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「明石くん、マナちゃんには今週中に私のマンションに引っ越してもらうよ。業者の人間に全て任せてあるので、あなたは何もしなくていい」
「そうですか――何から何までありがとうございます」
「あなたのためじゃない。マナちゃんとの幸せな結婚生活を送るために、こんな古くて汚いところからは早く出て行ってもらいたいんだ」
「確かに世良さんのいうとっ――」
「世良さん、ここは私にとっても大切な場所なの! 狭くて汚いところなんかじゃないから!」
マナは声を荒らげてそう言った後、唇を噛み締めていた。
「そうだったね。これはとんだ失敬を。すまなかったね」
世良将生は俺を無視してマナに謝っていた。
それから間もなくして、世良とマナはアパートをあとにした。テーブルを片付けていると世良将生が俺の淹れたコーヒーを一滴も口していないことに気付いた。余程俺のことが気に入らないらしい。俺だって世良のことは気に入らない。でも、マナのために普通に振る舞ったつもりだ。あいつがどんな態度をとろうとも、俺はマナのために自分に嘘をついて平常心を保ってあいつに接した。それがマナにしてやれる唯一のことだったから。
2日後――
世良将生が言っていた通り、引っ越し業者の人間がやって来て、家の中を出入りしていた。俺は出来るだけ口を出さないようにして、マナを近くで見守っていた。そして週末には、マナは全ての荷物とともに、世良将生の家に引っ越して行った。
新しい年を迎えて2ヵ月が経った。
プルルルル―――プルルルル―――
『もしもし――』
『世良です。久しぶりだね』
世良将生から突然の電話だった。一体何のようだ?
『お久しぶりです』
『マナちゃんがあなたの家を出て行って3ヶ月が経ったけど、どうだい?」
『どういう意味ですか?』
『寂しくないかってことだよ?』
『別に寂しくないですけど――。そんなことを聞くためにわざわざ電話をしてきたんですか?』
『マナちゃんは寂しがってるようだよ。あなたに電話もしていないし、会ってもいないからね』
『世良さんがいるから幸せだし寂しくないでしょ?』
『私がマナちゃんに言ったんだ』
『何をですか?』
『君に会ったり、電話をしないようにってね』
『えっ!?』
『私との約束を守っていると思ってた。でも、マナちゃんはどうしても我慢出来なくて、電話をしたり会いに行ったりしていたようだよ』