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13
琥珀色のロスタイム
窓の外は、
東京の夜景が宝石をぶちまけたように輝いている。
高層ビルのラウンジ、その一角にあるカウンター席で、私は琥珀色の液体が揺れるグラスを見つめていた。
「……遅い」 約束の時間は十五分を過ぎている。相手は日本バレーボール協会競技普及事業部、
黒尾鉄朗。
高校時代からの付き合いであり、そして——。
「 お待たせ! 悪い、会議が長引いちまって」
聞き慣れた、けれど少しだけ低さを増した声。
顔を上げると、
そこには高校時代の面影を残しつつも、
隙のないスーツを纏った「大人の黒尾」が立っていた。
独特の寝癖のような髪型は相変わらずだが、
ネクタイを緩める仕草には、
当時よりもずっと増した色気が宿っている。
「……いいよ。クロが忙しいのは分かってるし」
「そう言うなって。今日は埋め合わせに、お前の好きな酒、全部俺の奢りでいいからさ」
彼は私の隣にどっかと腰を下ろし、慣れた様子でバーテンダーに注文を通した。
高校を卒業して、お互い別の大学に進み、社会人になった。
かつては体育館の床に座り込んで話していた私たちが、今はこうして港区のバーで飲んでいる。
その事実に、なんだか不思議な感慨が込み上げてくる。
「……ねえ、クロ。最近、テレビでバレーの試合見るたびにクロのこと思い出すよ。普及活動、頑張ってるんだね」
「まあな。俺はバレーに生かされてるから。一人でも多くの奴に、この面白い競技を触らせてやりたいんだわ」
そう言って笑う彼の瞳は、あの頃と同じ、真っ直ぐで情熱的な光を宿している。
仕事の話、共通の友人の話、そして思い出話。
一時間もすれば、お互いのグラスは三杯目を数えていた。
アルコールのせいか、それとも夜の雰囲気のせいか。
徐々に会話のトーンが落ち、二人の距離がじりじりと縮まっていく。
「……お前、相変わらず隙だらけだよな」
不意に、黒尾が私の顔を覗き込んできた。
カウンターについた肘、支えられた顎。
彼の手が、私の頬を掠めるようにして、耳にかかった髪を指先で弄ぶ。
「え……?」
「高校の時から思ってたけど。お前、自分がどれだけ無防備な顔して俺の隣に座ってるか、自覚ねーだろ」
その声は、ビジネスで見せるそれとは全く違う。
甘く、低く、獲物を追い詰めるネコ科の動物のような響き。
「自覚……してるよ。相手がクロだから、してるんじゃん」
精一杯の勇気を出して言い返すと、黒尾は一瞬だけ目を見開いた。
そして、堪えきれないといった風に低く笑い、指先を私の頬から顎へと滑らせる。
「……それ、今の俺に言う? 相手が今の俺だって分かってて言ってんなら、もう逃がしてやんないよ」
彼の指が、私の唇をなぞる。
熱い。
店内のジャズが遠くに聞こえる。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいくらいに打ち鳴らされていた。
「……場所、変えるか」
黒尾が耳元で囁く。
吐息が肌をくすぐり、全身に甘い痺れが走った。彼はチェックを済ませると、私の手をごく自然に、けれど強い力で握りしめた。
その掌の厚み、硬いマメの感触。
それは間違いなく、私がずっと追いかけてきた、バレーボールを愛する少年のままの
「黒尾鉄朗」
だった。
エレベーターの中、二人きりの空間 。
沈黙が流れる中、彼が私の背中を壁に押し当てる。
「クロ……」
「……十五分待たせた罰。今からたっぷり、取り返させて」
至近距離で見つめ合う。
彼の瞳には、夜景よりももっと深い、熱を孕んだ独占欲が渦巻いていた。
重なる唇は、酒の味と、長い年月分の焦れったさが混じり合って、とろけるように甘い。
夜はまだ始まったばかり。大人になった私たちが過ごす「ロスタイム」は、あの頃の放課後よりもずっと長く、そして熱く続いていく。
黒尾さんムズい
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