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漢江公園でのあの出会いから、チングになった俺と菊。空き時間のカトクのやり取りのみならず、休みの日には菊の下宿先であるアパートに遊びに行ったり、二人で南大門市場をまわったりと、更に仲を深めつつあった。
そんなある日の、夜のこと。
『菊、明日はロッテワールドなんかどうだぜ?』
『ロッテワールド?』
『蚕室ってとこにある、でっかい遊園地なんだぜ』
この日は金曜日。俺は菊と、いつものようにカトクでやり取りをしていた。韓国留学の良い思い出になればと、遊園地への誘いのメッセージを送る。
暫くすると、菊から返信が来た。
『勿論良いですけど……男二人だけで遊園地に行くのって、正直どうなんでしょう……』
菊の中では、それこそディズニーランドよろしく、「遊園地というものは、家族やカップル、そして複数人──少なくとも3人以上──の友人達で行くもの」というイメージなのだろう。現にそれが、暗黙の了解らしいところがある。
一方の俺は、よほどのことが無ければ行く相手への頓着は無い。だから男二人でも全く気にしない。寧ろ相手が菊だったら、もっと楽しいに決まってる。俺は続けてメッセージを入れた。
『んなもん気にしたら負けなんだぜ。男二人でも楽しければそれで良しなんだぜ!ぶっちゃけお前は、俺と楽しみたくないのか?』
『楽しみたいですよ、楽しみたいですけど……揶揄われたら厭だなって……』
『その時は俺が、馬鹿にする奴等をぶっ飛ばすんだぜ。だから安心して欲しいんだぜ』
すると『有り難う御座います。明日、楽しみにしていますね』という返事。
チンチャ、明日は全力で菊と楽しんで……なおかつ、菊を全力で楽しませたい。
*
そんなわけで、翌日。
「此処がロッテワールドですか……!凄いです……!」
地下鉄の蚕室駅で降り、エスカレーターを上がった俺達の目の前には……広大な屋内を埋め尽くす、大小様々なアトラクション。
「此処は屋内エリアで、『アドベンチャー』ってとこなんだぜ。屋外には『マジック・アイランド』ってエリアがあって、其処にもアトラクションがあるんだぜ」
「へぇ……」
「早速だけど菊、何に乗りたい?」
「そうですね……おすすめとかありますか?」
「うーん……『フレンチ・レボリューション』とか?絶叫系だけど、お前いける?」
「がっ……頑張ってみます!」
それから始まった、俺とのアトラクション巡り。ジェットコースターの『フレンチ・レボリューション』をはじめ、巨大な円状のレールの上を、ゴンドラが大回転する『ジャイアント・ループ』、巨大な振り子のように、船が左右に動く『スペインの海賊船』……菊は最初こそガチガチ気味だったが、次第に慣れてきたのか、子供のように無邪気な笑顔を見せるようになってきた。
「ヨンスさん、次はあれに乗ってみたいです!」
「『フルームライド』か、良いチョイスだな。その次に『アラビアン・バスケット』はどうだぜ?」
「はい!それも乗りたいです!」
『フルームライド』は、水上を小船で進むアトラクション。時折軽くかかる飛沫が気持ち良い。そして『アラビアン・バスケット』は……これは俗にいうコーヒーカップだ。面白さのあまり、ぐるんぐるんとひっきりなしにバスケットを回していたら……菊が忽ち目を廻して倒れ込んでしまった。
「わ、わぁあ!!大丈夫か菊!?」
「し……視界がくるくるしてますぅ……」
「ミアネヨ、調子に乗ってつい……!!」
俺は足元のふらつく菊の身体を支え、近くのベンチに一緒に座る。暫しの休憩だ。
菊は俺の膝上を枕に、その身を横たえた。
「…………ふふっ」
「どうしたんだぜ?」
「久しぶりに、童心に返った気がします……凄く、凄く楽しいです……」
「確かに、いつもよりはしゃいでたもんなぁお前。あんな姿、初めて見たんだぜ」
「そ、それはお恥ずかしい限りで……貴方よりも年上なのに、私ったら……」
頬を染め、両手で顔を押さえる菊。俺は徐ろに、彼の頭をそっと撫でて言った。
「キヨウォ、菊」
「……へ?」
「お前、本当可愛い奴なんだぜ。もしかしてあっちが素か?」
「そ、そんなことは……それよりもその顔、ずるいです……////」
「何がずるいんだぜ?」
「何で、何でそんな……超絶格好良い顔で言うんですか……っ////」
「ん〜?俺がイケメンだって?」
「だから近い、近いですってぇ!あーもう!」
菊は今度こそ顔を真っ赤にして、ごろんごろんと悶え始めた。周りの視線がちょっと気になるが……当の本人はもうお構い無し。勿論俺も。
此処は遊園地、すなわち非日常の世界。そりゃあテンションだっておかしくなる……そう思っておこう。
*
マジック・アイランドを訪れる頃には、もうすっかり日が傾いていた。眩い夕陽が、ランドマークである巨大な城を金色に染めている。
「折角来たからさ、記念に写真撮るんだぜ!」
「……ふぁい!」
「…………ぷふっ」
「わ、笑わないれくらはい!!」
ハムスターのごとくチュロスを頬張っている菊に、思わず吹き出す俺。だって、だって本当に面白くて、可愛いんだぜ。
俺はそのままスマホのカメラを向けて、パシャリと菊を撮影した。うん、キヨウォ。
夕陽は城を囲む湖の水面をも照らし、揺れながら煌めいていた。それを映す菊の瞳もまた、輝いている。
「……ヨンスさん」
「うん?」
「今日は、有り難う御座いました。楽しかったです」
俺に向いて、微笑む菊。
夕陽よりも、城よりも、水面よりも、美しく。
……嗚呼。
…………嗚呼。
「…………好き、なんだぜ」
「……はい?」
「好きなんだぜ、お前のこと」
「ええ、私も。貴方というチングに出会えて、幸せです」
「…………そうか」
お前は、分からなくて良い。
俺が、俺だけが、分かっていれば。