その線路が現れるのは、決まって深夜のことである。
数えるほどの乗客しか擁(よう)さない終電間近の列車が、カタコト・カタコトと穏(おだ)やかに一日の労を多(た)とする頃。
群れた蛍火が特定の形をなすように、その線路はひっそりと敷かれ、目的地にいたる道筋を淡々しく浮かび上がらせる。
これが誘(いざな)う先は、まったく不思議な駅なのだという。
ある者は、そこで体験した事柄を指して、夢のようだったと表した。
その駅に在(あ)っては、手に入らない物など無く、叶えられない夢など無い。
一日の労働。 それに付き合い酒を経て、いよいよ窶(やつ)ればんだ会社員にとってみれば、まこと夢のような場所だった。
駅員は、見目(みめ)うるわしい女性の姿で現れることもあれば、顔かたちの優れた美男子の姿をとっている場合もある。
いずれも、駅に招かれた当人のタイプに依(よ)るもので、決して一律ではない。
そんな駅員に切符を渡し、改札を潜(くぐ)ると、左右に障子をあしらった手狭な通路に出る。
障子はぼんやりと明かりを蓄えており、内部に人が居るのだろうと朧気に知れる。
ただ、その枚数が尋常ではなく、見上げる限りずっと、障子 障子 障子による巨壁が、小路の両脇にずんと迫り上がり、恐ろしいまでの圧迫感を醸している。
もちろん、ここで引き返すのは自由である。
夢か現(うつつ)か、まるで判然としない茫洋(ぼうよう)たる空間。
好奇心をそれとなく往(い)なし、現実を目指して家路を急ぐ。
ただし、この場所に招かれる者は、心に何らかの苦労を抱(かか)えている場合が多いわけだから、そうする者は珍しい。
忙(せわ)しい日常の片隅に、こうしてポッカリと現れた夢の通い路。
それが果たして、どれほど甘美な誘惑に足るものか、想像に難(かた)くない。
順路に従い、障子の通路を抜けると、急に開けた場所に出る。
そこで体験した事柄を指して、ある者は夢のようだったと表した。
現実に戻るのが残念に感じたと言った。
帰る道を、つい忘れそうになったと言った。