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「死神さんこんにちは」
そう話すは病室のベッドで横になり抗がん剤の副作用で丸坊主になった凜々花十歳である。
「凜々花また死神さんが来ているの?」
そう話すのは凜々花の母親の百合子三十六歳。
「うん、今日も顔色が良いねって言っているよ。」
どこか上の空で話す娘に百合子は少し呆れたように
「あまり死神さんと仲良くなったら駄目よ。連れて行かれるわ、絶対に駄目よ。」
と言った。
「ママが仲良くなったら駄目だって。」
ブーと頬を膨らませながら娘は言う。少し前からこんな妄想が始まったのだ。
医者は、せん妄かもしれないと言った。
せん妄とは何かスマホで調べる。
「せん妄とは貧血、肝・腎機能障害、栄養障害、電解質異常、低酸素、感染症、薬物の影響といった身体的な原因によって、意識が混濁し、興奮状態になったり、幻覚、妄想が出たりするなどさまざまな症状が出る病態です。」
凜々花は確かに妄想はあるが意識が混濁している訳でもなく、興奮状態今の所は無い。
栄養面も毎日しっかり病院食を完食出来る程だ。
頬もピンク色でふっくらしており、ただ髪が抜けきっている状態だ。
初期の癌だった。転移も見られないとも言われている。
それなのにせん妄。私には理解が出来なかった。
「死神さん、今日はどんなお話するの?」
また何処か空中を見上げながら言う娘に私は苛立ちを見せながら
「だから、死神さんと仲良くしちゃ駄目でしょ!」
と言った。娘は
「だって暇なんだもん。」
と言った。
「だったらママがお話の相手になってあげるから。ね?」
「だって、死神さんの方がこの病院の事知っているんだもん。それに色々な事を知っているんだよ?人間って死ぬ時黄泉の国に連れて行かれるんだって。ママ知っていた?」
「し、知らないわよ。知らなくて良いの、そんな事。それよりその死神さんと仲良くしていたら本当に連れて行かれちゃうかもしれないから仲良くしないで。」
「大丈夫だよ、凜々花は連れて行かないって言っているから。」
「そんな事分からないじゃない。凜々花を油断させる為の嘘かもしれないわよ?」
「死神さんは嘘は吐かないよ。それにこの病気はすぐ治るって言ってくれるの。それにね、私死神さんから力貰ったんだよ。」
「どんな力を貰ったの?」
「死んだ人が見えるようになったの。」
「それが力なの?」
「そう、見えるだけじゃなくて触れるようになったの。」
「そんな話・・・・」
「嘘じゃ無いよ、ほらこうやってお祖母さんを触れるの。」
と言って娘は左手を私の方に差し出したかと思ったら何かを撫でる仕草をする。
「や、辞めなさい!もう何なの?どうしてそんなにママを揶揄うの?」
「揶揄っていないよ。真剣だよ。ママだけが信じていないだけだよ。」
私は娘を見るのが辛くなってその場から逃げ出し、看護師さんに話をしにナースステーションに向かった。
「娘がとにかく死神と仲良くなっているんです。私自身も言っていること変だと分かっています。でも本当なんです。死んだ人を見れたり触れたりするって言うんです。お願いですから検査してくれませんか?」
と泣きつくように縋り付くも
「ですから、井口さん何処も異常は無いんですよ。検査は何度もしました、血液検査も何度も行っています。ただ異常は見つからないんです。」
「じゃあどうして死神なんて見えるんですか?」
「それは分かりません。」
「分かりませんってそんな事・・・」
「ただ、時々居るんです患者さんで死神に会ったという人は・・・・」
「その患者達は今どうしているんですか?」
「それは・・・」
「何ですか?言って下さい!」
「・・・皆さん亡くなっています。」
私はショックを受けて脳貧血を起こして倒れてしまった。
「井口さん!井口さん!」
私を呼ぶ声がするが、意識は暗闇に飲み込まれてしまった。
***
「それがここに来た理由ですか?」
そう言うのはタイタニックに出ていたレオナルドディカプリオ風な髪型で茶髪のハーフ顔をしたイケメンの七星京采だ。
年齢からして若いのかSNSで注目されている人だとママ友から教えて貰った。
ママ友には娘・凜々花の話をした所、早くお祓いした方が良いと言って霊媒師を探してくれたのだ。
ここは新宿二丁目にあるシックなBAR。
準備中と書かれていたが中に入るとオネエの店員が出てきて訳を話すと京采を紹介してくれたのだ。
「はい」
もう少し化粧でもしてくれば良かったと思った。
娘の事で頭がいっぱいで自分の事など後回しにしてきたが、今日ばかりはこんなイケメンに会えるなら少しでもお洒落にしてくれば良かった。
でも、SNSでは写真も無かったから仕方が無い。
しかし一つ不可思議な事があった、この人は視える人なのだ。
私が信じたくない霊を信じている人なのだ。
それも生業にするくらいだから相当な力を持っているのだろう。
「只の情報でしか知識を得ていないけれど、七星さんはそれなりの数の相談事を解決していると思うわ。」
そうママ友に言われて来たのだ。
噂によると姉弟で霊媒師をしているらしい。お姉さんも相当美人だと書かれていた。
「それは心配ですね、もし良かったら塩を渡すのでそれを娘さんに人差し指で舐めるように伝えてくれませんか?それでも効果が無ければまた来てくれませんか?」
「わ、分かりました。」
そう言うとキッチンにある塩を小さいジップロックに入れて珠々を腕から外しお経を唱えると渡して来た。
「じゃあ俺はこれで・・・」
と言って掃除のモップを持って来て床を掃除し始めた。
私は袋を持ったまま立ちすくんでしまった。
「あ、あの」
と声を掛けると
「何ですか?」
と少し嫌そうな顔をする。
「お札とか何か買わなくても良いんですか?お祓いのお金も払っていませんし。」
「ああ、お札は俺は作れないんで。それにお金は貰っていないんです。」
「え?お祓いの料金要らないんですか?」
「ええ、それにお話聞いた限りだとそっちに行った方が良いような感じもしますし。出張ならお金はある程度頂いておりますがそんなに大金は要りません。」
「数万は用意してきたんですが・・・」
「そんなに要りません。交通費くらいだけ頂いて居るだけなので」
「交通費だけ?」
「ええ、だから何万も要らないんです。」
「あの、失礼な事をお伺いしますが本当に霊が見えるんでしょうか?」
私は怒られる覚悟で失礼な事を聞いた。だってお金は取らない壺もお札も健康になる水も買わなくて良いだなんて話が上手すぎる。
「信じたくなければ信じなくて良いですよ。」
「え?」
「だから俺が怪しいと思うなら信じなくて良いです。けれど、その塩は舐めさせて下さい。少しは守れるとは思うので、それでも死神が見えるようだったらもう一度来て下さい。多分塩だけじゃ、声は聞こえなくても死神の姿は見えちゃうと思うので。」
「声は聞こえなくなるんですか?」
「ええ、それは防げると思います。俺の守りの力で」
「守りの力・・・」
「ええ、俺は祓う事は出来ないんですが守ることは出来ます。先程も申しました通り死神が見えなくなることは出来ませんけれど、声は聞こえなくなりますし幽霊も見えなくなると思います。もちろん見えないから触る事も出来ません。」
「それで娘は助かるんでしょうか?」
「医療の事は分かりませんが、死神は声が聞こえなくなったらつまらなくなって居なくなるはずだと思いますが、それでもしつこく居るようだったらまたここに来て下さい。もちろん、死神から貰ったっていう能力も無くなると思います。」
「分かりました。失礼な事を聞いてすみませんでした。」
「平気ですよ、そういうのは良く言われるので慣れています。」
「でも・・・」
「大丈夫です、娘さん助かると良いですね。」
「あ、有り難うございます。」
「いえ、じゃあ俺はこれで」
そう言うと京采は掃除を始めた。
私は拍子抜けしたが立ちすくんでいても仕方無いので店から出ることにした。
京采はもう関心が無いからなのか店を出る私の事は気にせず掃除を続けている。
この塩を舐めさせたら良いのか。と思って貰った塩を見る。
何処にでもありそうな普通の塩に何の効果があるのだろうか、そう思うが今はこれしか頼る事が出来ない。
私は家に帰ってからもその塩を眺めていた。
すると
「その塩どうしたんだ?」
と夫が聞いて来た。
「今日霊媒師という人に会ってきて塩を貰ったの。どこにでもあるような塩よ、少し舐めてみたけれど何も変化は無いわ。」
「そんな危ないのよく舐めたな。」
「だって、凜々花に舐めさせなきゃいけないんだもの。」
「それでガンが治るとか言われたのか?」
「いえ、死神と話せなくなるって言っていたわ。話せなくなったら死神も諦めてどっかに行ってしまうって」
「死神の話も本当なのか?凜々花が嘘を言っている可能性は無いのか?」
「本当よ、それに昨日看護師さんに話を聞いたけれども時々死神が見えるって言う人が居るみたいなの。」
「その人達は今どうしているんだ?」
「それが皆死んだって。だからママ友にお願いして霊媒師を探して貰って今日会いに行ったのよ。」
「看護師がそんな事を言って居たのか?」
「ええ、そうよ。それを聞いて私脳しんとう起こしたんだから。貴方にも昨日言ったでしょう?聞いてなかったの?」
「ごめん、昨日は今日あった会議の事を考えていてあまり話聞いてなかった。ごめん。」
「もう!明日は一緒に病院行ってくれるわよね?」
「それが無理なんだ、急に仕事が入って明日も来てくれって言われているんだ。」
「娘がこんな事になっているのに仕事に行くの?」
「しょうがないだろう、仕事なんだから。凜々花も分かってくれるって。」
「凜々花は今も一生懸命闘っているのよ?」
「分かっているよ!でも俺だってどうにかしてあげたいけれども、出来ないだろう?それに凜々花が弱っていくのが見ていられないんだよ。」
「弱ってなんかいないわ!今日も元気に過ごしていたわよ。」
「お前にはそう見えるのかもしれないが、俺からしたら何処か遠くを見て喋っているように見えるんだよ。どこか行きそうな気がして仕方無いんだ。」
「何よ、それ。凜々花の事をちゃんと見ていないじゃない。」
「見ているよ。そう言うのならお前こそ凜々花の事をちゃんと見れていないんじゃ無いのか?あんなにどこか遠くを見ながら話す姿を見てどこが元気に見えるんだよ。俺からしたらもうすぐ死ぬんじゃ無いかと思って・・・・」
旦那は言った後、ハッとした顔をして
「言い過ぎた、すまん。」
と言った。私はとうとう本音が漏れたのかと思った。この人は娘が衰弱していくのが怖いのだ。衰弱などしていないのに。
「・・・・凜々花は死なないわ。死なせないもの。それにステージ2よ?転移も見られない、それにあの子今日も沢山ご飯食べたわ。少し前は口内炎が口の中に出来て食べ物食べられなかったのに。今は口内炎も無くなって本当に美味しそうに食べるのよ。それに空中を見ながら話すのは死神のせいよ。あいつが現れるようになってから凜々花はどこか遠くを見るようになったんだもの。でもそれも明日でおしまい、この塩さえあれば大丈夫よ。」
「そんなにその塩は効果があるのか?」
「なんたって口コミで一番良い所なんだもの、ご姉弟で霊媒師をされているらしくて口コミだけで一般からの仕事は引き受けているみたいよ。でも住んでいる場所とかは分からないの、その弟が働いて居るお店しか分からないのよ。」
「へ~そんな姉弟がいるんだな。その霊媒師本物なのか?」
「私もそこは不安よ。でも今日もお金取らなかったし、この塩を舐めていれば死神の声が聞こえなくなって死神から力を貰ったと言っている死んだ人の事を見える能力と触れる能力が失われるって言っていたわ。それに声が聞こえなくなったら死神もつまらなくなっていなくなるだろうって。」
「なんだ?その能力初めて聞いたぞ。」
「昨日も言ったわよ、何でも死神から霊を触れる能力と見える能力を貰ったらしいのよ。」
「おいおい、そこまで妄想は進んでいるのか?」
「私だって妄想だと思いたいわ。でも本当だったら怖いじゃ無い。だから頼みの綱で七星姉弟に頼んだのよ。」
「七星姉弟?」
「あら、何貴方何か知っているの?」
「いや、少しだけ耳にしたことがあって職場で働いて居る女の子達が新宿にあるBARに七星というイケメンが居てよく悩み事などを解決しているという事を言っていたが、まさかその人じゃないだろうな?」
「え?新宿二丁目のBARならその人だと思うけれど、それがどうかしたの?」
「その人いつも仏頂面で店員としての態度は最悪らしいじゃないか、そんな人が親切にお金も取らずにお祓いなんてしてくれると本気で思っているのか?」
「確かに仏頂面だったけれど別に対応悪く無かったわよ。」
「イケメンだからそう思ったんじゃ無いのか?女性社員は少なくとも相談事が霊関係ではいと話を聞いてくれないって言っていたぞ。」
「そりゃそうよ、ただの従業員だもの。それに今日見た感じじゃまだ大学生っていう感じだったわよ。」
「そんなに若いのか!」
「まだ二十代前半って感じだったわ。」
「本当に大丈夫なのか?」
「さあそれは分からない、でも騙そうとしている人ならもうお金を騙し取っているはずよ。」
「いや、効果が無かったら来いとか言われていないだろうな?」
「い、言われてなんかいないわ!」
私は咄嗟に嘘を吐いた。もし、本当は効果が無ければ来いと言われていたなんて言ったら詐欺だと言われるだろうと思うと、今はこれが頼みの綱なのにそれを否定されたらもう打つ手が無い。
これ以上娘の為にする事に否定されるのは精神的に耐えられない。
「そうか。それなら良いのだが・・・ただこれ以上死神が見えるとか言い出すなら病院を移動させるぞ。良いな?」
「ええ、そうね。そうしましょう。」
「それじゃあお風呂入ってくるから先に寝てて、明日も早いんだろう?」
「ご飯は良いの?」
「後で適当に食べるから気にしなくて良いよ。洗い物もしとくし」
「あら、有り難う。」
「これくらいしか出来ないからな。」
ボソッと言う捨て台詞を私は聞こえないふりをする。
本当なら家事をやってくれるだけでも良いじゃ無いかと他所の人に愚痴を言ったら言われるだろうが、私が求めているのは違う。私はただ一目だけでも娘の姿を見に行って欲しいのだ。
「おやすみ」
そう言うと
「おう、おやすみ」
と言って夫はお風呂に向かった。
***
それから一週間、娘の凜々花に七星から貰ったお塩を人差し指くらいの量で飲まさせた。
変化と言えば死神と話す事が少なくなった。
私が来る時でも死神と話していたのがそれが無くなり、ただどこか遠くを見るのは無くならなかった。
「凜々花どうしたの?」
ふと気になって聞いてみた。塩を舐めて何か変わったのか知りたかったというのもある。
「最近、死神さんと話せないの。何を言っているのか分からないの、なんかね膜が張ったような感じがして聞こえないの。ママ何で?なんかした?」
「そ、それは良かったじゃ無い。ママは死神さんと仲良くしてる凜々花の事は心配だったな~」
「そう?」
「うん!今の方が全然良いよ、それに病気が治ったらまた学校に行けるようになるしお友達も待っているよ。」
「本当?また学校通えるようになる?」
「勿論!梨花ちゃん達も待っているよ。」
「梨花ちゃん!元気にしているかな?」
「お手紙書いてみたら?返事が来るかもよ。そういえば前に皆から千羽鶴とメッセージカード貰ったよね?それについて皆に有り難うって書いても良いと思うよ。」
「今更にならない?」
「大丈夫よ、体調が安定して居なかったって言えば皆分かってくれるよ。」
「そうかな~・・・じゃあ書いてみようかな。」
「うん、ママ明日可愛いメモ帳持ってくるから今から何て書こうか考えておきなさい。」
「うん!ウサギさんのメモ帳が鞄の中に入って居るからそれ使ってお手紙書きたい!!」
「分かったわ、そのメモ帳で梨花ちゃん達にお手紙書こうね!」
「うん!何て書こうかな~お返事くれるかな?」
「きっとくれるよ。大丈夫、だから一日でも早く治る為に頑張ろうね。」
「うん!死神さんも喜んでくれているみたいだし大丈夫だよね!」
「まだ死神さんの姿ハッキリ見えるの?」
「うん、見えるよ。なんで?」
「ううん、声は聞こえなくなったのに姿は見えるんだって思って。」
「ママ変なの~まあいいや。明日メモ帳持って来るのを忘れないでね。」
「分かったわ、大丈夫ウサギさんのメモ帳ちゃんと持ってくるから。」
そう言うと凜々花は近くに置いてあった漫画を読み始めた。
私は少し着替えとかを用意するとベッド周りを少し片付けると積み上げていた漫画が崩れた。
「ごめん、ごめん。」
と言って拾うと一冊見た事がない本があった。
「この本どうしたの?」
と聞くと娘はハッと言ったかと思ったらその本をひったくった。
「これ、これは関係無いよ。」
「関係無くは無いよ。誰から借りたの?返さないと。」
「も、貰ったの!」
「誰から?」
「・・・・・死神さんから」
私は血の気が引くような感じがした。娘が持っていた本を取り返すと中身を見た。
「何これ・・・」
中身は魔女が作る毒リンゴの作り方とか人が不幸になるおまじないとか書かれていた。
「おまじないの本だって死神さんは言っていたよ。ママが見ている所は良く無いページだけど、他にも恋が叶うおまじないとかあってね・・・」
「これ、ママが預かっても良いかしら?」
「え?」
「ママが少し預かっても良いかな?ちゃんと返すから」
「・・・死神さん良いの?・・・・う~ん、ママだったら良いか!良いよ!でもちゃんと返してね。」
「うん、約束するわ。」
「このおまじないで健人君を振り向かせるんだから。」
「おまじないしなくても振り向かせてみなさいよ、ママの子なんだからそれくらい出来るわよ。」
「そうかな~」
そう言って私は本を鞄にしまうと
「また明日来るからね。」
そう言って私は病室を出ると真っ直ぐ新宿二丁目のBARに向かって歩いた。
「こんな本があるだなんて聞いてないわ。本当に死神だなんて迷惑な。」
そう独り言を言って電車に乗る。
死神だなんて言葉を言ったからなのか何人かがこちらを振り向いたが気付かないふりをして私はつり革を掴んだ。
暫く電車に乗り乗り換えをする。病院から新宿二丁目まで行くのに少し遠い事に今更になって気が付く。
前回行った時はそんなに遠いと思わなかったのだが、死神の本を持っているからなのか鞄が重くどこか足取りも重い。
この本を今すぐどこかに捨てたい所だが、娘に返すという約束と七星に見せたら何か変わるかと思うと捨てる訳無い。
娘は片想いが叶うおまじないをしたいと言っていた。
健人君は、娘と同じクラスで部活はサッカー部に入っており一度授業参観で見た事があったが、外で運動する部活に入っているからなのか日焼けをしていて好青年という印象があった。
「あんな子が好みだなんて知らなかったな。」
鞄に入っている本をチラッと覗きながら言うと
「あの、すみません。その鞄に何が入っているんですか?」
とハーフっぽい子が話掛けてきた
背は私と同じくらいで164㎝程あり、くせっ毛なのかフワフワした髪型をしており肩くらいまでの長さで染めているのか明るい黄色の茶髪をしている。肌が真っ白で何処か日本人離れをしていて物腰柔らかそうな姿に私は、声を掛けられた時は警戒心が強かったのだがすぐに解れた。
「あの・・・貴方は?」
「私は霊媒師をしております。その鞄の中身が気になって、もし宜しければその黒い物を見せて貰えませんか?」
「黒い物?」
私の鞄の中に入っている死神の本は真っ白だ。真っ黒とは何を示すのか私は理解が出来なかったのだ。
「ええ、私には真っ黒な煙に見えるのですがそれが何なのかはよく分からなくて。
急に声を掛けてしまってすみません。でも気になってしまって、どうしてもそれを持ち歩かなくてはいけないのかと思うと。もし何か事故に巻き込まれてしまうのであれば事前に知らせた方が良いかなと思いまして・・・」
「そ、そうですか。実はこれからある霊媒師の所に行こうと思っていたのです。」
「その霊媒師は何処の?」
「新宿二丁目のBARで働いて居る二十歳くらいの子です。その人に先日見て貰ってこの本が今日見つけたので見て貰おうと思って」
「新宿二丁目のBAR・・・それでしたら私も同行しましょう、私の知り合いがそこで働いて居るので私も一緒であれば安心ですし。」
「そ、そうですか?それじゃあお言葉に甘えて・・・」
「いえ、こちらこそいきなり話掛けてしまってすみませんでした。」
「いえいえ、その・・・この本はやっぱり危険な物なのでしょうか?」
「はっきり申し上げますと・・・危険です。」
「やはり・・・」
私の血の気が引いた、どこか足元がふらつくような気がする。
「ごめんなさい、怖がらせるつもりは無いんです。」
「でも・・・」
「大丈夫です、これから行かれる所で少しは祓えると思うので・・・」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、大丈夫です。」
私は信じられないという顔をしながらその女性の言うとおりに、とりあえず一緒にBARまで行く事にした。
乗換えた電車を降りて改札を通る。
女性は不意に
「本当は今日虎屋の羊羹を買いに来たんです。」
と言った。私は何の事なのか分からず一瞬止まったが世間話かと思いすぐに
「そ、そうなのですね。羊羹お好きなのですか?」
「ええ、羊羹好きなんです。久しぶりに食べたくて新宿まで出てきたんです。」
「新宿に来るのは久しぶりなのですか?」
「いえ、先日さっき言っていたBARに行きました。初めて行ったのですがとても楽しいBARでした。」
「そう、そうなのですね。」
「現哉さんにはお会いなされましたか?」
「現哉さん?」
「少しオネエさんの方です。」
「ああ!あの人現哉さんって言うんですね。」
「ええ、店長さんなのですが凄く素敵な方で。」
「インパクトが凄い方というイメージしか記憶には残っていないのですが。」
「確かにインパクトが強めの方ですよね。」
「ええ、私はその印象しか無くて」
「フフフ、確かにそうですね。」
「そういえば、知り合いの方がそのBARで働いていらっしゃるんですよね?」
「ええ、そうです。」
「その方はどういう方で?」
「ん~大きなわんこみたいな人です。」
「大きなわんこ?」
「ええ、フフフこんな事を言ったって言ったらきっと怒られてしまいますが、本当に大きなワンちゃんみたいな子なんです。」
「そんな人があのBARで働いて居るんですね。」
「ええ、お会いすればすぐに分かると思いますよ。」
「フフフ、楽しみです。」
私は少し明るい気持ちになった。先程まで暗い気持ちと鞄の中にある本の事で頭がいっぱいだったが、少しは気持ちが楽になったのか足が少し軽くなった気がした。
この重い荷物を早く何処かにやってしまいたいそう思うが、娘との約束を破る訳にはいかない。悔しいけれども、娘がああやって気を張れるのも私達では無く死神のお陰なのだから。
暫く歩くとBARの看板が見えて来た。
「もうそろそろですね。」
そう声を掛けると女性は私の鞄を見て険しい顔をした。
「ど、どうしたのですか?」
「あ、ごめんなさい。いやこの中にある本が騒ぎ出したので。」
「え?騒ぎだした?」
「ええ、さっきから私と話している時から変だとは思っていたのですが。急にBARが見え始めてから黒い影、いや黒い煙がモクモクと出てきてさっきから私を弾こうとするのです。」
「弾こうと・・・それは攻撃されているという事ですか?」
「ええ、多分。この本は誰から貰ったとか聞いても良いですか?」
「し、死神からです。」
「死神・・・そうですか。詳しくはあのBARの中で話を聞きます。怖いかも知れませんがきちんと死神について話して下さい。」
そう言うと女性は横に並んでいたのが少し歩くスピードを加速し、BARまで一直線に入っていった。
BARは準備中で準備中の看板が出ている。
もう時間的にも夕方近いからなのかチラホラと並んでいる人が居る。
これは並ばないと話を聞いてくれなさそうと思っていると、女性は列など気にせずにどんどん先頭に向かって歩いて行った。
「ちょ、ちょっと」
と先頭の人を横にずらしたので怪しい目つきで言われるが女性は気にしない。
気にしてくれよと思うが女性はどんどん前に進みとうとうBARのドアを開けた。
「マズイですって、準備中ですし列も出来ていますし並んだ方が・・・・」
「いえ、その本は一秒でも早く祓った方が良いので。列に並んでいる方には申し訳ないのですが・・・」
そう言うとBARの中に入って行った。私も慌てて中に入る。すると中から
「あら~!!お姉さん!!こんばんは~いや~やっだ~今日も来てくれたの~?」
と現哉が出てくる。今日もインパクトが強めだ。
「あら?後ろの方はこの間七星ちゃんにお祓いを頼んでいたお姉さん?また来てくれたのね~どう?あれから変わった?」
「ええ、それが・・・」
私が理由を述べようとしていると女性が急に
「京采は居ますか?」
と現哉に聞いて来た。
「え?七星ちゃん?来ているわよ~呼んでくるからちょっとだけ待っててね~」
と言って現哉はスタッフルームに繋がる扉を開き中に入って行った。
「話を遮ってしまってすみません。でもこれは京采と私にしか出来ない事なので。あまり現哉さんを巻き込みたく無くって。」
「そうだったんですか。こちらこそ気付かず話をしようとしてすみませんでした。そういえば京采さんとはどういった関係で?」
「ああ、それは・・・」
そう言いかけた時に
「姉さん?」
と七星がスタッフルームから現哉と一緒に出てきた。
「ね、姉さん?」
と私は少し後ずさりをしながら女性に聞いた。
「京采。来ちゃった。」
「来ちゃったじゃないよ!ここには来ちゃ駄目って言ったじゃないか!」
「そうね、この間凄く怒られたわ。珍しく。」
その姉弟の会話を聞いてか七星の後ろに居た現哉が
「何で怒るのよ~ちょっと~確かにお姉さんは美人だけれど私は靡(なび)かなかったじゃない!」
「そういう問題じゃないんです。姉さんの姿を見られるのが嫌なんです。」
「減るものじゃないのに良いじゃ無い~。こんな美女そうそう見られないわよ!目の保養になるのよ!」
「現哉さんは少し黙ってて下さい。姉さんに聞きたい事があるので」
「何よ~全く~今日の給料減らしちゃうんだから」
と言ってプリプリしながらスタッフルームに戻っていった。
「姉さん何でまた・・・」
と言い切らないうちに七星が私の事を見る。
今日は大丈夫だ、化粧もバッチリだし少し遠出でもするかのような服装をしている。
恥ずかしくない程に身なりはきちんとしてきたはずだ。
でもこんなイケメンに見つめられるとドキドキして目線をウロウロしてしまう。
どうしよう・・・そう思っているうちに
「そっか・・・姉さんが連れて来たんだね。」
と言った。
何の事かと思って口を開くが言葉が出ない、何故か声が出ない。
えっと思うと下を向くことが出来ない。
というよりも身体が動かないのだ。
(どうして?)
そう思うが金縛りに遭っているかのように身体が動かない。
身体が動かないだけでは無く、足に力が入らない。
どこか浮遊しているような感覚だ。
頭も何故か真っ白になっていく。
どうしたのだろう、考えても何も答えが思い浮かばない、何故こんな事になってしまったのだろう。
「すみません、この店に入ったらきっと身体が動かなくなるかなと思っていましたが、本当に動かなくなってしまったのですね。大丈夫です、すぐに動けるようにしますね。」
とお姉さんが言うと鞄から緑色の珠々を取り出しお経を唱え始めた。
左手に持つ珠々に右手は私の腕に添えられている。
私はただお経を唱えられているのをジッと見る事しか出来なかった。
「・・・・はあ!!」
と息がいきなり肺に入ってきた感じがする。呼吸が止まっていた訳では無いのに、呼吸が数分止まっていた様だった。
「大丈夫ですか?」
お姉さんが声を掛けてくる。
「す、すみません。大丈夫です。」
と答えるのがやっとだった。
「大丈夫ですよ、そうなるだろうと思っていたので。むしろこちらこそ黙っていてすみませんでした。」
「そうだったんですね。」
ゼーハーしながら答えた。
「改めまして、私は七星柑奈(ななせ かんな)と申します。」
「ななせ かんな・・・」
「ええ、それが私の名前です。」
まだ頭の中がフワフワしていてしっかり理解が出来ない。この人の名前なのだろうか。
「あの、大丈夫ですか?」
と柑奈に聞かれるが私は答える事が出来ず目の前が真っ暗になるのを感じた。
***
「すみません、まさか意識失うと思わなくて・・・」
と申し訳なさそうに柑奈が言う。私は
「大丈夫です、むしろこちらこそご迷惑をおかけして・・・」
数分だったが意識を失っていたらしい。
「いえ、大丈夫ですよ。意識を失っていたのも数分でしたし。」
「そうだったのですね、それにしてもどうして急に身体が動かなくなったのでしょうか?」
「それはあの本が関係していると思いますよ。」
と言って私が気を失っていても手から離れなかった鞄を指さした。
鞄を見た時ゾッとした。
気を失っていて力が脱力していたはずなのに、この鞄は私から離れなかったのだ。
血の気が失っていって青白い顔になっていくのが分かる。
「すいません。何故この本が関係するのでしょうか?やっぱり本物なのでしょうか?」
「そうですね。本物かと聞かれたら本物だと答えるのが正解かと。本を見せて貰えませんか?」
「ええ。」
そう言って私は本を鞄から取り出し柑奈に渡した。
「これですけれど・・・」
そう言って死神の本を柑奈に渡す。
「これですか?」
そう言って柑奈は本に触れた。
ページを何ページか捲るが何も柑奈も近くで見守っている弟の京采(けいと)も言わない。
「あの・・・」
沈黙を破ったのは私だ。
「すみません、この本何が書かれているか分かりますか?」
「え?」
私は本を覗き見する。本にはおまじないの仕方について書かれている。
「おまじないです。恋が叶うおまじないとか呪うおまじないとかが書かれているって娘は言っていましたけれど。私は、中身をしっかり見た訳では無いので。」
「そうですか、私には誰かがいたずらに井口という判子を沢山押したノートにしか見えないのですが。」
と柑奈が言う。
「俺も。」
京采までそう言うのだ。
「そんな!嘘よ、だってこうやって文字が・・・あれ?」
私はもう一度ノートを見返すと文字が消えていくのが見えた。
「文字が・・・」
「消えていっているのですね。」
「そんな!さっきまでびっしり文字が書かれていたのに。それにどうして苗字の判子がこんなに沢山・・・」
私は怖かった、急に文字が浮かび上がっていくようにして消えていく。それと共に浮かび上がっていく井口の判子。こんな恐怖な体験は初めてだった。
私が慄いているのにも関わらず柑奈は、
「私が触れたからでしょうね。」
と真剣な顔でノートを見ながら言って来た。
「そんなことあるのですか?」
私は震える身体を押さえながら聞いた。声が震えるが聞かないと先に進まない。
「ええ、霊の事を仕事にしているとそういう事は何度かあります。」
「霊の仕事?」
この人はさっきから何を言っているのだろう。
「ええ、申し遅れました。私霊媒師をしています。」
「れいばいし?」
「ええ」
頭が追いつかない、この人は霊媒師と名乗ったのだろうか。
そこで気が付いた、弟が霊媒師をしているのなら姉が同じ業種をしていても変では無い。
「ああ。」
気が付いたら言葉が出ていた。どこか納得したような声が出た。
本当に納得したかと聞かれたら嘘になるだろう、正直頭が追いつかないのが本音だ。
「いきなりで理解されるのにお時間必要になりますよね。最初に名乗れば良かった、気が回らなくてすみません。」
「いえ、正直なんて言ったら良いのか分かりませんが、お姉さんも霊媒師をされていらっしゃるんですね。」
「ええ、弟の京采と一緒に霊媒師の仕事をしています。今日は木々達がざわめいたのもあって、弟のバイト先まで出向いたのです。」
「そうだったのですね。」
木々達がざわめいたとはどういう意味なのだろうか、この人は木と話が出来ると言いたいのだろうか。
少し怪しい気もするなという気持ちが顔に出ていたのだろう。
「信じるのも信じないのも自由ですよ。」
と柔やかに言われた。
考えている事が知られて恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「す、すみません。」
つい謝ってしまった。
これじゃあ本当に考えている事が伝わってしまった。やってしまったと顔をしかめた。
「フフフ、正直ですね。京采とはどういう繋がりで?」
「ああ、ママ友がネットで検索してくれて口コミで一番良かったと評判だったのでお伺いしたのです。」
「そうなのですね、京采そんなに口コミで評判なのね。」
そう言って柑奈は京采を見る。
「うん!最近は、よく口コミを見て相談しに来たって言う人多いよ。」
京采は褒められたのが嬉しかったのか、目を輝かせている。
「そうなの、それで沢山の人の相談を乗っているのね。凄いわ。」
「有り難う姉さん。それでこの人の相談はどうしたら良いのだろう。」
そう言ってこっちを見る。私は二人の会話をボーとしながら聞いていたので、急に話を振られてハッとなった。
「そうね~、このノートはもう何の力は持っていないわ。でも危険なのは間違いないわね。」
「このノートはただのノートになったって事でしょうか?」
そう聞くと柑奈はこちらを見て大きく頷きながら
「ええ、このノートはもう力がありません。でも娘さんが危険なのは間違いないです。娘さんはどこにいらっしゃいますか?」
「神崎病院です。」
「確か、大きい病院ですよね?」
「ええ、癌を患いまして今入院しているんです。」
「そうなのですね、辛い話を聞いてしまってすみません。」
「大丈夫です、娘は大丈夫なのでしょうか?」
「今の所何とも言えないです。詳しいことを聞いても良いですか?」
「ええ。」
「娘さんが死神を見えるようになったのはいつ頃ですか?」
「えっと2クール目に入った時からです。1クールの時は口内炎が口の中に沢山出来てしまって、話す事すらも難しくて筆談で教えてくれたんです。その時の看護師さんは口内炎が出来た事気付いてくれなくて、知った時には口の中が沢山口内炎でいっぱいでした。その時は死神の話はしていなかったのですが、2クール目に入った時に娘が病室の端を見ながら言ったんです。『死神が見える』と。その時には口内炎も消えていましたし、普通に話せるようになっていました。」
「急に死神が見えると言い出したのですか?」
「ええ、最初は抗がん剤の副作用なのかそれとも妄想なのか、それとも嘘を言っているのか分かりませんでした。しかし、日に日にその死神が本当にいるかのように会話をし始めたのです。最初はそれこそ、そういう嘘は止めなさいと言い聞かせました。でも嘘じゃ無いって、娘は言うのです。それで、娘は虚ろな目をしながら死神と会話をする頻度が上がり私が制ししても、聞こえないふりをするか死神に仲良くしちゃ駄目だってママが言っているとか言い出して。医者に何度も訴えたのですが原因が分からないと言われて、看護師さんに話をしたらそういう患者さんは前にも居たって聞いて、その人達はどうなったのかと聞いたら皆さん亡くなったって。それで私このままじゃ死神に娘が連れて行かれそうな気がして、それで口コミで有名だった七星さんに相談しに行ったのです。」
「そうだったのですね。詳しく話して下さり有り難うございます。」
柑奈が頭を下げる。私も連れられて頭を下げた。
「死神からノートを貰ったのは直接貰ったとかは言っていましたか?」
「いえ、そこまでは聞いて居ません。でも気が付いたらノートが置いてあったのです。それでこのノートは何?と娘に聞いたら、死神さんから貰ったと言っていて気味が悪くて・・・」
「そうですよね、その中身はさっき言っていたおまじないで合っていますか?」
「ええ、そうです。娘は片想いしている男の子と結ばれるおまじないをしたいと言っていました。」
「そういう、世間話も死神としているのですね。」
そう言われて私は改めて恐怖心を感じた。凜々花は死神に好きな子の事を話しているのだ。
そういう話をしているという姿は私が見る限り見た事が無い。という事は私が居ない間も死神と話しているという事になる。
「あの、娘は死神と頻繁に話しているって事ですよね。それって大丈夫なのでしょうか?死神に連れて行かれたりしないでしょうか?」
「それは分かりません。今の所死神に気に入られているのは間違いないと思います。娘さんにお会いしたいのですが、都合は如何でしょうか?」
「娘にですか?」
「ええ、直接お話させて貰って死神から姿を消すという方法を探したいのですが、如何でしょうか?」
「姿を消す・・・」
「一度死神に目を付けられると厄介な事になかなか手放してくれないのです。死神は気に入った子を見つけては傍に置きたくなるらしいんです。何度か死神にお会いした事はありますが、厄介な死神が多かったです。」
「死神を祓う事は出来ないのですか?」
「死神は神に近い存在なので、祓う事は出来ません。でも死神に姿を見せなくなる事は出来ます。」
「それはどうやって。式神を使います。」
「式神ですか?」
「ええ、式神に娘さんの血文字を書いて貰って身代わりにします。」
「血文字・・・」
ゾッとした。血文字という事は凜々花を傷つける事になる。本当にそんな事で死神から解放されるのか。
「怖いですよね、それに痛いですし。看護師さんが協力してくれたら血液検査した際に血液を少し貰えたら一番良いのですが・・・」
「そ、それならお願いしてみます。娘を傷つけるくらいなら血液検査で取った血を使った方が良いですし。明日病院に行くのでその時にお願いしてみます。」
「そうですか、それなら良かった。娘さんを傷つける事はなるべく避けたいので。」
「それで、その式神を使えば死神から姿を消すことが出来ますか?」
「ええ、それで上手くいくと思います。私も何度か死神と話した事はありますが、式神でのお祓いの仕方なら上手く出来たので。私がお祓いをした方々は今は元気になり、死神を見る事も無くなったと聞いて居ます。なので、安心して下さって大丈夫だと思いますよ。」
「安心しました。お祓いを頼んだ方達は生きてらっしゃるんですね。」
「ええ。それでお日にちの事なのですが、いつが宜しいでしょうか?」
「出来れば明後日くらいにはお願いしたいのですが。」
「・・・・ええ大丈夫ですよ、午前は他の仕事が入って居るので午後からで良ければ。」
「是非!お願いします!」
「それでは明後日の午後に予定組みますね。待ち合わせは神崎病院で良いでしょうか?」
「ええ、それで結構です。」
「分かりました。それでは明後日の午後神崎病院にて待ち合わせという事で。」
「あの、お代は。」
「ああ、それなら交通費だけで結構ですよ。」
「そんな!」
「私達は口コミで来られた方からは基本は無料で承っているのです。」
「そんなことをしたら儲けにならないじゃ無いですか!」
「ええ、それで良いんです。口コミで来られた方は、基本清めの塩でなんとか収まる事が多いので。塩もキッチンの塩ですし特別な塩を使っている訳では無いので。」
「そ、そうなんですね。」
「ええ、だからお金のことはご心配なさらなくて大丈夫ですよ。」
「あ、ありがとうございます。」
私は何に対して有り難うと言ったのか分からないが、その時は口から零れるように言葉が出たのである。
私はこの後どうしたら良いのだろうと思っていたら、スタッフルームから現哉が出てきて
「あっら~まだ居たの?もうそろそろしたら開店なのよ~お姉さんはこのまま飲むでしょ?」
「ええ、お酒を頂こうかと。」
と柑奈が言う。
「そちらのお姉さんは?」
と私の方を見て現哉が言った。
「わ、私ですか?」
私はもう36歳だからお姉さんと言われるには、もうほど遠い年齢になっている。
それなのにお姉さんと言われて凄く驚いた。
「そうよ~皆可愛いお姉さんよ~」
「有り難うございます。でも私はもうそろそろ帰らないと、夕飯の支度もあるので。」
「あら~それは残念。今度は息抜きにいらっしゃいよ!」
「ええ、ご迷惑でなければ息抜きに来させて下さい。」
「そんな固くならなくて大丈夫よ~ここは憩いの場なんだから~」
現哉がファサーと効果音を自分の口で言いながら、両手を広げる。
「現哉さんが居ると憩いの場にはならないですけれどね。」
と京采が言った。
「ちょっとそれってどういう意味よ~七星ちゃん最近、私に対して毒舌過ぎるんじゃない?」
「そんな事ないですよ。」
としらばっくれたように京采が掃除道具を持ち出して床の掃除を始めた。
私はフフフと笑いながらその様子を見ていた。
そして思ったのだ。こうして穏やかな時間を過ごしたのはいつぶりなのだろうかと。
いつも凜々花の事で頭がいっぱいで、最近は死神に悩まされているし、夫にも話をしていてもほぼ聞いて居ないに等しい。
柑奈を見ると同じく京采と現哉のやり取りを聞いて、口元に手を当てながらコロコロと鈴が鳴るような声で笑っている。
この人が凜々花を救ってくれる。そう思うと背は変わらないのに何故か私より大きく見えた。
私は暫く京采と現哉のやり取りを聞いていたが、時間が開店時間に迫って来たのでお暇をする事にした。
死神のノートはこのまま持ち帰って処分しても良いとう事だったので、そのまま持って帰った。
本当は持ち帰りたく無かったのだが、もう一度処分する前に中身を確認したかったというのもあって、持って帰ってきた。
帰り道軽くなった荷物を片手に帰ると、安心したからなのかお腹が空いてきた。
今日は朝ご飯を食べてから何も食べて居ない事に気が付いた。
凜々花の事が心配だったというのもあるけれど、死神の事を考えていたら食欲が湧かなかったのだ。
「今日はビーフシチューでも作るか!」
少し気合いを入れ直して私は帰路に着いた。
***
「ママこの人達誰?」
と凜々花の病室に私と柑奈と京采が集まったのを見て、凜々花は困惑した様子でこちらを見ながら言う。
「この人達が凜々花を救ってくれるのよ。」
「お医者さん?」
「少し違うわ。でも救ってくれるのには間違いないから。」
七星京采のバイト先であるBARに行った次の日に、凜々花が入院している病院の看護師に頼み込んで血液検査を含めて少し血を貰ったのだ。
頼み込んだ看護師は私に死神が見える人は皆、死んでいるという事を話してくれた人で、最初は霊媒師に対しして怪しんでいたが死神をお祓いしたいと伝えたら、快く血液を多めに採るという事を了承してくれた。
凜々花にも夫にも霊媒師の話はしていない。
夫は昨日帰ってきて私が手の込んだビーフシチューを作っている事に対して怪しんでいたが、私が凜々花の様子が少しは良くなるかもしれないわという事を話したら、すぐに納得してお風呂に入ってしまった。
本当に鈍感な人で安心した。
いつもなら何故気付いてくれないのかと怒るところだが、こういう時は鈍感で良かったと思う。
その一方凜々花は私に似て感が鋭い。
霊媒師が来た事は分かっていない様子だが、何か起こる事は感じているようだった。
「死神さんと何か関係があるの?」
ギクリとした。ここまで感が鋭いとは・・・するとその様子を見ていた柑奈が
「こんにちは、死神さんとは仲が良いの?」
「え?死神さんと?」
「ええ、死神さんと・・・」
凜々花は柑奈の顔がハッキリ見えたのだろう、少し顔を赤らめながらしどろもどろに話す。
「死神さんは、私の事を理解してくれているの。」
「理解?」
「そう、この病気になって苦しいよねとか怖いよねとか言ってくれて、それで苦しい時に傍に寄り添ってくれるの。」
「それはお母さんも同じじゃないかな?」
「少し違うかな。だってお母さんは面会の時間が決まっていて時間が過ぎると家に帰っちゃうけれども、死神さんはずっと傍に居てくれるもん。」
「そうなんだね。死神さんの事を怖いと思ったことは無いのかな?」
「最初は怖かったよ。でも、死神さんは私の事は連れて行かないから安心してって言うから。大丈夫になったよ。」
「死神さんは何処に連れて行かないって言ったの?」
「黄泉の国!」
「黄泉の国か~そこに連れて行かれたらどうなるのか分かる?」
「う~ん、死んじゃうって事かな?」
「そうだね、黄泉の国に行ってしまったらお母さんともお父さんとも勿論友達とも会えなくなるよね。」
「健人君にも?」
「健人君?」
「うん。」
「勿論、健人君にも会えなくなるよ。凜々花ちゃんからは見えていても、相手は見えないから透明人間になった感じになると思うよ。」
「透明人間?」
「幽霊になったら、地上へは降りて来れるけれどもまるで自分が居ないかのように周りは成長していって、自分だけが取り残されている感じになるよ。」
「そんなの嫌だ!」
「そうだよね、お友達が大人になっていくのに自分だけは子供のままは嫌だよね。だったら死神さんとはバイバイした方が良いとお姉さんは思うのだけれど、どうかな?」
「死神さんとバイバイしたら黄泉の国に連れて行かれることは無いの?死神さんは連れて行かないって言っていたのに?」
「死神さんはお気に入りの子を見つけると、そう言って近づいてくるんだよ。それで、信用させて一緒に連れて行っちゃうんだ。」
「死神さんは嘘を言っているって事?」
「嘘かどうかは分からないけれども、信用は出来ないかな。」
「そっか、私は死神さんを信じたいけれども黄泉の国に連れて行かれるのは嫌だな。」
「バイバイ出来る?」
「・・・・うん、梨花と健人君の方が大事だもの。」
「そっか、じゃあこれから死神さんとバイバイする為の儀式をするから少し待っていてくれる?」
「儀式?」
「死神さんとバイバイするのに、ちょっとした儀式が必要なの。普通にじゃあバイバイと言って分かってくれる相手じゃないから。」
「死神さんは少し怖い人なんだね。」
「そうだね、良い人では無いかな。」
「じゃあその儀式見てても良い?」
「勿論!」
そう言って、柑奈は京采に目を配らせると京采は私を呼び
「娘さんの近くに行って下さい。」
と言った。私はすぐに凜々花の傍に行くと京采が珠々を腕から外し左手に持った。
「このお兄さんイケメンだね。」
とコソッと凜々花が私に耳打ちしてくる。
「お父さんと別れて絶対アタックした方が良いよ。」
と言われて私は吹き出して笑った。
京采はそのやり取りを聞いていたのか分からないが、無表情のままだった。
一方柑奈は大きなリュックサックからお清めの水らしきボトルと人間の形を模った式神らしき紙と先程看護師から貰った凜々花の血を用意する。
病室のベッドに備え付けられている机に一式並べると柑奈は緑色の珠々を取り出した。
「お母さん、娘さんがこれから何を言っても儀式の邪魔だけはしないで下さい。チャンスは1回きりなので。」
「分かりました。」
私は先程までの穏やかな空間から、急に緊張の空気が流れてくるのが分かった。
柑奈は全体的に穏やかな顔をしているが、目だけは鋭く何かを睨みつけるような顔をしている。
「それじゃあ始めます。」
そう言って一枚の神を凜々花に渡して来た。
「凜々花ちゃん、ここに名前を書いてくれるかな?」
「え?良いけど。」
と言って、凜々花はか細い腕を持ち上げてペンを柑奈から受け取り式神に井口凜々花と書いた。
「有り難う。これからこの式神に血文字を書くからちょっと待っててね。」
と言って、柑奈は自分の親指に凜々花の血を付けて、式神に何かを書き始めた。
少し柑奈の手元を覗くと式神には凜々花の名前が血文字で書かれていた。
「よし!準備が整いました!これから死神さんと凜々花ちゃんの繋がった糸を切る為に少しだけ凜々花ちゃんには痛い思いをして貰います。」
「痛いってどんな感じに?」
と凜々花が柑奈に聞く。
「少しだけ苦しいっていう感じかな。すぐ終わるから少しだけ耐えてくれたら大丈夫だよ。でも、口からは思った事じゃない言葉をツラツラ言うから不思議な感覚になるかも。」
「何それ、ちょっとだけ楽しみかも。」
「フフフ、どんな言葉が出てくるか楽しみだね。」
と言って、式神を凜々花の胸元に押し付けて
「じゃあ始めるよ。」
と言ってお経を唱え始めた。
暫くお経を唱えていると凜々花の様子が変なことに気が付いた。
目が血走って柑奈の事を睨みつけている。
「またお前か。」
と凜々花が言った。
私は今まで凜々花の声で聞いた事が無いような音だったので、ビックリしたが柑奈は何事も無いかのようにして
「前に会った事がある死神?」
と聞いた。
「お前が忘れていても俺は忘れない。この子の魂は俺が持って行く。」
「そうはさせないと言ったら?」
と言って、式神を凜々花の胸に押し付ける力が少し強くなる。
「グググ、それでも俺は連れて行く。この子はそれを望んでいる。」
「別に望んじゃいないさ。お前の勝手な思い込みだろう。」
「そんな事は無い。ところで凜々花を何処にやった?」
「え?」
私は凜々花のいや死神の声に驚いた。
何故なら死神は凜々花の身体を通して話しているのに、死神は凜々花の存在を認識出来ていないのだ。
「凜々花ちゃんならそこに居るだろう。」
と柑奈が言う。
「これはお前が作った虚偶だろう。偽物だって分かっているんだ。」
「い~や本物だ。」
「嘘だ。」
「何故嘘を吐かなくてはならない。」
「凜々花を連れて行かせない為に嘘を吐いているんだろう。」
「それはどうかな。」
「はっ!お前等みたいな人間に俺を騙せるとでも思ったのか?」
「ならば目の前に居る娘に話しかけてみろ。」
「何だと?」
「娘に話しかけてみて答えが返ってきたらそれは本物だろう?」
「何をバカバカしい。」
「良いから話掛けてみろ」
そう言って柑奈は目を瞑り何かをブツブツ言いながら式神を凜々花の胸に強く当てている。
その姿は何かを祈っているようだった。
暫く沈黙が続く、私はどうしたら良いのか分からず柑奈を見る事しか出来なかった。
柑奈は額に汗を掻き頬に汗がつたっているのを気付かないのか、それとも知らないフリをしているのか分からないが、それだけ何かに集中して一生懸命何かに問いかけていた。
「心の臓の音が聞こえぬ。」
と凜々花の身体を借りて死神が言う。
「心臓など、死神が欲しがるか?」
汗がポタポタと落ちる中で柑奈が言った。
「生きている者でなければ意味が無いだろう。」
「魂さえあれば良いのでは?あれだけ傍に居たんだ。魂の匂いくらい分かるだろう?」
「ふん、祖母さんが死ぬ時はあれだけ泣きじゃくっていたお前が偉そうな口を聞くようになったな。」
「そんな話、今関係があるのか?」
「いーや、俺は世間話をしたくて言っている訳じゃ無い。凜々花の魂を邪魔する者は排除したいだけだ。」
「ずっと目の前にあるのに、それを見て見ぬふりをするのはどうかと思うがな。」
すると凜々花の身体を借りた死神が
「分かった。この魂を今貰おう。」
と言った。式神が本物だと思ったのか、それとも本当に凜々花が死神に見つかってしまったのか。
この儀式というのも怪しいものだ。
本当は死神と手を組んでいて、死神に魂を渡す人達だったのでは無いかと思うと私はこの人達を信用して良かったのかと思えてきた。
報酬は貰わないという所から怪しいと思っていたが、この人達は実際何の力も無くてただ霊媒師の真似事をして楽しんでいるのでは無いかと思うとこの儀式を壊したくなってきた。
凜々花の胸に未だに手を当てている柑奈の手を振りほどこうと手を伸ばした瞬間、京采がそれを阻止してきた。
「何を!」
と言うと
「シー」
と人差し指を口に当てて言って来た。
まるで子供をあやすかのような仕草に私は思考が止まってしまった。
すると、柑奈が急にお経を唱え始めた。
柑奈はもう額だけでは無くて、汗がボタボタと床に落ちるほど汗だくだった。
すると血走っていた凜々花の目が段々落ち着きを取り戻し、穏やかな目になってきた。
「ママ?」
と私を呼ぶ声がする。
私は気付いたら両目に涙が溢れてきて、頬に涙が伝っていくのが分かった。
京采が
「もう大丈夫ですよ。」
と言って制していた手を下ろした。
柑奈がもう一度お経を唱えて
「はい、これで終わりました。ふー、やっぱり死神相手は疲れますね~」
と言った。
「凜々花!」
私は柑奈の言葉が言い終わらないうちに凜々花を強く抱きしめた。
痩せた身体に痛々しい点滴を付けた娘は小さくそして温かかった。
「ママどうしたの?」
状況が飲み込めないのだろうか、それとも私が泣いているからなのか凜々花は私の背中に手を回しゆっくりと撫でてきた。
何て優しい子なんだろうと思いながら、私は
「もう大丈夫だからね。」
と言った。
柑奈は全てが終わった後慣れた手つきで片付けをし、式神は家でお焚き上げすると言う事で持ち帰ると言ってジップロックに入れた。
そして、私と柑奈、京采は病室から出て病院の出入り口まで行くと
「本当にお支払いは交通費だけで良いんですか?」
私は七星姉弟に聞く。
柑奈が
「ええ、私達で決めた事ですので。」
と言った。
「でも、私本当は儀式の途中で貴方達の事を偽物なんじゃないかと思ったくらいなんですよ。それだけでも失礼なのに、途中で儀式を止めようとしてしまったし。」
「いえ、よくある事なので大丈夫ですよ。それより、あの聖水と言ったら聞こえが良いでしょうが、あのお水ですがただの天然水の水なのですが私の念を込めたので毎日コップ一杯を目安に凜々花ちゃんに飲まさせて下さい。それでしっかり死神とは縁を切れると思うので。」
「はい、分かりました。本当に何から何まで有り難うございました。」
「いえ、それでは私達はこれで」
と言って七星姉弟は病院を後にした。
私は七星姉弟を見送ると凜々花の病室に戻った。
「凜々花大丈夫?」
ぼうっと外を見ていた凜々花に話掛けると
「このノート何?」
と聞いて来た。
そのノートは死神のノートで鞄の中に入れっぱなしになっていたのを、凜々花が見つけたらしい。
「え、死神のノートだけど。」
と答えると
「こんな悪戯みたいなノートが死神さんのノートじゃないよ。ママ。」
と言って来た。
ああ、本当に元に戻ったのだ。
「良かった。」
と言うと
「何が?」
と娘は聞いて来た。
私は
「何でも無いわ。」
と言うと
「あーあ、恋のおまじないだけは覚えとけば良かった~」
と言って娘はコロコロと笑った。
***
「はあ、はあ、はあ」
息が切れる。
走っても走っても追いかけてくる。
アイツはどれだけ逃げても追いかけてくる。どこに居ようがアイツは追いかけてくる。
「はあ!!!・・・・はあ、はあ、はあ」
俺は夢から覚めた。
「また夢か・・・」
そう言って布団から出て台所に行き、百均で買ったコップを取り出して水道の水を入れてゴクゴクと飲んだ。
「は~・・・」
今日で何日目だろうか。
あの日から毎日同じ夢を見ている。
「何なんだよ、ちくしょう。」
そう言って俺は乱暴に飲み干したコップを流し台に置く。
チクタクチクタク時計の針の音だけが聞こえる。
コツコツという音が聞こえた。
俺はまさかと思って玄関のドアの所に行き、覗き穴から外を見た。
するとOLなのだろうかもう零時は過ぎているのに女性が一人、左から右へと俺の部屋の前を通り過ぎるのが見えた。
「アイツじゃない。」
そう思って俺は床に座り込んだ。
暫くコツコツと聞こえたと思ったら、ガチャンと鍵を回す音がする。
隣の隣に住む人だという事が分かった。
このアパートは壁が薄いのか生活音が丸聞こえである。
さっきの流し台にコップを置いた音も隣には聞こえているだろう。
明日何か言われるかもしれないと思うと気が滅入る。
明日というかもう今日は一限から授業がある。
「また寝られねーじゃん。」
と一言呟くと隣から
「うるさいぞ!」
と怒られた。
やっぱり起こしてしまっていたらしい。
俺は布団の所に戻ると携帯を弄り始めた。
あの夢を見た後は暫くは寝られない。
なので、携帯を眺めて数十分でも寝られるように心を落ち着かせるのが俺の最近の日課だ。
「良いバイト無いかな。」
SNSを見ながらバイトの事を考える。
俺は今レンタルビデオ屋さんでバイトをしている。
時給は安く、最近は皆インターネットでレンタル出来るからわざわざレンタルビデオ屋に来る必要もなくなり、客足が遠のいているのか利用者は少ない。
いつクビになっても良いように新しいバイトを探さなくちゃいけないのに、なかなか次が見つからない。
早くお金を稼いでこんなボロアパートから引っ越したいのだが、なかなかそうはいかない。
「は~」
と溜め息を吐いていると
「見回り募集」
という文字が見えた。
何だ?と思って内容をよく見ると
日給三万円、服装自由、髪色自由
一人住まいの高齢者の家に体調が悪くないか確認して貰う仕事です。
残業は勿論ありません。
交通費も全額支給です。
高齢者とお話をするだけの仕事。
一人で暮らしていて寂しい思いをしている高齢者に寄り添える人を募集しています。
話す事が好きだという方、また地域と交流を持ちたいという方、ボランティアとして活動したい方に向いている仕事です。
そう書いてあった。
(何だこれ)
と思いながらも日給三万円は夢のような金額で、そして高齢者の話をするだけで給料が貰えるなら楽だし良いじゃんと思った。
ボランティア活動としてこれからの就活に対しても役立つだろうし、経験しておくのもありかと思う。
俺はそう思って応募という文字をクリックした。
すぐにページは開かれ個人情報を記入するページに飛ぶ。
履歴書は後日送る事と書かれている。
履歴書を作らなくてはいけないのは面倒だが、日給三万も貰えるなら安いもんだ。
俺はすぐに個人情報を入力し応募ボタンを押してスマホの画面を閉じた。
「これで、この家から引っ越しが出来る。」
そう独り言を言い終わったのか、それとも言い終わる前なのか分からないが、俺は気が付いたら寝ていた。
***
「やべっマジ遅刻じゃん。」
そう言って慌てて俺は服を着替え、ロールパン片手に忘れ物が無いかチェックし戸締まりもチェックして俺は玄関のドアを開けて飛び出すようにして家を出た。
八時半には出ていないといけないのに九時を回っている。完全に詰んだ。
一限の授業は出席が単位の主で、これを落としたら留年も有り得るくらい単位がギリギリなのである。
巨大教室なので上手く潜り込めばいけると思うが、先生の目を盗んで中に入るのは危険な行為だ。
スマホを確認すると九時二十分になっている。
「やべ~マジでやばい。」
意味もなさない独り言に俺は呟くしか出来なかった。
俺は教室に辿り着くと窓から先生が何処を見ているのか確認して、先生が黒板を見ているうちに中に上手く入り何とか出席に間に合った。
「ふ~」
と一番後ろの席で出席カードを書いていると
「これ、今日のプリントなんで」
と言って隣の子が余ったプリントを渡して来てくれた。
俺は
「あ、有り難う」
と言って受け取るとその人は一度見たら忘れられないくらい美男子だった。
何だこの人と思う位イケメンでさっきから前に座る女子の視線は俺では無くて、そのイケメンに向けられている。
タイタニックに出ていたレオナルド・ディカプリオが映画から出てきたと言って良いほど似ていた。
俺がジロジロ見ていたからか
「何か。」
と聞いて来た。
俺は咄嗟に
「何でも!」
と言うと先生が
「こら~後ろの方ちゃんと聞けよ~」
と言って来た。
俺は顔が真っ赤になるのが分かった。
このイケメンのせいで俺は恥をかいた。だけれど、このイケメンを恨むのもなんか負けた気がして嫌だ。
俺は小さく先生に
「すみません。」
と答えると先生は何事も無かったかのようにして授業を続けた。
俺が鞄から教科書を出そうと探していると運が悪く今日は教科書を持ってくるのを忘れたようだった。
隣のイケメンに嫌だったが
「ごめん、教科書見せてくれない?」
と聞くとイケメンは嫌な顔をせずに、教科書を見やすいように机の真ん中に置いてくれた。
「有り難う。」
そう言うとイケメンは
「いえ。」
と言って前を向いた。
その横顔でさえもイケメンで、俺はこの人が大きいくしゃみとかしたらどんな顔になるんだろうと考えていたら授業があっという間に終わってしまった。
『キーンコーンカーンコーン』
チャイムが鳴ると一斉に生徒が立ち上がる。
「教科書有り難う。」
と言うとイケメンは
「いえ」
と言った。前に座って居た女の子をチラッと見ると連絡先を書いたのか、紙を小さく切り二つに折りにして手元に持っている。
俺はそれに気付いて
「なあ、いつもの所に行こうぜ!」
と言ってイケメンの教科書を乱暴にイケメンの鞄に入れると無理矢理引っ張って、教卓の所まで行き出席カードを提出すると廊下に出た。
イケメンは抵抗せずそのまま着いてきて廊下に出ると
「何?」
と聞いて来た。俺は咄嗟に
「お礼!お礼をさせて欲しいんだ。俺この後空きだしもし授業入ってなかったら学食でお礼させて欲しい。」
と言った。
「別にお礼をされる程の事をしていないけれど。」
とイケメンは答える。すると教室からさっきの女の子が追いかけてきた。
俺はまた咄嗟にイケメンを強引に引っ張って学食まで連れて行った。
「はぁ、はぁ。ここまで来れば来ねーだろう。」
と言って俺は無意識にイケメンと手を繋いでいる事に気が付いて急いで手を離した。
「わりぃ。」
手を離すとイケメンは
「はぁ、はぁ、何なのアンタ。」
と言って来た。
俺は汗を少し掻く姿さえもイケメンにしてしまうこのイケメンに少しムカつきもした。
「いや、ちょっと。」
と言うと
イケメンは離した手で前髪を掻き上げて
「あっつ」
と言った。
春になってそこまで暑く無いが日に当たると初夏のように暑い。
「ごめん。」
と言うと
「別に良いけれど、ていうかタメ?」
と聞いて来た。
「俺三年の栗原優作。一応文学部。」
俺は握手をするように手を差し出すと
「俺も三年、七星京采。俺も文学部。」
と言って手を握ってきた。
さっきも手を繋いだが同じ男なのに手が大きくて少し柔らかい。
「七星の手って大きいんだな。」
と言うと
「え?」
と聞き返されたので
「何でも無い、よし学食で何か食おうぜ!朝ご飯食べて無くて俺腹ペコペコなんだよ。」
と誤魔化して学食の中に七星を連れて行った。
***
「本当にコーヒーだけで良いの?」
と聞くと七星はコクンと頷いた。
俺はカレー定食を食べている。朝からカレーかと言われそうだがここの学食のカレーはお袋の味として有名なくらい美味しい。
「ねえ、言いにくかったら言わなくて良いけれどああいうことってよくある事なの?」
「ああいうことって?」
「女性から手紙渡されること。」
「ああ。」
「ああってよくある事なの?」
「・・・・まあ・・・」
「嫌だったらちゃんと断らなくちゃ駄目だぞ!」
「ちゃんと毎回断っているよ。でも毎日違う人達に連絡先を渡される。」
「モテるって辛いんだな。」
「嫌みで言っている訳じゃ無いぞ。」
「分かっているって~嫌みを言う奴だったらとっくにこのコーヒーぶっかけているわ!」
ハハハと笑うと七星は力無く笑った。
「高校の時はこういう事が無かったのだけれど、大学になってからはこういう事がよくあって。」
「サークルは?」
「入ってない。」
「友達は?」
「俺の高校から来たの俺だけ。多分。高校の時に仲良かった奴らとは離れたからそれ以上の情報は分からない。」
「七星を追いかけて大学に来ても分からないって訳か。」
コクンと七星は頷いた。
背は高くて何かとクールなイメージが着きそうなのに、大型犬みたいな大人しい七星に同情すら覚えた。
「よし!じゃあ俺達友達になるか!」
と言うと
「え?」
と目をまん丸にして聞いて来た。
この表情はゴールデンレトリーバーみたいだった。
忘れられないイケメンなのにこんな可愛い表情をするなんて、これは世の中の女性達が夢中になるわけだ。
「俺達が友達になれば何かあった時に助けられるじゃん。」
「それって授業の代理とか言わないよね?」
「え~?」
「授業の代理の為なら友達になんかならないけれど」
「あの授業って代筆不可能だから大丈夫だよ。」
「そうなの?」
「うん、だってあの先生筆跡ちゃんと見ているし。」
「へ~」
「だから俺と友達になってよ。」
俺はこのイケメンに興味津々だった。
俺の眼差しがウザかったのか
「・・・・分かった。」
と七星が答えた。
「よっしゃ~!」
と言うと
「何で叫ぶんだよ。うるさいな」
と七星が言う。
「ごめん、ごめん。何か嬉しくってさ。友達が出来ると嬉しいじゃん。」
「そう?」
「うん、友達出来ると嬉しくならない?」
「別に。」
「え~俺だけかよ~。ねえ、今日は授業何を取っているの?」
「急に何?」
「だって、一緒の授業だったら一緒に行けるじゃん。」
「今日は三限に少年犯罪の授業があるだけ。」
「あれ、もしかして心理学?」
「いや、社会福祉」
「なんだ!一緒じゃん!でも俺少年犯罪は取ってない。その授業面白いの?」
「ん~でも興味深いかも。」
「へ~来年取ってみようかな。」
「就活は?」
「就活ね~何か現実味帯びていないんだよね~」
「まあ俺も同じ感じだけれど。」
「七星はどこの会社に勤めるとか決めているの?」
「俺はバイト先が正社員で雇ってくれるって言っているからそこにしようと思っている。」
「バ先で正社員とか最高じゃん!圧迫面接とかされなくても良いとか最高に良いじゃん。」
「栗原は?」
「俺は今のバイトじゃ食っていくのに必死だから他の仕事を探したいと思っている。パソコンとかは分からないけれども、ITとかは良いかなと思っているよ。」
「福祉出るんだから何か資格取れば良いのに。」
「社会福祉士の資格も考えたけれど俺の頭じゃ、合格出来るのは難しいと判断した。」
「そうか。」
「そうかとは酷いな~そこは否定してくれても良いじゃん。」
俺は少し膨れっ面をしているとチラッと左側を見た。
そこには白いワンピースを着た女性が立って居た。
「あの人綺麗じゃない?」
と言って七星に言うと七星は真っ青な顔をしながら
「いや・・・・」
と言った。
知り合いか?と思って見ているとその女性が手を振りながらこちらに来て
「京采君じゃん!」
と言って京采の横を座った。
何コイツと思って見ていると七星は青白い顔をしながら
「何でここに来ているんですか?」
と言った。
女性は少し首を傾げながら
「京采君に会えるかなと思って。」
と言った。
「七星の知り合い?」
と聞くと
「ん~元恋人みたいな?」
と言って女性が柔やかに言った。
ああ、やっぱイケメンは恋人にするならこんな綺麗な子と付き合うのかと俺は心の底から思った。
***
「コツコツコツコツコツコツ」
「・・・・・はあ!!」
俺は汗だくのまま起きた。
まただ。
この音はまたアイツがやって来たんだ。
この数年同じ夢を見ては息が苦しくなる寸前で起きる事が毎日続いた。
医者にも行った。
しかし、精神科でも内科でもどこに行っても
「貴方の思い込みだと思いますよ」
と言われた。
「はあ・・・・」
キッチンに行き水道の水をコップに満たし、ゴクゴクと一気に喉を潤す。
「アイツ近づいてきているんじゃないのか?」
独り言を言っているつもりが少し大きな声だったのか
「うるせえ!」
と壁を殴られた。
「すみません。」
俺は小さな声で答えると
「コツコツコツコツコツコツ」
と音がした。
はっ!と思って玄関の扉に頬を付けて耳すますと音が俺の扉の前で止まった。
「コンコンコン」
俺は心臓が飛び上がるかと思った。
リビングに飾ってある時計を見ると夜中の三時を指している。
こんな時間に訪ねて来る非常識な人間など俺の知り合いにいない。
「コンコンコン」
また音が鳴る。俺は震える足を静かに引きずりながらベッドまで行き、布団に滑り込み小刻みに震える身体を押さえ込むように丸くなって目を瞑った。
俺は自分の体温で温められた布団に落ち着きを取り戻したのか安心して再び眠りに落ちた。
「ビービー」
枕元に置いてある携帯が鳴った。
「はい」
掠れた声で出ると
「おい、栗原今日は休みか?」
と低い声が電話向こうから聞こえる。この声は・・・は!!
「すみません!店長!寝坊しました!」
「そう、なら良いの。それより栗原君に会いたいって言う人が来ているんだけど今日出勤出来そう?」
「会いたい人っすか?誰だろう。今からすぐに出勤しますので!本当にすみません!」
「寝坊なら仕方無いよ。今から来てね。じゃあ切るね。」
ガチャと電話が切れる音がした。
寝坊を怒られないなんて店長は良いことでもあったのだろうか。
普段の店長ならば首にしてもおかしくないのに。
「俺に会いたい人って誰だろう。」
俺は携帯を片手にベッドから出て服を着替え始めた。
そういえば昨日夜中に来た人は誰だったのだろうか、アイツだったのだろうか。
俺は身震いをして急いで着替え終わった。
バイトに行く準備をして荷物を持って玄関に立ち、玄関の横にある姿鏡に向かって
「うん!よし!気合い入れて頑張るぞ!」
と言って昔流行った高校生ヤンキーを指導する教師役が教室に入る前に気合いを入れたポーズを真似して、えいえいおー!と気合いを入れた。
玄関を開けると人が立っていた。
「あの・・・・・・」
と言って声を掛けると
「ああ、栗原さん?大家の松本ですけれど。朝からすみませんね、今チャイム鳴らそうと思っていたの。まあもうお昼前だけれどお時間良いかしら。」
「ああ、大家さん。おはようございます、用って何ですか?」
「あのね、言いづらいんだけれど毎日大声がするって隣の人から苦情来てて。」
「大声?」
「そう、何でも女の子を連れ込んではしゃいでるって言うじゃ無い。このアパート見れば分かると思うんだけれど壁が薄いのね、音が漏れる事もあるのよ」
女を連れ込んでるってこの大家は言ったのか?俺は動かない頭を動かして大家が言った事を反復して理解しようとする。
「あの・・・・・」
「ほら、大学生だから遊びたい気持ちも分かるのよ。でもね、毎日女の子を連れ込むのは止めて欲しいのよ。それに大きな声ではしゃぐのも止めて欲しいのよね。」
「あの!俺女の子なんて連れ込んでいないですけれど。」
「そんな事は無いわ。隣の人から動画見せて貰ったけれど女性の声が途切れ途切れに聞こえてたわ。何かブツブツ言っている感じだったけれど。」
俺は頭から血が引いていくのを感じた。
「大丈夫?顔真っ青だけれど。」
「あの、ここっていわく付きとかじゃないですよね?」
俺はその言葉を飲み込むのに必死だった。
***
「栗原君遅いよ~」
店長が店の前に仁王立ちになって俺を迎え入れた。店の中は相変わらず人が入っていないし、店の事はそっちのけで俺を待つなんて余程の人が居るのだなと俺は思い店長に頭を下げる。
「すみません!」
店長は、謝罪は良いから早く店の中に入れと言って事務所に連れて行く。
俺は促されるまま店長に着いていくと、一人の女性が椅子に座っていた。
「あんた・・・・」
「やっぱり栗原君の知り合いなんだね!ちょっと僕にも紹介してよ、こんな美女。」
鼻の下を伸ばしきった店長を無視して俺はその女性に寄った。
「なんでここが分かったんすか?」
俺は低い声で言うと
「あら~、怖い顔。」
と言ってペットボトルの水を飲んだ。
事務所に居たのは京采の元カノと自称している安芽(あめ)だった。
茶色の長い髪に茶色の目、クリッとした二重に白い肌。
誰もが美女と呼べるその人は薄気味悪い微笑みを浮かべて俺を見ていた。
「俺、アンタ嫌い。」
俺は素直に言うと安芽は
「あら、奇遇ね私もアンタ嫌い。」
と言った。
「何しに来たの?」
「身辺調査よ。京采の近くに居る人は皆私が排除しているの。」
「七星の身辺調査だと?」
「そう、彼って魅力的でしょ?変な虫が付かないようにしているの」
「七星は知っているのかよ、そんなことしているの。」
「さあ、彼って秘密主義者だから」
「それってスト・・・」
俺が言い終わらないうちに安芽は俺の唇に人差し指を付けて
「シー」
と言った。
その姿は恐ろしい悪魔のような微笑みを浮かべている。
「君のバイト先は分かった。まあ、君は害無いようだから京采と遊んでも良いよ。でも、必要以上に私達の間を邪魔したら許さないから。」
「お前達の関係って、終わっている関係だろ?」
「私達は終わらないわ。京采は私にとって必要な人なの。」
そう言ってまだ鼻の下を伸ばしている店長に
「店長さん、無理を言ってすみませんでした。水有り難うございました。用は済んだので帰りますね。ありがとうございました。」
と言って事務室から出て行こうとする。
俺は安芽の腕を掴んで
「おい!」
と言うと
「痛いな、もう君に用は無いから。」
と言って俺の手を振りほどき去って行ってしまった。
俺は彼女の素性に不安に覚えた。
アイツに伝えた方が良いのでは・・・・・
店長は安芽の姿が居なくなるのと同時に俺に向かって
「おい!あの可愛い子今度紹介しろ!」
と言った。俺は曖昧に頷きながら事務所を出て更衣室に向かい七星に連絡を取った。
『あの女ヤバいんじゃないの?大丈夫か?』
七星から連絡があったのは次の日だった。
***
「おい、大丈夫か?」
学校に着くなり七星に男子トイレに連れて行かれた。
「ここなら彼女は来ない。」
そう言って周りをキョロキョロする七星に俺も一緒に周りを確認する。
「アイツって何者なの?」
俺はあの日あの女に会ってから知りたかった事を聞いた。
「あの子は・・・・・高校の時の同級生だ。」
「え?」
「同級生と言ってもほぼ会話した事無かったんだけれど。あの子生きている子じゃないんだ。死んでいるんだ。」
「はあ?」
「あの子は俺と同じ高校を卒業する前に校内で自殺した子なんだ。」
「その子が例えこの世に現れたとして、何で七星に付き纏うんだ。」
「俺が・・・・・」
「何だって?」
「あの子が自殺しようと飛び降りた時一緒に居たのは俺なんだ。」
「どういうこと?」
「あの子、俺に卒業するときに告白してきたんだ。それで俺は断った。」
「でも、元カノって言ってたよな。」
「お試しでも良いってあの子に言われて、しつこかったから無視していたんだ。でも、彼女の中では付き合っていると思っていたみたいで。」
「何で強く断わらなかったんだよ。」
「断れなかったんだ。似てたから。」
「よく分かんねーけど、それで付き纏っているって訳か・・・・ちょっと待って成仏ってお前呪われているの?」
「まあね」
と半笑いで七星は言った。
「お前、寺行ってお祓いして貰った方が良いんじゃ無いの?アイツ普通じゃないぞ。俺のバイト先にまで来たし。」
「彼女さ、実体は無いんだけれど普通の人にも見えてしまうから死んだ事があまり実感して居ないんだよね。俺が友達居ないのも彼女が原因、まあ女紹介しろよって言われて無理矢理友達にされるよりマシかと思って放っておいたけれど、栗原の所にまで来ていたんならそれは悪かった。」
「七星ってさ霊感あるの?だからそんなに何事も無いみたいな顔してそんな事言える訳?」
「俺霊媒師なんだよ。」
「霊媒師?」
「そう、知らない?俺の事。」
「七星ってそんなに有名人なの?」
「この学校で俺の事知らない人初めて見た。俺の事少なからず知ってて俺に近づいてきたのかと思った。」
「うぬぼれんなよ、イケメン。」
「俺って高校生の時から霊媒師しているんだよ。昔から霊が見えてて祖母が霊媒師しててそれを引き継いで姉と一緒にしているんだ。」
「へ~お前姉さん居るんだ。」
「姉さんは紹介しないぞ。」
「何でだよ、お前の姉さんっていうくらいだから相当な美人だろ?」
「絶対に会わせない。」
「ケチ、それでその霊媒師しているのにどうしてあの子は成仏させないんだよ。成仏させた方が良いんじゃ無いの?」
「それがさ、彼女の念が強くて俺の力じゃ成仏させられないんだ。」
「力の強さとか関係あるんだ。」
「まあね。姉さんならきっと成仏させられると思うけれど。」
「お姉さんそんなに強い力持っているんだ。ますます興味がある。」
「姉さんに興味を持つな」
「ひで~そこまでかよ。てか、七星ってシスコン?」
「は?」
七星が眉間に皺を寄せてイケメンという顔持ちから険しい顔になった。
「やべ・・・・」
「俺がいつシスコンだって?」
「いや~そんなにお姉さんの事大事にしているのかなって思って。」
と言って俺は誤魔化したが
「姉さんは普通の庶民が触れて良い人じゃないんだよ。」
と言った。それは正しくシスコンの鏡である。
「庶民って・・・」
「姉さんは高潔な立派な人なんだよ。そんなそこらの人間が触れて良い人じゃないんだよ。」
七星の顔がどんどんと険しくなる。
「姉さんは、俺の姉さんは・・・・」
「分かった!分かったから!」
俺は七星の両肩を掴んで揺さぶった。
「は!俺・・・・」
正気に戻ったのか険しい顔からスンっと表情が戻った。
「七星、正気に戻ったか?大丈夫か?」
と言うと七星は
「悪い、姉さんの事になると普通じゃ居られなくて。」
と言った。自覚はあるようだ。
「普通に戻ったのなら良かった。」
俺は揺さぶっていた両腕の力を抜き七星の両肩を離した。
「それで、安芽の事だけれど七星に振られたから取り憑いているって事で合っている?」
「うん、まあ大体は・・・」
「それって逆恨みって事だよね。やっぱり成仏させた方が良いんじゃない?」
「それは・・・・」
「成仏させたくない理由でもあるの?」
「いや、成仏はさせた方が良いと思うんだけれど。成仏させるには姉さんの力が必要だから。」
「お姉さんに頼めば良いじゃん。」
「・・・・ない。」
「なんだって?」
「姉さんに女関係の事を知られたくないんだ。」
「何を思春期の子みたいな事を言っているんだ!」
俺は七星の頭を掴んでグリグリとゲンコツの拳を押し付けると七星は逃げようともがいた。
「七星はともかく俺の所まで来ているなんて、これから先人間関係築けなかったら大変な事になるぞ!助けてって言っても誰も助けて貰えなくなるぞ!・・・・俺は頭が悪いからこういう時何て言ったら良いのか分からないけれど、孤独は霊媒師にとって。幽霊と戦う時に不利になるんじゃないの?」
俺はこれでもかって言うくらい力を入れて七星の頭をグリグリとした。
「それは・・・」
七星は逃げるのを止めた。
「お前のお姉さんもきっと助けてくれる人が傍に居るんじゃ無いの?」
そう言うと七星は完全に力が抜けた。
「・・・・・確かに。」
「善は急げで今から七星の家に行くぞ。早くあんな悪霊から離れた方が良い。」
俺は七星の頭を離し、七星の目を見て言った。
七星は嫌な顔をしたが俺がグイッと近づいたら
「・・・分かったよ。」
と言って承諾した。
俺達は授業をサボって七星の家に行くことにした。
「姉さんに会っても惚れるなよ。」
ボソリと耳元で七星は言ったが俺は聞こえないフリをした。
***
「ほえ~ここが七星の家?すっげ~大きいな。」
駅からバスに乗って十五分程の所に七星の家はあった。
大きな家に俺は実家と比べて七星は金持ちなんだと実感した。
大きな木があるその家はどこか懐かしさを感じさせた。
「栗原こっち」
と言って七星が大きな門の隣にある扉を開いて家に招いた。
「七星って金持ちなの?」
「金持ちかは分からないけれど、祖母ちゃんが稼いだ金でこの家買ったんだよ。それを引き継いだだけ。」
「へ~霊媒師って儲かるんだ。」
俺達は扉を潜ると大きな駐車場が目の前にあった。
車が置かれているが他にも車が駐められるのか2カ所ほど空間が出来ている。
「は~」
俺は口が開きっぱなしになった。
玄関まで数分ほどかかるのか少し遠くに家がある。
玄関の所に行くまでに自然で溢れているかのように木々達があった。
「公園みたいだな。」
俺は独り言を言うと七星が無言で玄関に向かって歩いて行く。俺は七星に置いてかれないようにただ着いていくだけだった。
玄関を開けると
「ただいま」
七星が家の中に向かって言った。
俺も七星にくっつきながら玄関に立つと部屋の奥側から
「京采?」
と言って人が出てきた。
その声は都会の雑多した騒音を鎮めるような凜とした声だった。
パタパタという音を立てながらその声の主は現れた。
俺はその姿に驚愕した。
その姿は安芽の姿に似ていたのだ。
茶色の髪に茶色の瞳、そして透き通る白い肌をした人が戸惑いながら俺達の傍にやって来た。
俺は挨拶をすると
「初めまして、京采のお友達?」
と天使が舞い降りてきたかのような笑顔で言われ口をパクパクと動かす事しか出来なかった。俺の隣で
「姉さんに惚れたら殺す」
と物騒な事を言ってくる京采に冷や汗をかいた。
***
「そう、そんな事があったのね。」
そう言って客間に通された俺達は七星の姉、柑奈に向き合うようにして座り今までの事を話した。
「何でもっと早く言ってくれなかったの?」
静かに柑奈は京采に言った。俺は姉弟喧嘩が始まるのかと思っていたが、七星姉弟は喧嘩など小さな争いをせず淡々と話し合いが始まった。
「いつから?」
そう姉の柑奈が問うと京采が小さな声で
「高校三年の時から」
と言った。
「そんな前から。私が傍に居ておきながら全く気付かなかったわ。その安芽さんが悪霊になったらどうしていたの?」
「悪霊にならないって言ってたから。」
「そんな事分からないじゃない。」
「何度か説得したりはしたんだ。でも、絶対に悪霊にならないから傍に居させてって言われて。」
「京采はその安芽さんを成仏して欲しくないの?」
「成仏して欲しいよ。でも、特別扱いしたのは負い目を感じている。」
「そうね、特別扱いしたのは何で?」
「それは・・・・言えない。」
そりゃそうだろう、と俺は思った。俺がここに来て分かったのは七星が安芽を無下出来なかったのは、姉である柑奈にそっくりだったからだろう。
コイツとことんシスコンなんだな。
そういや、安芽を振った時の理由で心に決めた人が居るって言っていたけれど、それってまさか・・・
「あの、栗原君。」
俺は脳みその無い空っぽの頭で考えている時に柑奈から声を掛けられた。
「!はい!!」
柑奈はジッと俺を見つめる。その茶色の大きな瞳に見られていると、世の中の男性は好きにならない訳無いじゃんというくらいの美貌でこの人誰かに似ているなと思った。
「栗原君は悩み事あるんじゃない?」
「え?」
俺は唐突の質問に戸惑った。悩み事?
「あ、抽象すぎましたよね。例えば誰かに毎日、そうねドアを叩かれているとか。」
俺はゾッとした。なんで知っているんだ?
俺は京采にも言って居ないのに柑奈は何で知っているんだ?
「えっと・・・・その・・・・」
「ゆっくりで良いですよ。でもね、早くその怪奇現象は祓った方が良いわ。」
俺はグルグルと頭を回転させて言った方が良いのか言わない方が良いのか必死に考えた。
「大丈夫、栗原君。口にしても呪われるわけでは無いから。話して。」
俺はその茶色い瞳と優しそうに微笑む笑顔にボーとなってしまい、勝手に口からあの日の事を話始めた。
***
俺はあの日バイクで友達と一緒にツーリングをしていた。
車の免許も持っているのだが、車を所持出来る程の金も無いし父親が使っていたバイクをくれると言ったのでその日も父からくれたバイクでツーリングをしていた。
一緒に居た友人は改造したバイクを使っていて爆音が凄かった。
「なあ、優作お前もバイク改造したらどうだ?やっぱり自分の手で改造すると愛着が凄く湧くぞ!」
と友人に言われたが
「いや、俺不器用じゃん。そんな事してバイクが壊れたら親父に怒られるだけだから絶対にしない。」
「確かに優作美術1だったよな。」
「おい、忘れてた記憶思い出させるなよ。」
「いや~、美術の時に描いた狐の絵が未だに忘れられねーよ。」
と友人がバイクを走らせながら笑った。
「おい、あの時のは忘れろよ。」
「だって、狐だって言ってたけれどあれってどう見ても柴犬にしか見れないんだもん。」
「止めろって。」
と言って俺も友人が思い出している作品を頭の中で思い浮かべる。
その時だった。
キキーと友人がブレーキをかけたのだ。
俺はビックリして同じく急ブレーキをかける。
「おい、どうしたんだよ。」
と隣の友人を見ると真っ青な顔をして
「今人居なかった?」
と言った。
俺は周りを見渡したが誰も居なかった。
それもそのはずここは山道で動物は出てくるかも知れないが、通りすがりの人間が道路に飛び出すという心配が無い場所だ。
「居ないけれど何で?」
「今、俺がブレーキかける前に女の人が出てきてこっち見てたんだよ。俺急ブレーキかけたけれど間に合わなくて轢いたかと思って。」
「俺はそんな人見なかったし、お前は誰も轢いてないけれど。」
「本当か?俺バイクその路肩に駐めて確認するから、優作もそうしてくれないか?」
「ああ、良いよ。」
そう言って俺は路肩にバイクを駐めて友人の方に行った。
友人はヘルメットを外しこちらを見ている。
真っ青な顔からして冗談を言っている訳では無いらしい。
俺達は周りをゆっくり確認するように人間、動物が轢かれて死んでいないか確認して歩いた。
幸いこの道路は車が殆ど通らず後方から車が来る事は無かった。
暫く探しているうちに友人が悲鳴を挙げた。
「どうした?」
俺は友人に近づくと友人が腰を抜かしてその場でしゃがみ込んでいた。
俺は不思議に思って友人の傍に行き友人の目線にある物を見た。
そこには長い髪の毛の束が大量に蒔かれていたのだ。
それから友人はバイクで帰れそうに無かったので代行車を頼んで俺達はタクシーで帰路に着いた。
人は轢いていない。でもあの大量の髪は一体。
俺達は一言も話さなかった。
タクシーのおじさんが何か声を掛けて来たが俺達は答える事が出来ず、ただ無言で下を向いていた。
友人宅の方が俺の家よりも近く先に降りた。
俺にお金を渡しながら
「なあ、優作。本当にあれって何かな。俺呪われるんじゃ無いよな?」
と聞いて来た。
「あれはウィッグとかの類いだろう。きっと大丈夫だよ。気にすんな。」
それくらいの言葉しか思い付かない俺の空っぽの頭を、これほど後悔した事は無い。
それでも友人は俺の言葉にホッとしたのか真っ青な顔をしつつも微笑んだ。
その翌日友人は自殺した。
友人は借りていたアパートで首を吊って死んでいたらしい。
その首には長くて黒い髪の毛が巻かれていたらしい。
前日一緒に行動していた俺は警察で取り調べを受けて何か異変が無かったのか、自殺をする些細な事でも良いからきっかけとかは無かったか聞かれたが、あの大量の髪が関係するのか俺は分からず警察には何も知らないと伝える事しか出来なかった。
それから1ヶ月後何も無く過ごして居た俺の前にあの女が現れるようになった。
黒くて長い髪の毛をしたあの女が毎日俺の家に来てはコツコツコツとドアを叩き、ドアノブから覗く俺を睨んでいる。
そんな日が半年過ぎようとしていた。
***
俺は話し終わると柑奈の方に向かって
「俺は呪われているのでしょうか?それともやっぱり何か轢いてしまった事に対して罪があるのでしょうか?」
そう聞いた。柑奈はゆっくり瞬きをすると
「栗原さんの話はよく分かりました。結果から言うと栗原さんは呪われています。ただ栗原さんが見た女性では無く、きっとご友人だった方から呪われているのでしょう。私がここに栗原さんが来た時から見える人は男の人なのです。」
「え。」
俺は血の気が引いていくのを感じた。
アイツが俺を呪っているって?
「そんな馬鹿な・・・柑奈さん、こう言いたく無いんですが適当な事を言って居る訳じゃ無いですよね?霊媒師だろうが霊感だろうが俺が呪われているだろうが、そんな話はどうでも良いですけれど俺の友人が俺を呪っているなんてそんな馬鹿な話が。」
「栗原さん、今あまり眠れていないのと違いますか?」
「それは俺の目の下に隈が出来ているとかで分かる事ですよね?」
「気分を害されてしまっていたらすみません。」
柑奈は座りながら頭を下げた。
「おい、栗原。そんな態度は無いだろう。」
京采が口を挟むが
「良いのよ、京采。亡くなったご友人に呪われているなんて不謹慎にも程があったわ。私の配慮ミスよ。でも、栗原さんそのご友人の髪の色はオレンジでは無かったですか?そして左目の下には涙ほくろがあって。」
柑奈は真っ直ぐ俺を見ながら言った。
「なんで柑奈さんがそれを。」
俺は絶句した。だって友人の髪はオレンジで確かに左目に涙ほくろがありクラスの女子達からセクシーだとモテていたからだ。
黒髪にしていればそれなりにモテていただろうに、大学に入ってからオレンジ色に染めるのに夢中になったのか暫くはオレンジ色の髪型で登校していた。
そのせいでセクシーから一転し、ダサい男として認定されてしまいモテなくなってしまった。
本当にアイツが俺を呪っているのなら、あのヒールの音とドアノブから見えたあの女は一体。
俺は考えていると
「多分栗原さんが考えている女性はご友人が最期に見た霊の姿なんだと思いますよ。多分その霊に殺されたんだと思います。ただ、その事を伝えたくて毎日栗原さんの家に行っていたのではないのでしょうか。きっとその女性はバイクでツーリングした時に轢いたと思われる女性でまた大量の髪もその人のではないのでしょうか。」
「俺はアイツに何をしてしまったのでしょうか?」
「ただ、気を付けろと言いたかったのでは?先程から見える姿からして憎んでいるとかは全くないのです。ただ、気を付けろと言っているようで。」
「気を付けろ。」
俺は何の事か分からない。
「ええ、もし心辺りがあったらいつでも話に来て下さい。もうご友人は栗原さんの家に来ません。ただこのメッセージを伝えたかっただけだと思うので。」
俺はただ頷く事しか出来なかった。
霊に殺されたっていうのにアイツ俺にそんな事を言いに毎日来ていたのかよ。涙が出そうになるのを堪えて話を変えようと思って
「分かりました。それで京采のはどうなるんでしょうか?」
京采はゲッと顔をしてしかめっ面になった。柑奈は溜め息を吐いて
「京采、門の所に居る女性を家に上げなさいな。」
そう言った。京采は
「家に入れなきゃ駄目?」
とこれはこれは可愛いゴールデンレトリーバーのような顔で言う。
しかし柑奈にはそんな可愛い顔は効かないのか
「ええ、招き入れなさい。」
と冷たい声で言った。
京采は両肩を落としながら客間から玄関の方に行き
「本当に入れなきゃ駄目?」
と言った。そんな京采に柑奈は
「ええ、早くしなさいな。」
と言ってお茶を啜って飲んだ。
ガラガラガラと玄関を開ける音がしてまた閉まる音がする。
「あの、安芽に会うんですか?」
俺は先程の気持ちを切り替えて安芽の事を考えた。
きっと京采が心に決めた人って実の姉である柑奈の事だ。
シスコンだとは思ったが重度のシスコンなんだろう。
それを安芽が受け止めるはずが無い。
それに特別扱いしたって事は相当優しかったのだろう。
京采と過ごすようになってから京采が他の女性に対して冷たい態度を取る姿は、何度も見かけた。
それこそ連絡先を渡して来ようとした女性に対して
「こういうのは迷惑だから止めて。受け取らないから。」
と言って冷たい目線で断るのだ。
もう少し優しい言葉で断っても良いのにと思ったが、きっと安芽には優しかったのだろう。
安芽が運命の人っという位なのだから。
暫くしてから玄関がまた開く音がした。
「お邪魔します~!」
と安芽の声が聞こえる。京采が
「中に入って、客間に行って。」
と言った。
「京采、お家に入れてくれて有り難う!」
と嬉しそうに言っているがこれから何が起きるかなんて、思いも付かないのだろう。
俺はこれからの修羅場に緊張していた。
安芽が客間の入り口に立ったか、小さな声がする。
「女が居る。なんで?」
その声の低さからして怒りと憎悪が混じっているのであろう。
「初めまして、安芽さん。」
顔色一つ変えずに柑奈が先手を打った。
「なんで、私の名前知っているのよ。」
安芽が客間に入らず仁王立ちで柑奈に食ってかかる。
「京采から聞いたので。」
「京采?何で馴れ馴れしく下の名前を呼ぶわけ?アンタ、京采の何なの?」
「姉です。」
「嘘よ、だって京采と繋がりないじゃない。」
どういう事だ?繋がりが無いとは?
「異母兄弟なのです。」
「他人にしか見えないけれど。」
「いえ、異母兄弟なのです。繋がりがどう見えて居るのか分かりませんが。そしてそこで立っていても疲れますでしょう。どうぞ、客間に入って栗原さんの隣にお座り下さい。」
そう言って微笑みながら俺の隣に座るように誘導した。
俺は隣に座るのか、まあ確かにこの場面だったら隣に座るしか無いよな。
正直嫌だ・・・
そう思っていた所に京采がお茶をお盆に載せて客間に入ってきた。
「京采、この女性は同学年の方ですか?」
そう柑奈が京采に聞く。
京采は緊張しているのかお茶を安芽の前に置いて、柑奈の斜め後ろに正座をしながら
「そ、そうです。」
叱られた犬のような顔で柑奈の横顔を見る。
「そう、それで安芽さん。何人呪い殺したのかしら。」
「え?」
京采と俺はその言葉に驚き、俺は隣に居る安芽の顔を見た。
「本当に京采のお姉さんなんだね。そういう事分かるんだ。でもね、京采のお姉さんだとしても私を理解することは出来ないよ。それに京采の周りに居る人は私は許さない。」
「安芽さん、京采とはどういう関係で?」
「運命の人なのよ。京采は他の女には冷たいけれど、私には優しかった。まあ、その理由は何となくここに来て分かったけれどね。」
「安芽さん、私も何となく京采が貴方に優しかった理由は分かりますが、それと人を呪い殺すことは違いますよ。貴方は成仏出来ない。」
「私は成仏したくないの。出来ればずっと京采と居たいの。私今身軽なの、生きている時と比べたら凄く違うの。だって強く願えば邪魔者は消えるんだもの。」
「その力は何処で得たのですか?」
「知らないわ、私が死んで強く願ったらこうしてまたこの世に留まる事が出来たし、それに京采に邪魔の人が居たら強く願えばその人が事故や自殺してくれたし。私自身、手はかけてないわ。」
「そうね、安芽さんは実際に手をかけてないのかもしれないけれど、でも貴方が殺したことは間違いないわ。もう普通の成仏は出来ないわよ。」
「だーかーら、おばさん。私成仏したくないって言っているの分かる?」
「さっき聞いたわ。」
流石におばさんは無いだろう。俺は安芽の服を引っ張ろうとして触ったが、俺は安芽に触れなかった。
「え?」
俺は空振りをした手を見つめる。安芽も不思議に思ったのか
「なんで、アンタ私に触れられないわけ?」
と言った。
「いや、俺にも分からないよ。俺も今安芽を止めようと思って触れようとしたけれど、触れられないんだもん。柑奈さん。」
俺は柑奈さんの方を見た。
「この家に今まで入れなかった。いえ、見つける事すらも出来なかったのが今回入れたのは何故?そして見つけられたのは何故?そう思わない?」
少し怖い顔をした柑奈さんが言った。
「私、私京采の後を着いていって。でもいつも途中から京采の場所が分からなくなるの。でも今回は見つけた。それってアンタがわざとここに招いたって事?」
「あら、頭の回転が速いじゃ無い。そうよ、この家はいつもは悪霊が入らないように結界を張っているの。でも今回は流石にもう泳がす事は出来ないと思ってね、結界を緩めたのよ。まあ、また結界を強めなきゃいけないのが面倒なんだけれどね。それでね、貴方には地獄に落ちて貰うわ。」
「はあ?私が地獄に落ちるですって?」
「ええ、貴方には地獄に落ちてもらう。だって人を殺しすぎているもの。このままでは無差別に人を殺す悪霊になってしまう。もうその姿でこの世に居る事も限界のはずよ。
その理由としては所々記憶が曖昧になっているんじゃない?まあ、もう悪霊には間違いはないのだけれどこれ以上は人を殺させないわ。貴方が私の事をどう思うと勝手だけれど、貴方は京采の友人の一人である事は間違いないのだから。」
「私は友人じゃないの、特別な人なの。なんでそんな私が地獄に落ちないといけないのよ」
「特別な人なんかじゃ無い。迷惑なんだ。人を殺しているだなんて知らなかった。」
京采が蚊の音のような小さい声で言った。
「俺はお前を無下には出来ないって言ったじゃ無い!」
張り裂けそうな声で安芽が中腰になって、机の上に身を乗り出した。
「それは・・・」
と京采が柑奈の方を見る。
柑奈はそんな京采を見て溜め息吐いた。
「二人の間の事なんて私は知らないわ。でもね、人を沢山貴方は殺しすぎている。申し訳ないけれど、ここで地獄に落ちて貰うわ。京采良いわね?」
「うん。」
京采は小さく頷いた。
「京采!どういう事よ!私貴方の事を想ってしたことなのに!どうして私を拒絶するの?その女のせい?だったら、私がその女殺してあげるから!だから私を拒絶しないでよ!」
人ってこんなにキーキー声って出るんだ。俺はそう思った。
京采が安芽を拒絶するだって?一度も受け入れていないのに、この女何を言っているんだ?俺はそう思いながら横で喚いている安芽を見た。
「そうだわ、私を地獄に落とすならこの男も連れて行くわ。そうよ!京采にとって大切な友達なんでしょ?だったら連れて行くわ!これでどう?私に手出ししようなんて思わないでしょう?」
安芽は俺の首に手を回して締め付けるようにしてくるが、絞められている感覚は無い。むしろ触れられている感覚も無いのだ。すると柑奈が
「ギャーギャー煩いわね。」
と先程までの顔と違って見下すような顔でこちらを見る。
先程までの天使は何処に?そう思う位表情が別人だった。
柑奈はポケットから煙草を出した。一本煙草を出し、ライターで火を付けた。
「な、何よ。」
狼狽える安芽に、柑奈は煙草を吸うとフーと安芽に向かって吐き出した。
「ぎゃあ!」
と安芽は俺から離れる。
俺は何が起きたのか分からなかった。
「熱い?」
瞳孔が開いた目で安芽を見下す柑奈に俺は恐怖を覚えた。
「何すんのよ!クソババア!!」
安芽が顔を押さえて柑奈を睨み付ける。
「私今まで生きてきてクソババアとかババアって言われたこと無くて。困るな~。それに、私の大事な弟に近づかないで欲しいの。アンタみたいな女が周りに居たら悪影響だわ。消えて。」
そう言ってまた煙草の煙を安芽に吹きかけた。
「熱い!熱い!止めてよ!」
「止めるわけないじゃない。それにね、これで終わるとは思わないで。貴方はこれからもっと苦痛を味わう事になるのよ。」
「何を言っているの。」
安芽が恐怖で満ちた顔になる。
「あら~、さっきまでの威勢はどうしたの?まあ、どうでも良いのだけれど。」
と言って、煙草の火を灰皿に押し付けるようにして消した。
煙草の代わりに珠々を取り出す。
「懺悔なんて聞かなくても良いわよね?」
そう言ってお経を唱えた。
何だ?何が起きているんだ?俺は柑奈とお経を聞き始めてからもがき苦しむ安芽を交互に見る事しか出来ない。
「トントン」
柑奈がお経を唱えながら机を人差し指で叩いた。
すると
「お呼びかな。」
そう声がする。
機械音のような男性でも女性でも無い声が聞こえる。
柑奈はお経を唱えるのを止めて
「ええ、お客様をお連れしたわ。」
そう言った。
「な、何よ!誰!?」
大声で安芽が言う。
柑奈は
「十月四日 満島光 絞殺
十月六日 井伊戸夏樹 呪殺
十月二十日 長田目密 事故死
十一月二日 伊東港 絞殺
十一月・・・」
「もう良いわよ!全員私が殺したわ!それが何よ!」
「まだまだ居るのに読み上げなくて良いの?」
「そんな奴らのことを読み上げても私には何も効かないわよ!」
「そうね、貴方には効かないかもしれないけれど恨みを晴らしたいという人達ばかりよ。だって、貴方には何もしていないのに殺されたんだもの。」
「殺されて当然だったのよ。全員京采に近づく奴らばっかりだったし。私のお陰で変な虫は付かなかったわ!本当に姉だと言うのであれば、私を地獄に落とすのでは無くて私に感 謝すべきなんじゃない?」
ゼーハーと呼吸を荒くしながら安芽が柑奈に言う。
「何言っているのよ。アンタみたいな害虫がついたじゃない。何で自分は許されるとでも思ったの?馬鹿なんじゃない?」
「な!」
顔を真っ赤にして安芽が反撃しようとしたが、柑奈が隙を与え得ずお経を唱え始めた。
すると安芽の背後に黒い穴が空間に広がった。
安芽は動けないのか、顔を真っ赤にして柑奈を罵倒する事しか出来ない。
その黒い穴から白くてぶよぶよした手が出てきて安芽の身体に巻き付く。
俺は恐怖で動けなくなった。
安芽は罵倒するのを止めたのか両目に涙を溜めて
「京采!京采助けてよ!!」
と言った。京采は初めてこんな光景を見たという顔をしていたが、安芽に名前を呼ばれて我に返ったのか手首から珠々を外し姉である柑奈と同じようにお経を唱え始めた。
「なんで?なんで、そんな女と同じ事しているのよ!なんで?なんでなの?私の事特別って言ってたじゃ無い。私運命の人だって初めて思ったのよ。なのに何で私を拒絶するの?ねえ、答えてよ。お願いだからあの時私に向かって微笑んだ時と同じ顔をしてよ。お願い。お願いだから。私なんの為に今まで色んな人を呪ったのか分からないじゃ無い。お願い、京采もう一度私に微笑んで・・・」
京采はただじっと真顔で安芽を見ていた。
「ごめんなさい。」
ただ一言京采は安芽に言った。安芽は泣くのを止めて
「京采の事好きにならなければ良かった。私はあの人の代わりだったんだね。」
そう言って黒い穴に安芽は吸い込まれていった。
安芽を吸い込むと黒い穴は無くなった。
「今のは・・・・」
俺はそう言葉を呟くのと同時に
「残り九十九名」
そうまた機械音がした。
「はい、有り難うございました。」
そう言って柑奈は礼をした。
「姉さん、今のって何?」
京采が震えながら柑奈の方を見る。
「安芽さんを地獄に送ったのよ。」
「それは分かったよ、でも九十九名って何?」
「この間師匠の手が持って行かれたでしょう?それを取り戻す為に地獄の番人と契約したの。」
「地獄の番人?」
「そうよ、地獄の番人の代わりに地獄に百人送ったら師匠の両腕を取り戻す事が出来るって約束して貰ったの。」
「そんな危険な事をして姉さん危ないんじゃ・・・」
「そうね、危険が伴う行為だわ。でもね、こうしないと師匠に申し訳無くて。」
「師匠は知っているの?」
「当然知らないわ。でも、木々達が教えているでしょうね。何も言ってこないという事は言うことは何も無いという事よ。」
「姉さん、俺安芽に・・・」
「安芽さんに特別な人として対応していた事を後悔しているの?」
「うん。」
「京采が安芽さんの事を好きだったのであればその行動は間違いでは無いわ。でもね、悪霊になってしまった安芽さんをいつまでも放置していたのは間違いよ。」
「俺・・・」
京采が下を向いた。
「さあ、栗原さん。怖い思いさせてしまったわね。京采駅まで送ってあげなさい。」
そう言って柑奈は珠々をポケットにしまうと、灰皿を持ってキッチンに行ってしまった。
「栗原、行こうか。」
そう言って俺達は七星家を出た。
俺の耳には安芽の最後の言葉
「好きだと言って、お願い」
その言葉が残っていた。
***
「おはよう!七星!」
そう言って背中を叩くとウザそうな顔をしながら京采が振り向いた。
「朝からテンション高いんじゃ無い?」
確かに俺は最近上機嫌だ。
理由は簡単あのコツコツコツコツコツコツという音が全く無くなったのである。
それと同時にあの日給三万のバイトが履歴書を送る前にテレビで闇バイトだと報道されて、個人情報を渡す前に綺麗に無くなったのだ。
危うく警察のお世話になりかけたが、その心配が要らなくなった事が俺を上機嫌にする理由である。
「なあ、聞いてくれよ!新しいバイトが受かってさ、前の所と違って時給が良いんだよ!まあその代わり忙しいらしいんだけどさ!」
「へ~どういう所?」
「何か新宿二丁目のBAR!今日初日でさ!」
「ちょっと待って、そのBARって現哉っていう人が経営している所じゃ無いよね?」
「え?そうだけれど。」
「マジかよ。そこ俺がバイトしている所、何で栗原が受かったんだよ。」
「ひでーな!何でも店長の元彼に似ているって言う理由で採用されたよ。」
「あの人何人元彼居るんだよ。今まで言っていたタイプと全然違うじゃん。」
そう言って京采が両肩を落とした。
「それでさ、安芽の事だけれど特別扱いしていたのってやっぱり柑奈さんに似ていたから?」
「・・・・・」
「黙っててもお前のシスコンぶりは分かっているんだ。白状しろ。」
「俺はシスコンじゃ無い。普通だ。・・・でも確かに安芽を特別というか女友達に初めてしたのは、姉さんに似ていたから。女が近づいてきていつもなら適当に追い払うのに、安芽にはそうしなかったのは姉さんに似ていたから。でもこの間姉さんと安芽が同じ空間に居た時に思ったのは全く似ていない。そう思ったんだ。安芽は確かに目が茶色くて髪も・・・」
「あれはカラコンだろう?」
「カラコン?」
「カラーコンタクト知らないのか?」
「何それ。」
「女子達が付けているじゃん、目の色を変えるコンタクト。それを安芽って奴付けてたじゃん。多分元々目は茶色の方だったんだろうけれど、京采が思い描く女性がもっと茶色だって知ってからカラコンにしたんじゃない?生前に付けるようになったからなのか、悪霊になってからも付けてたみたいだったし。カラコンって付けると焦点が何処を向いているのか分からない時があるから、多分そうなんだろうなと思って。」
「知らなかった。そこまで気付かなかった。」
「まあ、でも無意識に柑奈さんに似せていたのは事実だと思うよ。実際俺も柑奈さんに会った時に安芽に似ているなとは思ったし。まあでも、柑奈さんの方が透き通っている感じはあるよね。」
「おい、姉さんに惚れたとか言わないよな?」
「始まった・・・言う訳無いだろう。七星みたいな番犬が居るのに怖くて手が出る訳無い。」
「なら良い。でも、万が一俺の姉さんに惚れたら地獄に送るから。」
「こえーよ。もう七星姉弟怖すぎるよ。」
俺が笑うと京采が笑った。
安芽が言っていたあの微笑みをもう一度という言葉は、きっと安芽にとっては特別だったのだろうが、俺からしたら姉である柑奈さんの事を語る京采の方がどんな笑顔をよりも輝いて見えた。
「そういや、現哉さんって怖い?」
俺がそう言うと京采はクラス中に響くように大きな声で笑った。
コメント
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読了しました🌙 第7話、一気に引き込まれました。死神と凜々花ちゃんの関係が不気味で切なくて…七星姉弟の登場で一気に世界が広がった感じ。特に柑奈さんのギャップがすごい!優しい女神かと思ったら煙草吸って悪霊に煙吹きかけるとか、只者じゃないですね。そして終盤の栗原くん視点も面白くて、七星の過去や安芽の話が繋がってきてゾワっとしました。この作品の「闇」の描き方、本当に好きです。続きが気になります…!
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