テラーノベル
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「違う……違うの、九条さん!信じて!」
奈緒の悲鳴が、狭いアパートの一室に響き渡る。
ドアを蹴破り、荒い息を吐きながら立ち尽くす九条刑事。
その手に握られたスマートフォンには
今まさにパンドラが全世界にバラ撒いた「裏切りの証拠」が映し出されていた。
それは、奈緒が九条と密会し、美波やエリカたちのプライベートな情報を渡している音声データ。
そして、九条がその見返りに、奈緒の過去の犯罪歴を握り潰していたという事実。
「君が……。僕に情報を流していたのは、パンドラの指示だったのか?」
九条の声は、怒りを通り越して、底知れない冷気を帯びていた。
理系刑事として完璧に事件をコントロールしているつもりだった彼は
自分が最も信頼していた「駒」に、最初から手のひらで踊らされていたのだ。
奈緒はガタガタと震えながら、後退りする。
「だって、こうするしかなかったの!九条さんに命令されて、栞を監視して……でも、パンドラはもっと怖かったんだもの!」
私は、二人の言い争いを、部屋の隅から静かに見つめていた。
九条も、奈緒も。
正義を盾にする男と、生存本能で動く女。
どちらも結局は、自分を守るために誰かを踏み台にする「加害者」でしかない。
私はホワイトボードを掲げた。
『九条さん。10年前に美波の母親からお金を貰った時も、そうやって自分を正当化したの?』
九条の視線が私を射抜く。
「……栞さん。君は、どこまで知っている」
『全部だよ。パンドラが教えてくれた。あなたが隠蔽した証拠も、あなたが今、奈緒を使って何をしようとしていたかも』
九条がゆっくりと私に歩み寄る。
その目は、もはや警察官のものではない。
自分のキャリアを守るために、目撃者を排除しようとする「捕食者」の目だ。
そのとき、奈緒が叫んだ。
「九条さん、後ろ!!」
窓の外、雨の中に数十人の影が立っていた。
スマホを掲げ、パンドラの指示に従って
「偽善者の処刑」を見届けに来た、街の野次馬たち。
彼らの掲げる画面が、一斉にフラッシュを焚いたように光る。
九条と奈緒
そして私が対峙するこの部屋の光景は、今やライブ配信で数百万人に共有されていた。
「……くそっ、これじゃあ手が出せない」
九条が毒づき、顔を隠すように背を向ける。
私は、スマホに届いた結衣からのメッセージを、九条に見えるように突き出した。
「ねぇ、九条刑事。あなたの潔白を証明する方法を教えてあげる。……今ここで、奈緒を逮捕して、すべての罪を彼女に被せなさい。そうすれば、あなたはまだ『正義』でいられるわ」
究極の選択。
かつての親友を売るか、自分のキャリアを捨てるか。
九条は、震える手で腰の手錠に手をかけた。
奈緒の絶望に満ちた瞳が、九条を見上げる。
10年前、私が奈緒に裏切られた時と同じ光景が、今度は彼女たちの間で繰り返されようとしていた。
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深冬芽以