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「猫田ちゃん、ひさしぶり!そう言えばこないだのさぁ…」
しばらく藤原は猫田と挨拶のように業界トークを弾ませていた。
寿司子は俯き加減で二人の顔を交互にチラチラ見るだけ。
リコは必死に会話を追いかけながら作り笑顔で「へぇ〜、すごーい」と相槌を打つ。
突然、そんな2人に話題が振られた。
「いやぁ、あなた達の漫才、面白かったですよ」
「えっ、見てくださったん…ですか!?」
リコが強引に共通語に修正して返す。
「テンポもいいし、二人のバランスもいい。特に──」
藤原の視線が、寿司子に止まる。
「君、ちょっと言われたことない? “春の✩湯煎式”のリソちゃんに似てるって」
“春の✩湯煎式”──今、大人気のアイドルグループ。リソとはそのグループで人気No.1のセンターだ。
寿司子は一瞬、固まった。
「……は、はい?」
リコが横から慌ててフォローする。
「そ、そう言われたこと……あるような、ないような、ははっ」
マネージャー猫田も苦笑しつつ、静かにメモを取っている。
藤原は身を乗り出して続けた。
「実はね、今うちのTV番組で“春の✩湯煎式のモノマネ&ショートコント”って企画を考えてて、その中でセンター役を探してたんです。で、君がピッタリじゃないかと」
その言葉を聞いた瞬間、寿司子の顔が引きつった。
「も、モノマネ……ですか?」
「そうそう、歌は口パクでいいんですよ。ちょっとしたダンスと軽い掛け合い。芸人さんが入ると、場の空気が柔らかくなるんです」
リコは、信じられないと言った表情の後、明るく返事をした。
「へぇ〜、ウチらがテレビに!?すっごいお話やん! あははっ……ねぇ、寿司子!」
しかし、寿司子の口から思わぬ言葉が漏れた。
「──無理です!」
空気が止まった。
リコの手が慌てて寿司子の口を塞ぐ。
「す、すんません! いえ、相方ちょっとびっくりしたらしくて!」
猫田も即座に身を乗り出す。
「藤原さん、すみません!本人も想定外の件で動転してて……!」
藤原は目を丸くし、それから小さく笑った。
「ははっ、正直でいいねぇ。でも、考えてみてください。悪い話じゃないはずです」
寿司子は、塞がれた口の奥で言葉を飲み込んだ。
リコの手のひらが、少し震えているのが伝わる。
調整室の時計の針の音が、やけに大きく響いた。
藤原は立ち上がりながら、穏やかに言った。
「詳しい話は後日。ぜひ、前向きに検討してみてください」
「あ、藤原さん!食事でもしながら打ち合わせしませんか?」
猫田が慌てて藤原の後をついて行く。そして部屋から出る直前、リコに『後は頼んだ』と目で訴えた。
リコと寿司子は無言で狭い階段を昇り、外に出た瞬間、リコが小声でつぶやく。
「……もう…なんで“無理です”なんて言うんよ…」
「……ごめん。でも……」
夜の渋谷の街が、遠くでまだざわめいていた。
その喧騒の中で、二人の間だけ、少し冷たい空気が流れていた。
──初舞台、大成功の夜なのに。
続く
コメント
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♡50達成ありがとうございます✨