駆けつけるだろうし。
隣のこととはいえ、気になる。
_____あ、こういうことか。だからあの時、弥生さんも、うちのことを気にしてそれで虐待とか騒いだのか…
隣のことが気になってしまうという感覚が、今になってわかってしまった。
_____でも、私は弥生さんとは違う、きちんとした情報を得たとしても噂としてひろめたりはしない
じゃあ、ただの物好きなオバサンじゃないか!と自分にツッコミを入れるけど。
あの大きな音はやっぱり気になるし、携帯が繋がらないのも気になる。
ご主人が出かけたのを確認して、隣のチャイムを鳴らした。
実家に帰っているから、誰もいないだろうけど念のため。
ピンポーン🎶
「………」
だよね。
「おーい、もう仕事行くよ!鍵かけてないからね」
「はーい、行ってらっしゃい」
夫は出勤した。
私もパートに行く準備をする。
車に乗り、いつもの時間に家を出た。
角を曲がって一つ目の信号で赤。
ん?
信号で止まっている対向車には見覚えがあった。
ボディが紺色、屋根が白の可愛い軽自動車。
_____弥生さん?
私は、思い切り手を振った。
信号が青になり、すれちがうその時もしっかり運転手の顔を確かめる。
肩までの髪を一つにまとめて、まっすぐ前を見ていて私には気づかなかったけど、間違いなく弥生さんだった。
その顔は固かったけど、怪我をしてるようには見えなかったからよかった。
今日のパートは2時まで。
花屋さんで可愛いサボテンを見つけて買ってしまった、もちろん秘密基地に持っていくために。
あとは簡単に食材を買い物して、さっさと帰宅する。
「あ、いた!」
隣の駐車場に、弥生さんの車を見つけた。
あの音の原因をおしえてくれないかな?ただの興味だけど。
ピンポーン🎶
「………」
ピンポーン🎶
「…はい」
玄関ドアが少しだけ開いて、弥生さんが顔を出した。
「よかった!弥生さん、元気そうで」
「え?あ、はい」
「ご実家に帰ってらしたとか?」
「…そう言ってました?うちの人」
「はい、親御さんが体調を悪くしてとか」
ガチャガチャ音がして、チェーンロックが外された。
ドアを開けたそこには、大きなバッグとキャリーケースがあった。
「あ、またご実家へ?」
「ううん、家を出るの」
「へ?」
「ここを出て行くの」
そう言いながら、靴箱の上に視線を落とす弥生。
そこには半分記入された離婚届と、その上に外された結婚指輪があった。
「離婚…するんですか?」
「うん…」
「ご主人は?」
「拒否されてるけど、私の気持ちは変わらないから…」
ププッ!とクラクションの音がして、白いセダンが門の前にとまった。
「あ、来た!ごめんなさい、もう行かなくちゃ」
「え?行くって?」
「うふ。私ね、好きな人ができたの。どうしてもその人と一緒になりたくて。だから家を出るの。車は置いて行く、うちの人に買ってもらったものは、持っていけないし。あ、そうそう!これ、新しいスマホの番号なの。でも、うちの人には教えないでね。じゃ」
そう言うと玄関の鍵を閉めた。
何が何やらわからない私は、その場に立ち尽くしていた。
「ごめんなさい、お願いしてもいいかしら?」
「なにを?」
「この鍵、うちの人に渡してもらえる?」
「え?はぁ、わかりました。預かります」
「ありがとう」
ゴロゴロとキャリーバッグを転がし、よいしょと大きなバッグを持って車に歩いて行く。
車から男性が降りてきて、弥生の荷物を受け取ると、トランクへ積み込んでいる。
「あ、そうだ!言っておかなきゃいけないことがあったんだ」
そう言うと私の元へ歩み寄る。
「あの時は、ごめんなさい。虐待なんて適当な噂を流してしまって。今頃遅いけど、それだけは言っておきたくて」
「あー、はぁー、まぁね…」
「あの頃は、お宅がとても羨ましかったのよ、いつも楽しそうで。私のしょうもない妬みで嫌な思いをさせてしまったこと、ずっと後悔してた。ごめんなさい」
深々と頭を下げられた。
許さないとは言えないし、もう過ぎたことだからいいんだけど。
「じゃあね。どこに行くかは、伝えないでおくわね。うちの人に問い詰められると苦しいでしょ?」
「そう…ですね、聞かないほうがいいかな?」
あの強気なご主人に、強く問い詰められたら思わず言ってしまうかもしれないと思った。
「じゃ、お元気でね」
「お、お元気で…」
パタンと助手席に乗ると、そのまま出て行った、一度も振り返らず。
_____ん?あの日、美容院で見た男性とは車が違うよなぁ?あれ?
そういえば、あの日見た弥生とは、明らかに違った。
派手に着飾ってもいなかったし、かと言って不幸そうでもなかった。
わからないことだらけだ。
あの大きな物音の理由も聞きそびれてしまったし。
突然の弥生の行動に、それからもしばらくその場で立ち尽くしていた。
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