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怖い。それでも君たちのことを俺は今信じているから。
俺はそれからずっと魁星くんのお店に泊まっていた。任務の話をすると、
「こっちで全てなんとかするから。全部任せてよ」
と言われてしまった。いいのだろうか、と思ってしまうけれど彼らがそう言うのならそれに従おう。
「あ、どうします?お茶でも入れます?」
「あ、遠慮なく」
今日はロウくんが当番みたいだ。いつもかわりばんこで必ず誰かがお店にいてくれている。人の温かみが感じられて好きだ。でも、1つだけ気がかりなことがある。
「なんで、俺の名前を言ってくれないの?」
いつもなぜか俺の名前を言ってくれなかった。学校の時は偽名を使っていたからその名前で呼ばれていたけれど、今回も自己紹介はした。なんで、名前を言ってくれないのだろうか?
「、、美園聡ってほんとの名前じゃないんでしょう?」
「っ」
図星だ。俺には、名前がない。
「なんなら名前すらないんじゃないんですか?俺は、あなたの本当の名前を呼びたいから。あなたの偽の名前を使いたくない」
そうやって微笑んでくれるロウくん。でも、だからと言って名前を呼んで欲しいという望みが消えるわけではない。
「だから、あの世界から抜け出したら名前を付けましょう。俺は、それまであなたの名前を呼びません」
「そっか。ありがとう」
本当に、君たちが俺を救ってくれるんだと。俺の期待に応えてくれるんだと。数年前に俺の胸に残った古い傷がだんだんと癒されていくように思える。
「それに、俺らが言えたことじゃないんですけど、名前を言いたくない理由に昔のあなたを思い出してしまうからってのもあるんですよ」
人差し指を立てて、ロウくんは申し訳なさそうに話を続けた。
「卒業式の日にあなたの名前を呼んだことがありました。その時、あなたは応えてくれました。こちらを振り向いてくれたんです。でも、後ろに見えた黒い服を着たスーツの男性たちが俺らの目に映って、俺らは走っていきました。あなたのことを裏切った瞬間でした。俺は、最後にあなたの顔を見たくて、もう一度名前を呼びました。そしたら、あなたは絶望した顔で、黒いスーツの男性たちに囲まれて、こちらを助けを求めるように見てました」
ロウくんの背後にある鳩時計がチクタクと秒針の音を立てる。扉の下から入り込んでくる他の部屋の冷気が俺の目の前を遮る。ロウくんの灰色の瞳が冷気と混じり霞の中みたいだ。
「あなたのことを裏切った時のあなたの表情がずっと脳裏を過ぎてしまうので。とても身勝手な理由ですけれどね」
すみません。と謝るかのようにこちらと目を合わせ瞼を閉じるロウくん。俺はなんて返せばいいのかわからなくて、ただ時計を眺めていた。時が止まればいいのに、と何度願っても世界の理として時が止まることは一度たりともなかった。それと同じように、頭の中からみんなのことが離れたことだって一度たりともなかった。
「身勝手なんかじゃなくない?俺だって、今でも君たちの名前を呼ぶのが怖いよ。だって、あの時みたいな表情しそうだからさ」
俺だって、君たちの名前を呼ぶ時怖い。あの時みたいに、見捨ててしまうんじゃないかって。あの時ロウくんがこちらを見て、また離れていったように、また見捨てていくんじゃないかって。ずっと怯えてる。
「でも、今は信じてるから。ずっと見捨てないってただ信じてるんだよ」
今の君たちなら俺を救ってくれるんだろう?
NEXT 12月17日