コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◻︎礼子の異変
礼子と電話で話してから一か月ほどが経った。
あれから私は、本屋さんで見かけた私世代向けの雑誌を買い込んできた。
これまではそんなに興味がなかったオシャレにも、力を入れるようになった…といってもちゃんと美容院で白髪染めをするようになったり、お風呂上がりのスキンケア化粧品を丁寧に塗り込んでみたり。
「そんなにぬりぬりしたって、もう遅いだろうに」
「ふぁ?ふぉっふぉいへ(ほっといて)」
「そんな、歌舞伎みたいなパックしたってさ、もう吸収しないって」
「ふん!」
_____効果があるかなんかより、やってますって気持ちが大事なの!
なんとなーくだけど。
自分のために自分のことに力を入れるって楽しい。
こんな気持ち、髭剃りもめんどくさがる夫にはわかるまい。
「俺、先に寝るわ」
私は無言で手を振った。
夫は早めに寝てしまう、いや、もしかすると寝室で1人で何やらやってるのかもしれないけど(あの雑誌とか?)
そんなことはどうでもいいし。
1人、ゆっくりソファに座ってテレビを見る。
子どもたちは今日はそれぞれ泊まりだと言ってたから、夫が寝た後はのんびりの時間だ。
録画しておいた不倫ドラマをまとめて見ようかな?
_____そうだ、買っておいたお酒でも
小さなグラスに、とっておきの日本酒を注ぐ。
ありきたりだったそのドラマのせいか、久しぶりの日本酒のせいか、私はいつのまにかうたた寝していた。
ぷるるるるるるる🎶
ぷるるるるるるる🎶
_____あー、もう起きる時間?もう少しだけ寝たい
ぷるるるるるるる🎶
ぷるるるるるるる🎶
「あっ!電話かっ」
テーブルの上に置いたままのスマホが着信を告げていた。
発信者と時間を確認する。
【午前5:25 礼子】
え?
「もしもし?礼子?どうしたの?」
『………』
電話の向こうの礼子からは、言葉がきこえない。
「ね、礼子だよね?どうした?何かあった?」
『……ど、どうし…どうしよ…』
震えているような声がする。
いつもの礼子じゃない、でも、礼子の声に間違いない。
「何があった?」
『わ、わた、わたし、こ…』
「はい、息を吸ってー、吐いてー、もう一回吸ってー、吐いてー。ほら、落ち着いて」
『う、うん、あの…あのね、ばあさん、いない…』
「また、徘徊?いつから?」
『11時ちょっと過ぎから』
_____6時間あまりか
「心当たり、探した?」
『ううん』
「え?」
『探してない…』
「どういうこと?警察には?」
『私、殺しちゃったかも!!』
「えぇーーーーーっ!」
礼子の言葉にびっくりして勢いよくソファから立ち上がったら、左のほっぺからカピカピになったパックがハラリと落ちた。
うわーんと、泣いているような礼子。
「今から行くから、今家だよね?動かないで、絶対だよ」
今の礼子の話では何が何やらわからない。
_____殺したかも?まさかっ!
階段を駆け上がり、夫の部屋へ走り込む。
「ちょ、起きて、早く!は、や、く!」
「んぁ、なに、なにごと?」
「大至急出かけるから、顔だけ洗って、早く、ほら!」
「ん、髭は?」
「んなもん、どうでもいいわっ!」
なんでこんな時ばかり、髭を気にする!!
パジャマをTシャツとジーンズに着替えて、なんとなく着替えたらしい夫(パジャマと普段着の区別がつかない)を助手席に乗せて、車で30分ほどの礼子の家に向かった。
「何?どっかのモーニングでも?」
「ちょ、黙ってて、運転は苦手なんだから」
本当は夫の運転がいいのだけど、寝起きの運転はさせないでくれと、昔から夫に言われている。
寝起きが悪いからだと。
朝早い新興住宅地は、ランニングをする人や犬の散歩をする人がちらほらいるだけだ。
歩いている人の中に、礼子んちのばあさんがいないかとキョロキョロしたけど、それらしい人は見当たらない。
坂を上がり切ったところに、礼子の家があった。
昔からここに住んでいた旦那さんの家を、結婚と同時にリフォームして同居している。
門は開いていた。
中に車ごと入る。
玄関の鍵は開いていた。
「礼子?おはよう!ね、どうした?」
もしかしたら、ここに来る間にばあさんが戻ってるかも?なんて考えていたけど。
「あ、思い出した。礼子ちゃんちだ、ここ」
「まだ寝ぼけてたんかいな、そう」
「…で?なにがあった?」
「おばあちゃんが昨夜からいないらしいの」
「徘徊ってやつ?じゃあ、探そう!ほら」
「ごめん、私礼子が心配だから、パパはそこら辺探してきて!」
「了解!」
すっかり目が覚めたらしい夫は、私に向かって敬礼すると外へ駆けていった。
こんな時の夫は、意外と頼り甲斐がある。
連れてきて正解だった。
私は玄関を上がって、奥へ進む。
「礼子?どこにいるの?私だよ、美和子だよ」
ガタンと奥座敷から音がした。
「礼子!」
襖を開けるとそこは、どうやらばあさんの部屋。
座椅子にもたれて、ぼんやりしてる礼子がそこにいた。
「よかった、礼子、いたんだ」
そう声をかけながら近寄る…近寄りながら、びっくりした。
あの、オシャレでキチンとしていた礼子じゃなかった。
よれよれのスウェットに割烹着、ひっつめ髪は半分ほどが白髪だし、口紅どころか顔の手入れは何もしていないようだ。
見た目、私より10?もっと上だ。
礼子のあまりの変貌ぶりに、続けての言葉が出ない。
「ごめ…ん、美和子」
「いいよ、こんな時くらい。でも、ばあさんを探さないと…」
離れようとした私の腕をガシッとつかむ礼子。
「どうした?」
「…」
黙って首を横に振る。
「こ、これ、これがあって…」
礼子の右手に握られていたのは、裏に何かが書いてあるチラシ。
クレヨンで書かれたそれは、幼稚園児よりも読みにくい、ばあさんからの手紙のようだった。