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四月の風は思ったより冷たく、ブレザーの下にもう一枚着てくればよかったとカノンは後悔していた。
工業高校に入学して一週間。
カノンは校舎の中庭のベンチに座って、ぼんやりと空を眺めていた。
「で、結局どこにも入らないつもり?」
隣に腰を掛けたユイラが、顔を覗き込むように訊いてくる。
「入りたいところ、ないんだよね。どこもピンとこないと言うか…」
「…じゃあ、私達で作ってみる?」
「は?」
ユイラの顔を見ると彼女は無表情で、当たり前のことを言ったみたいな顔をしていた。
「部活、作ればいいじゃん。私達の好きなことやれる部活」
「…簡単に言うけどさ、メンバーとか、場所とか、先生の許可とかはどうするの?」
「それは私がやる。」
ユイラはそう言って立ち上がると、書類のようなものをカバンから取り出してみせた。
「申請書?」
「今朝、職員室でもらってきた」
「…ユイラは準備がいいね」
「じゃあ、入る?」
ユイラが差し出した紙には「創造開発工房部」と書かれていた。
「入る。てか作ろ。私達だけの部活!」
そして翌週。
部室としてもらえたのは、理科棟の奥にある小さな空き教室だった。
「ここかあー、なんか秘密基地みたい!」
「まずは掃除と机の配置。工具と設計のスペースは分けたほうがいい」
ユイラがホワイトボードにレイアウトを書き始める。
カノンは掃除機のスイッチを入れた。
それから数日で申請が通り、備品も最低限揃えられた。
ただ、部員は二人だけ。
「さすがに、何人かほしいわね」
「じゃあ、声かけてみる?」
何人かに声をかけたが、他の部に入っている人がほとんどで、なかなか見つからない。
そんなある日の放課後。
工具を買いに行くついでに立ち寄った購買部の前で、電子部品を凝視する男の子を発見した。
「…あの、電子部品に興味があるの?」
カノンが声をかけると彼は驚き、おどおどしながら答えた。
「…え、う、うん。」
彼の名前はナギトと言うらしい。
翌日には自作の回路図を持って部室に現れ、「ここ面白そうだから。」と言って自然に居座るようになった。
そのまた翌週。
昼休みに教室でカノンが友人に「作るのが得意な人いない?」と聞いたところ、名前が挙がったのがレンだった。
「木材とか工具を自分で持ってきて、ベンチとか作る人いるって」
放課後、紹介されて顔を合わせたレンは、思っていたよりも明るくて爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ものを作るのが好きなんだ。道具を触ってると、時間を忘れちゃうんだよね」
彼は翌日には棚の設計図を持って現れ、寸法も材料も完璧に揃えていた。
工具箱を抱えて部屋に入り、迷いなく手を動かす様子に、カノンとユイラは目を見合わせた。
「「…すご」」
レンは「役に立てそうで嬉しいな」と照れ笑いしながら、自然とその場に溶け込んでいった。
さらに数日後。
生徒会室前の掲示板に「新設部活:創造開発工房部」の張り紙が出されたその日に、部室に来訪者が現れた。
きっちりと制服を着こなした女子生徒がドアをノックし、静かに中へ入ってきた。
「…こんにちは。ちょっと興味があってきたの」
その名は、ミオリ。
化学実験中の火災トラブルをきっかけに、安全管理とリスク評価が趣味になってしまったという、ちょっと変わった人だった。
「この配線、ちょっと危ないかも。火災報知器の確認とかしてる?」
そう言って、持参したメモ帳に何かを書き込んでいる。
「うんうん、わかった。ミオリも部員ね!はい、決定~!」
カノンの思いつきにユイラが驚いたが、ミオリは小さく頷いた。
「安全第一なら、それもありかな。記録ノートつけてもいい?」
そのままミオリは持参したノートを開き、事故防止のためのルールを書きはじめた。
…がそれ以降、
ミオリの「まともさ」は、次第に部内で浮き始める。
カノンの奇抜な発想、ナギトの回路を巡らせる姿、レンの手際の良さ、ユイラの精密な設計。
何かが完成するたび、何かが壊れ、爆発しかけ、発煙し、ミオリは今日も消化器と防火シートを抱えて走る。
「ちょ、ちょっとまって、それ本当に安全確認した!?ってやっぱりしてないよね!」
なんだかんだ言いながら誰よりも部室に早く来て、整頓と安全確認を欠かさないのは彼女だった。
―――
こうして、それぞれの”得意”と”ちょっと変”を持ち寄った新しい部活が走りはじめた。