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『第二十話 見つけた夢』
──文化祭が終わってから、一週間が過ぎた。
教室はすっかり元の景色に戻っている。
賑やかだった提灯も、鳥居も、お神輿もない。
けれど、千夏の机には、一枚の写真が入っていた。
浴衣姿のみんなが笑っている写真。
あの日の笑顔を見るたびに、不思議と胸の奥が温かくなる。
──私は、あの日、何が一番嬉しかったんだろう。
賞をもらったこと?
違う。
文化祭が成功したこと?
それも違う。
みんなが笑ってくれたこと。
誰かが楽しそうにしている姿を見ることが、あんなに嬉しいなんて思わなかった。
そんなことを考えながら、千夏は写真を眺めていた。
「亜土さん」
担任が教室へ入ってくる。
「来週から三者面談だから、進路希望調査、月曜日までね」
一枚の紙を机から取り出した。
第一志望。
第二志望。
第三志望。
まだ白紙のまま。
千夏はペンを持ったものの、書くことができなかった。
──
その日の放課後。
花村生花店では、秋の花が店先を彩っていた。
「いらっしゃいませ」
いつものように声を出す。
受験勉強に集中するため、花屋の手伝いも今日で最後だった。
──閉店後。
花村さんはレジを閉めると、小さな封筒を差し出した。
「はい。少ないけど、これまでのバイト代」
「え?いえ、何もしてないのに…いただけません」
「こういうのはキチンとしなくちゃダメ。私は千夏ちゃんの時間をもらったんだから」
「でも……」
「受け取って。ね」
千夏は両手で受け取る。
「ありがとうございます」
すると花村さんは、もう一つ小さな包みを取り出した。
「これは、おまけ」
「え?」
開けると、小さな押し花のしおりだった。
色とりどりの花が丁寧に閉じ込められている。
「きれい……」
「頑張ってくれたお礼」
千夏は何度も首を振る。
「そんな、私のほうがお世話になりました」
花村さんは優しく笑った。
「違うよ」
店内を見回す。
「このお店ね、お父さんとお母さんのお店なの」
「そうなんですか?」
「夕方になると、二人とも配達とか自宅で帳簿計算で出ちゃうから、閉店までは私一人」
「そうだったんですか!?」
千夏は少し驚いた。
「だからね」
花村さんは照れくさそうに笑う。
「千夏ちゃんが来てくれて、本当に助かったぁ」
その言葉に、千夏は何も返せなかった。
助かった。
そう言われたのが、嬉しかった。
「ありがとうございました」
自然と頭が下がる。
「こちらこそ」
花村さんも頭を下げた。
「またいつでも遊びにおいで」
「はい!」
街灯が灯り始める商店街を歩きながら、千夏はしおりを見つめた。
人の役に立てるって、こんなに嬉しいんだ。
──土曜日の昼過ぎ。
「こんにちは!」
「こんにちは」
千夏は水撒きをしている大家さんに挨拶をすると階段を登る。
久しぶりに悠真の部屋を訪ねた。
「お邪魔します」
「お、いらっしゃい」
テーブルには冷たいココアが二つ。
そして床で寝ているピスカ。
文化祭の話になると、千夏は楽しそうに写真を見せ始めた。
「これがお神輿です!」
「思ったより手作り感あるな」
「そこがいいんです」
二人で笑う。
「この子が路木さん」
「なかなか参加しなかった子だっけ?」
「はい。でも、かき氷担当になってくれて」
「よかったな」
千夏は大きく頷いた。
「文化祭、本当に楽しかったです」
少し間を置いて続ける。
「みんなが笑ってくれたのが、一番嬉しかった」
悠真は静かに聞いていた。
「実行委員、大変だったろ?」
「はい。でも一つずつ話を聞いて一緒に考えて……みんなで作っていくのが楽しくて」
悠真は少し笑う。
「千夏ちゃんらしいな」
「え?」
「人の話をちゃんと聞ける」
その一言に、千夏は目を丸くする。
「それって、簡単そうで難しいんだ」
悠真はココアを一口飲んだ。
「だからさ」
少し照れくさそうに笑う。
「千夏ちゃんなら、きっといい先生になれるよ」
「え?センセイ?」
「うん、先生」
「む、無理です!私なんかが人に教えるなんて……」
悠真は笑いながら言う。
「そんなことないさ」
「………自信ないです」
「思い出させたら悪いけど、千夏ちゃんは勉強に悩む子の気持ちを知っている」
「…………」
「それに君はそれを乗り越える方法も知っている」
──先生。
千夏の胸に、すとんと言葉が落ちる。
その瞬間、頭の中に一つの景色が浮かぶ。
文化祭。
笑顔のクラスメイト。
「本当に助かったぁ」と言ってくれた花村さん。
そして、中学生の頃、自分を信じ続けてくれた先生の顔。
「あ……」
千夏は小さく声を漏らした。
「どうした?」
「私……」
言葉が自然とこぼれる。
「やりたい事が見えてきました」
自分でも驚くほど、その言葉はしっくりきた。
悠真は優しく笑う。
「うん」
それ以上は何も言わなかった。
──
帰宅した千夏は、本棚から大学のパンフレットを取り出した。
夏休みに結衣と見学へ行った大学。
何気なく開いたページに、大きく書かれていた文字。
『教育学部』
千夏は何度もその文字を見つめる。
そして進路希望調査を机の上へ置いた。
──
書き終えた文字を見つめながら、千夏は静かに笑った。
やっと見つけた。
私の夢。
──続く
コメント
3件
自分ごとのように感動しました。 今までずっと悩んでいた千夏さんが、夢を見つけることができたみたいで、これからの展開も楽しみにしてます🎶
よかった……千夏ちゃんが、やりたいことを見つける瞬間が、すごく自然で温かかったです。花村さんの「助かった」という言葉が、ただのバイトの感想じゃなくて、千夏の胸に「人の役に立てる嬉しさ」として残ったところが素敵でした。そして悠真さんの「千夏ちゃんならきっといい先生になれるよ」という一言が、それまでのエピソードを全部つなぐみたいに響いてきて、じんわりしました。やっと見つけた夢、応援したくなります✨