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夜。
街の外れに、ひとつだけ灯りの残る建物があった。
看板には、色褪せた文字。
《ルミナス玩具工場》
昼間は子供が見学に来る場所。
笑い声が響き、オルゴールが鳴って
ぬいぐるみが並ぶ、夢の工場。
でも夜は違う。
窓の内側で動く影は
人のものではなかった。
工場の奥、ショーケースの部屋。
硝子の箱がずら〜っと並び
その中に商品が眠っている。
テディベアだったり。
ブリキ兵だったり。
木馬だったり。
人形だったり。
どれも可愛いし
どれも、どこか歪んでいる。
そんな部屋の、一番奥。
鍵のかかったショーケースの中にだけ
生成りの布のぬいぐるみが座っていた。
子供が抱えるくらいのサイズ。
黒いコートを着て
首元には灰色の小さなリボン。
顔は、縫い糸の微笑み。
目は、黒いガラスボタン。
光を受けると
そのボタンに白い筋が走って
涙みたいに見えたりして?
社長が一人で立っている。
年老いた男。
スーツは整っていて
笑顔は優しい。
彼はショーケースの鍵を取り出し
何かに話しかけるように呟いた。
「……今日も静かだね。いい子だ」
鍵が回る音がした。
カチリ。
扉が開いた瞬間
部屋の空気が一段冷たくなる。
ぬいぐるみは動かない。
ただ、そこにいる。
社長は、ガラス越しではなく
直にそのぬいぐるみを抱き上げた。
見た目より重い。
布の中に、金属の骨がある重さ。
社長は、胸の中央にある小さな金属穴に
ゼンマイを差し込んだ。
ゆっくりと回す。
コキ、コキ、と
関節の奥で何かが鳴る。
ぬいぐるみの首が
ほんの少しだけ傾いた。
その動きは
子供が眠りから目を覚ますみたいだった。
そして。
ぬいぐるみが、声を出した。
柔らかい。
驚くほど穏やかで
心配そうな声。
「……だいじょうぶ?」
社長は、思わず笑った。
「大丈夫さ。君はとても良い出来だ」
ぬいぐるみは
もう一度、首を傾ける。
「……そっかぁ」
その瞬間。
ショーケースの床に落ちた
ぬいぐるみの影が
細い糸で天井から吊られているのが見えた。
糸は一本ではない。
無数に伸びている。
まるで操り人形。
でも本体には糸がない。
影だけが、吊られている。
社長はその糸を見ないふりをして
ぬいぐるみの背中のタグを指で撫でた。
タグが、カサ、と音を立てる。
そこには印字がある。
NAME:LIONEL
PURPOSE:WORLD END
SAFETY:NONE
RETURN:NOT ACCEPTED
社長は優しい声で言った。
「君はね、世界のための玩具なんだ」
リオネルは、少しだけ黙った。
そして、縫い付けられた笑顔のまま
小さく言った。
「……世界って、いたい?」
社長の手が止まる。
「……痛い、かな」
「そっかぁ……」
リオネルは
その答えを大事にしまうみたいに
胸の中へ落とした。
その時、工場の遠くで
何かが落ちる音がした。
ガシャァン!!!
社長が顔を上げる。
廊下の向こう。
監視用の人形たちが並ぶ場所から
風が吹き込んできた。
いや、 風じゃない。
空気が減ったんだ。
世界が一瞬、薄くなった。
社長は焦って
リオネルを抱き直す。
「おいで、リオネル。落ち着いて」
抱きしめられたリオネルは
少しだけ安心したように見えた。
そして
小さな声で言う。
「あったかいよぉ……」
次の瞬間。
工場の壁の時計が
カチ、と止まった。
オルゴールの音が
途中で途切れた。
遠くのショーケースのガラスに
細いひびが走った。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
終わりが
静かに始まる。
社長は笑った。
泣きそうな顔で。
「そうだ……そうでなくては」
リオネルは
縫い付けられた笑顔のまま
そっと聞く。
「……ねえねえ」
「なんだい?」
「ぼく、きらわれる?」
社長は答えない。
答えられない。
リオネルは
抱きしめられたまま
少しだけ目を伏せた。
黒いボタンの目に
光が入り、涙みたいに揺れる。
そして、最後に言った。
「……なら、リオネル」
「とってもうれしい」