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あいたぴ♡苺もち
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#日常
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谷崎爽奈
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第298話 消えた先輩
【現実世界・警察関連施設/臨時合同分析室・午前】
一人分だけ、存在しない席があった。
日下部がクロスゲート社から回収した古い開発フロアの配置図を画面へ表示すると、城ヶ峰と木崎もすぐに気づいた。
座席番号。
12。
13。
そして15。
「やっぱり14がないな」
木崎が画面へ近づく。
番号を振り間違えたわけではない。
別の時期に作成された配置図を開いても同じ場所だけが不自然に空いている。
だが、さらに古いバックアップでは違った。
《14》
確かに存在する。
机も。
社内端末も。
内線番号も割り振られていた。
「誰が使ってた」
城ヶ峰が聞く。
日下部が別の記録を開いた。
「そこが問題です」
社員番号。
削除。
氏名。
削除。
所属。
一部だけ残っている。
《SYNC DEVELOPMENT》
同期開発部門。
白峰律の下で、初期接続系のプログラムを扱っていた部署だった。
木崎が椅子へ座る。
「人だけ綺麗に消した?」
「綺麗ではありません」
日下部は別の画面を開いた。
「むしろ、かなり痕跡が残っています」
社員を一人消す。
文字だけなら簡単だ。
だが、会社で人間が働けばその人間は、いくつもの場所に痕跡を残す。
会議。
メール。
社内チャット。
ソースコード。
勤怠。
机。
備品。
交通費。
昼食の予約。
他の社員が作った資料。
全部から一人を消すのは難しい。
「これを見てください」
日下部が一件の開発記録を表示した。
《担当者》
一人目。
一ノ瀬ユナ。
二人目。
空欄。
三人目。
別の社員。
「真ん中だけ抜かれてる」
木崎が言う。
「はい」
次。
コードレビュー履歴。
《Reviewer: ―――》
投稿者名だけ削除されている。
だが修正内容は残っている。
さらに。
ユナのコードへ付けられたコメント。
《変数位置、一つずれています》
木崎が一瞬止まった。
「これ……」
城ヶ峰も気づいた。
以前ユナが思い出した
自分より少し年上の女性。
『ここ。変数一個ずれてる』
『ユナちゃん、急ぐとこれやるよね』
その記憶と同じ内容。
日下部が言う。
「少なくとも、ユナさんが思い出している人物と、この削除された社員が同一人物である可能性はかなり高いです」
「名前は復元できないのか」
「社員データの方は難しいです。ただ、別系統を当たっています」
「別系統?」
「会社が消せても、本人が触れたすべての情報を消せるとは限りません」
城ヶ峰が頷く。
「経理、ビル管理、外部業者」
「はい。それと個人記録です」
木崎が低く言う。
「まず、本当に辞めたのかだな」
◆ ◆ ◆
【現実世界・一ノ瀬家/昼前】
ユナは、ノートパソコンの画面を見つめていた。
隣にはリオ。
右手首の副鍵は昨日修復されたばかりで、亀裂そのものは表面に残っているものの、その下には均等な光が通っている。
ユナは何度か弟の腕を見た。
「何だよ」
「別に」
「さっきから見てるだろ」
「また壊れてないか確認してるだけ」
「一日で壊すか」
「涼なら分からない」
「信用なさすぎだろ」
「実績の問題」
リオが顔をしかめる。
だが。
言い返さなかった。
修復した直後だけに、自分でも強く否定できないらしい。
テーブルの上には
城ヶ峰から送られてきた資料がある。
削除された社員。
顔写真を復元する作業が進んでいるという連絡。
ユナはその文字を何度も読んでいた。
「無理に思い出すなよ」
リオが言う。
「分かってる」
「それ、この前も言ってただろ」
「今は思い出そうとしてない」
「じゃあ何してる」
「忘れないようにしてる」
リオが黙る。
ユナは画面を見る。
まだ名前は出てこない。
だが、少しずつ増えている。
先輩。
自分より年上。
白峰のチームにいた。
コードを見るのが速かった。
ユナのミスをよく見つけた。
そして。
ある日、突然。
来なくなった。
「会社では、辞めたって聞いた」
ユナが言う。
「誰から?」
「分からない」
「白峰?」
「……そこも分からない」
ユナは眉を寄せる。
記憶の中に穴がある。
先輩がいなくなる。
誰かが言う。
退職した。
そこから先。
皆が、その人の話をしなくなる。
妙なのは、
当時の自分もそれを強く疑わなかったことだった。
「変なんだよね」
「何が」
「私、先輩と結構話してたはずなの」
「うん」
「なのに、辞めたって聞いたあと、一回も連絡しようとした記憶がない」
リオがユナを見る。
「連絡先知らなかったとか」
「そんなはずない」
ユナはすぐ否定した。
同じチーム。
年齢も近い。
仕事以外の話もしていた。
少なくとも。
社内連絡先は知っていたはずだ。
「それなのに」
ユナは額へ指を当てる。
「消えた次の日から、その人がいないことを普通に受け入れてた気がする」
リオの表情が変わった。
今ーーー
カシウスたちが行っていることを
ユナもリオも知らない。
それでも。
「記憶、いじられた?」
リオが言う。
ユナはすぐには答えなかった。
「分からない」
そして、
少し間を置く。
「でも、もしそうなら……全部じゃない」
「何で?」
「残ってるから」
笑った顔。
声。
コードを指す指。
そして
白い部屋。
『白峰さんが大丈夫って言うなら――』
そこだけは。
消えていない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・クロスゲートテクノロジーズ本社/旧管理部門】
午後。
城ヶ峰と木崎は、地下の保管区画にいた。
人事資料そのものではない。
社員が退職した場合に必要になる記録を調べている。
入館証返却。
社用端末返却。
機密情報の削除確認。
私物引き取り。
最終出勤。
給与精算。
「退職したなら何か一個くらい残るはずだ」
木崎がファイルをめくる。
「普通はな」
城ヶ峰が答える。
問題の社員について。
まず。
社員証返却記録。
なし。
社用端末返却。
なし。
ロッカー解約。
なし。
私物廃棄申請。
なし。
退職面談。
なし。
給与の最終精算。
記録欠損。
木崎が顔を上げる。
「これで退職扱い?」
「人事データだけはな」
画面には。
《自主退職》
とある。
退職理由。
《一身上の都合》
ありふれた言葉。
しかし、その下。
退職届の画像。
ない。
原本の管理番号。
ない。
承認者。
空欄。
木崎が吐き捨てるように言う。
「辞めてねえな」
城ヶ峰もすぐには断定しなかった。
「少なくとも、普通の手続きで辞めた記録じゃない」
さらに
奇妙なものが見つかる。
退職日とされる日の翌週。
会議室予約。
本人名義。
その二週間後。
外部技術者との打ち合わせ予定。
さらに。
一か月先の開発マイルストーンに担当者として残っている。
「予定を全部残したまま辞めた?」
木崎が言う。
「急な事情ならあり得る」
「でも私物も端末も?」
「ああ」
「退職届もない」
「だから洗ってる」
木崎が別の箱を開く。
中には
廃棄前に回収された備品管理写真。
机の写真だった。
整理される前の開発フロア。
座席14。
そこに。
マグカップ。
文房具。
書籍。
小さな観葉植物。
そして、引き出しの上に紙袋。
「私物、残ってるな」
城ヶ峰が画面を拡大する。
机を片づけて辞めた人間の状態ではない。
少なくとも本人は
その日に会社を去るつもりではなかったように見える。
「ユナの記憶と合う」
木崎が言った。
「辞めるって言ってなかった」
城ヶ峰は何も答えず次の写真へ送った。
そこで
手が止まる。
開発チームの集合写真。
十人ほど。
中央に白峰律。
少し離れて一ノ瀬ユナ。
そして
ユナのすぐ隣に
一人の女性が立っていた。
木崎が画面へ近づく。
「この人か?」
顔は見える。
二十代後半ほど。
落ち着いた印象。
肩より少し長い髪。
笑顔というほどではないが
ユナの方へ少し身体を向けている。
写真の下。
参加者名。
一人分だけ黒く塗りつぶされていた。
城ヶ峰が言う。
「ユナに見せる」
◆ ◆ ◆
【一ノ瀬家/夕方】
画面を開いた瞬間。
ユナの呼吸が止まった。
リオが気づく。
「姉さん?」
ユナは答えない。
集合写真。
何人もの社員。
そして、自分の隣。
その女性。
「……この人」
声が小さくなる。
城ヶ峰は通信越しに聞く。
『知ってるか』
「はい」
迷いはなかった。
今まで、顔を思い出そうとすると
霧がかかった。
けれど。
写真を見た瞬間
その霧の一部が剥がれた。
『ユナちゃん、これ昼までに終わる?』
『無理です』
『即答するなあ』
声。
『コーヒーいる?』
『甘いやつなら』
『それコーヒーじゃないでしょ』
笑う。
ユナの目から、涙が落ちた。
本人も
泣くつもりではなかった。
「先輩……」
リオが隣で黙っている。
城ヶ峰が聞く。
『間違いないか』
「間違いないです」
『名前は?』
その瞬間。
記憶が
止まった。
ユナの表情が固まる。
そこだけ壁がある。
顔は分かる。
声も。
話した内容も。
一緒に働いた記憶も。
なのに。
「……出ない」
ユナが額を押さえた。
「名字……」
何かが喉元まで来る。
だが、掴もうとすると
消える。
リオがすぐ言う。
「無理するな」
「待って」
「姉さん」
「もう少しだけ」
ユナは写真を見る。
女性。
先輩。
白峰の近くで働いていた。
自分より早くから。
あの特殊なコードに触れていた。
名前。
名前。
「さ……」
一音。
ユナ自身が驚く。
城ヶ峰も聞いた。
『今、何て言った』
「分からない」
「さ……だった気がする」
佐。
坂。
榊。
桜。
どれか。
そこまで。
頭の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……」
リオがすぐパソコンを閉じる。
「終わり」
「涼!」
「今日は終わりだ」
「でも」
「顔まで分かった。それで十分だろ」
ユナは言い返そうとして
やめた。
確かに昨日までとは違う。
先輩は、記憶の中の曖昧な影ではなくなった。
そこにいた。
顔がある。
声がある。
一緒に働いた時間も。
確かにある。
城ヶ峰の声が通信から届く。
『ユナ』
「はい」
『もう一つだけ確認する。答えるだけでいい。思い出そうとするな』
「……分かりました」
『この人は、自分から会社を辞めると言っていたか』
ユナは写真を見た。
それだけなら、すぐ答えられた。
「言ってません」
『確かか』
「はい」
今度は。
迷わない。
「少なくとも私には、一度も」
◆ ◆ ◆
【警察関連施設/臨時合同分析室・夜】
新しい人物ファイルが作られた。
名前は。
まだ空欄。
《クロスゲート社・旧同期開発部門》
《一ノ瀬ユナの先輩社員》
《白峰律直属チームとの関連・高》
《社員記録・意図的削除の可能性》
《自主退職記録・信頼性低》
《退職準備痕跡・なし》
《本人私物・会社に残置》
《退職後予定・複数残存》
そして。
顔写真。
城ヶ峰が画面を見る。
「失踪者として扱う」
日下部が頷く。
「退職者ではなく?」
「ああ。少なくとも、本人が普通に辞めた前提は外す」
木崎が椅子へ座る。
「問題は、その後だな」
木崎が画面から日下部へ視線を移した。
「お前、本当に知らないのか?」
日下部はすぐには答えなかった。
「少なくとも、顔を見て思い出す人ではありません」
「同じ会社だったんだろ」
「同じ会社といっても、クロスゲートはかなり部署が分かれていました」
日下部が当時の組織図を開く。
一番上。
白峰律を中心とした同期開発部門。
その下へ、複数の技術部署が枝分かれしている。
「俺がいたのは、こっちです」
日下部が一つ下の部署を示した。
「接続そのものを作る部署ではなく、そこから降りてきたデータの解析や運用をする側でした。一ノ瀬さんたちと仕事上の距離は近かったと思います。でも、直接会議をする立場ではなかった」
城ヶ峰が聞く。
「白峰は?」
「知っていました。名前と立場は。ただ、俺が直接話すような相手ではありませんでした」
「一ノ瀬ユナは」
「名前を見た記憶はあります」
日下部は少し考えた。
「ただ……今の記憶だけで言えば、それ以上はないです」
木崎が眉を寄せる。
「今の記憶?」
日下部は自分の言葉に少し間を置いた。
「俺は一度、コアを抜かれています」
部屋が静かになる。
「クロスゲートにいた頃の記憶にも、ところどころ曖昧な部分があります。
だから、本当に会っていないのか、会ったこと自体を忘れているのかまでは断定できません」
城ヶ峰が言う。
「今は記録を優先する」
「はい」
「佐伯と村瀬は?」
「二人には確認しました」
日下部が別の記録を出した。
佐伯蓮。
クロスゲート社・技術職。
現在は村瀬七海とともに、過去に異世界から現実側へ転移した可能性のある人間の現況確認へ出ている。
「佐伯さんは、白峰律の名前は知っていました。一ノ瀬さんも、技術者として名前を見た覚えはあるそうです。ただ、直接一緒に仕事をしたことはない。写真の女性についても覚えがないと」
次。
村瀬七海。
「村瀬さんはもっと離れています。当時はゲーム側のテストや検証に近い仕事でした。表に出ていたクロスワールドゲートを触る側で、同期開発部門とは接点がほぼありません」
木崎が息を吐く。
「同じ会社でも、知らなくて不思議じゃないってことか」
「はい」
日下部はそこで、消された座席14へ視線を戻した。
「ただし」
「何だ」
「この人は違います」
白峰直属の同期開発部門。
一ノ瀬ユナのすぐ近く。
「意図的に、見えない場所にいた人ではない」
日下部は言った。
「会社の中に普通にいた人を、あとから見えなくしたんです」
どこへ消えたのか。
そして。
昨日見つかった古いログ。
《SUBJECT》
《TRANSFER RESPONSE DETECTED》
人間を使った意図的な境界接続実験。
時期を照合すると
削除された女性社員が消えた時期と近い。
日下部がその二つを同じ画面へ並べる。
「まだ同じ事件とは断定できません」
「分かってる」
城ヶ峰が答えた。
「でも外す理由もない」
木崎が画面の女性を見る。
「白峰は何をした」
誰も答えられなかった。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
白色コアが。
突然、強く光った。
昨日までの小さな明滅とは違う。
一度、部屋全体を照らすほどに。
ラストが壁から身体を起こす。
「何だ」
オルガも振り向いた。
Cが即座に反応を記録する。
『白色コア・外部照合反応上昇』
『人物情報との同期反応』
白峰律の顔が変わった。
カシウスがそれを見る。
「現実側が近づいたか」
白峰は答えない。
白いコアはもう一度
強く脈打つ。
Cの表示が追加される。
《顔情報・一致可能性上昇》
《記憶照合・進行》
そして、一瞬だけ
別の反応。
《名称情報――》
表示が乱れた。
名前までは出ない。
だが、白峰には
何が起きているのか分かっているようだった。
カシウスが静かに尋ねる。
「誰だ」
白峰は。
白い光を見たまま。
答えなかった。
◆ ◆ ◆
【一ノ瀬家/同時刻】
眠りかけていたユナが
突然、目を開けた。
暗い部屋。
リオは隣室。
誰も呼んでいない。
それでも
頭の奥で
声がした気がした。
昔の開発室。
先輩が振り返る。
笑う。
そして誰かが。
その人を名字で呼ぶ。
ユナは布団の中で身体を起こした。
「……さか……」
そこまで。
また消えた。
だが今度は。
昨日より少しだけ近かった。
名前が。
戻ろうとしていた。
コメント
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うわ、この回は本当に重くて切なかったです……。「消えた先輩」の存在が少しずつ浮かび上がってくる過程が、まるでパズルがはまっていくようで息を呑みました。特にユナが写真を見て「先輩――」って涙を流すシーン、もう胸が締め付けられましたね。顔は思い出せても名前が出てこないもどかしさ、でも確かにそこにいた温かさが伝わってきて。白峰が何をしたのか、ますます気になります。橘さんの伏線の張り方、本当に巧いです……!