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門を抜けた先に広がっていたのは、美しいがどこか不気味な森だった。葉はどれも紫がかっており、花々は発光しながら甘い香りを放っていた。
リク「……なんだここ。まるで毒々しい楽園って感じ……」
アイビー「……綺麗だけど、なんか空気が変。深く吸うとクラクラするかも」
ロビン「ここ……『ペイル・エデン』……ワタシ、聞イタコト、アル……」
リクが小さく目を見開く。
リク「名前ついてるのか。ペイル・エデン……?」
ロビン「ドリームコアノ奥……“楽園”ニ見エルケド、毒ニ満チテル……昔、多クノ人、入ッテ、戻ッテコナカッタ……」
アイビー「やっぱり!この空気、絶対ヤバいよ!」
彼らはとっさに持っていた簡易マスクや布で口元を覆い、慎重に森の中へと踏み込んだ。
しかし、視界の先に現れたのは──
色とりどりの蝶たち。だがその翅からは、見えない“霧”が周囲に漂っていた。
リク「うわっ、なんか……息が、重……っ……!」
アイビー「リク!?」
ロビン「この蝶……“ドリーム・バタフライ”……幻覚ヲ、見セル……触レルナ……!」
リクがよろめき、そのまま地面に膝をつく。視界が揺れて、現実と幻の境が溶ける──
彼の目に映ったのは、**“元いた世界”**の景色だった。
学校。家族の顔。何気ない日常。
リク「(……帰れた……?)」
だがその瞬間、ロビンの矢が一閃し、リクの頭上をかすめて蝶を撃ち落とした。
ロビン「目覚メロ、リク!」
リクはハッとして我に返る。周囲はまだ危険地帯。彼らはこの毒の森“ペイル・エデン”を抜けなければならない。
アイビー「……こんな場所でも、進まなきゃなんだよね。リク、大丈夫?」
リク「うん……ありがと。絶対、ここを抜けよう」
ゆらゆらと光る森の中、彼らは足を進める。
そして、森の奥に巨大な花のような影が、ぬらりと姿を見せた──
「……なんだこれ。霧? いや、違う、これ……吸い込むと、苦しい……!」
リクは顔を覆いながら咳き込む。辺りは一瞬で真っ白に包まれ、視界はわずか数十センチほどに落ちた。砂の色すら見えない。霧はまるで生き物のように動き、巻き込んだ者を容赦なく飲み込んでいく。
「リク! こっち! 早く手を──!」
アイビーの声が一瞬聞こえた。だが霧に阻まれ、声のする方角すらわからない。
次の瞬間、リクは足元の感触が崩れるのを感じ、ずるりと砂の斜面を滑り落ちた。
「うわああああっ!!」
転がり、止まった先は見知らぬ岩陰だった。霧は依然として濃く、視界も音も断たれている。
「……っ、アイビー!? ロビン!? どこだよ……!」
⸻
同じ頃、別の場所。
「……リク? ロビン……?」
アイビーもまた、手探りで霧の中を歩いていた。彼女の呼吸は乱れており、焦燥と不安がその目に浮かんでいる。
「こ、こんなの……ずるいじゃん。なんで、なんで、ひとりにするの……!」
子供らしさの残る震える声で、アイビーは半泣きになりながら足を止めた。
⸻
さらに離れた場所。
「……ドグ霧……またか」
ロビンは静かに霧の向こうを見ていた。その顔には焦りも怒りもない。だがフードの下、その瞳は鋭く光っている。
「……スキル:裂矢(れつし)」
彼は空中に一本の矢を浮かせ、霧の中に撃ち込む。矢は霧を裂くように風を生み、わずかに視界が拓かれた。
「俺が……見つける。仲間、絶対……」
⸻
その頃、リクの前には――新たなクリーチャーの影が。
砂の地面から、ずるり、と異形の手が生えた。骨のような手首に、半透明な関節。そしてその手の持ち主は……ドグ霧の中に潜む**霧食(むさぼり)**と呼ばれるクリーチャー。
リクはスキル《分析》を発動。
「解析……!」
⸻
《解析結果》
• 種族名:霧食(ムサボリ)
• 種類:霧棲クリーチャー
• 体力:700
• 特性:霧に紛れて気配を隠し、視界のない中で対象を捕獲・捕食する。
• 弱点:光と振動
⸻
「弱点は光と……振動……!」
周囲には何も見えない。けれど、リクは自身の荷物に、以前拾った微弱な発光石があるのを思い出す。
「……やるしかないか。負けるわけには……いかない!」
リクは小さな発光石を取り出し、震える手でそれを前にかざす。淡い光がぼんやりと霧を照らし、その奥から姿を見せる「霧食」。半透明の体に黒い眼孔だけが浮かび、すぐそこに迫っていた。
「クソッ……来いよ……!」
まさにその瞬間だった。
「リクーーーーーッ!!」
ずしん、と砂を踏みしめる音とともに、霧の向こうから勢いよく駆けてきた影があった。
「えっ──!?」
リクの目の前を何かが通過し、次の瞬間、「霧食」が吹き飛ばされる。鈍い衝撃音。砂煙。霧がその一角だけパッと消し飛ぶ。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……! や、やっと……!」
砂の中に倒れ込んだリクの上に、息を切らしながら飛びついてきたのは、アイビーだった。
「アイビー……!」
「もう! どこ行ってたの!? ずっと走ってたんだから! 怖かったんだからっ!」
子どものように怒鳴りながらも、彼女の目には涙が滲んでいた。顔も髪も砂だらけ。それでも必死に、全力でリクを探していたのが伝わる。
「ごめん……でも、助かった。マジで助かった……!」
リクは笑い、アイビーもようやく安堵したようにへたりこむ。
その後ろでは、倒された霧食が砂の中へ沈んでいき、音もなく消えていた──。
リクとアイビーは、お互いの無事を確認し、しばしその場で息を整えていた。
「とにかく……合流できてよかった」
「うん……でも、ロビンは……」
そう言ってあたりを見渡すと、いつの間にか霧がさらに濃くなっていた。微かに、ふわふわと飛んでいるものが見える。
「……あれ……?」
「また……蝶、だ……」
アイビー、目を──!」
「リク、どうして逃げるの? あれ、すごくきれいだよ……」
リクが言いかけたその時、アイビーはもう夢蝶のほうへ足を進めていた。
「まさか……!」
視界がねじれ始める。色が反転し、音が遠ざかる。リクの身体にも、再びあの感覚が襲いかかってきた。
**“これは幻覚だ”**とわかっていても、身体が動かない。
――それぞれ、別の幻を見せられていた。
《リクの幻覚》
荒廃した学校の校庭。誰もいない教室。どこからともなく名前を呼ぶ声。
「リク……ここにいるの? 帰ってきて……」
現実ではありえない“何か”が、彼の記憶をなぞりながら語りかけていた。
アイビーの幻覚》
花が咲き乱れる庭園。暖かい家。優しい家族の声。
「アイビー、ずっとここにいていいんだよ。もう、危ないところには行かなくていいの」
安心するはずのその言葉に、彼女はどこかで違和感を抱き始めていた。
その時、前方から誰かが歩いてくる。
「……アイビー」
聞きなれた声。
見慣れた顔。
リクが、微笑んで立っていた。
「リク……?」
「ここは安全だよ、もう何も怖くない」
「……でも、ここ……どこなの?」
「気にしなくていいさ。ここなら、ずっと一緒にいられるよ」
アイビーの足が自然と前に進んでいた。
“リク”の言葉が、暖かい毛布のように彼女の心を包んでくる。
「ずっと……?」
「うん。探検もしなくていい。戦わなくていい。ただ、ここで楽しく過ごせばいいんだ」
その瞬間、アイビーの中で何かが引っかかった。
――リクは、こんなこと言わない。
「……リク……違う、君じゃない」
ふわりと、“リク”の笑顔が曇った。
「どうして、気づいちゃったの」
声が低く変わる。“リク”の目が黒くにじみ、笑顔がぐにゃりと歪む。
アイビーが叫ぼうとしたそのとき、視界を貫くように飛来した緑の矢が“偽リク”の額に突き刺さった。
幻が破け、草原は霧の砂地へと戻った。
「……はっ……!」
目を開けたアイビーは、汗だくで地面に膝をついていた。周囲に漂っていた夢蝶たちは、すべて地に落ちていた。
そして、近くには弓を構えたロビンが立っていた。
「……だいじょうぶ、か?」
「……うん……ありがとう、ロビン……」
心臓が、まだドクンドクンとうるさかった。
でもアイビーは、自分が“本物のリク”を信じて戻ってこられたことに、少しだけ胸を張った。