テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
放課後の校庭は、部活帰りの声とボールの音で賑やかだった。生徒会の仕事がない日だったので、奏と待ち合わせすることなく昇降口を出て、いつものように並んで歩き出す。
夕陽のオレンジ色に染まる歩道を並んで歩きながら、その小さな棘がやがてなにかもっと大きなものに変わる予感を振り払えずにいたそのとき、背後からやけに明るい声が飛んできた。
「奏先輩!」
振り返ると、短く髪を整えた男子生徒が全力で駆け寄ってくる。まだ幼さの残る顔立ちで、制服の袖からのぞく手首は細い。
「やっぱり奏先輩だ! 昨日言ってた本、持ってきたんですよ」
息を弾ませながら差し出したのは、文庫本一冊。表紙には海外文学のタイトル。
「ああ、ありがとう。わざわざ探してくれたんだ」
「奏先輩が好きって言ってた作家、俺も気になって読んでみたら、見事にハマっちゃって……一緒に感想を語りたいなって」
無邪気な笑顔に、奏も自然と笑みを返す。その笑顔は間近で見ても、俺にはまだ見せてもらったことのない種類の、柔らかくてほどけたものだった。
「加藤くん、じゃあまた来週の放課後に、委員会で!」
「はい! 楽しみにしてます!」
後輩は俺の存在など視界に入っていないかのように、奏とだけ会話を終えると軽く会釈して去って行った。
取り残された俺は、足元の影を踏みつけるようにして歩き出す。胸の奥で、ぬるい水がじわじわと満ちていくような感覚が広がっていた。
「……奏、あの加藤ってヤツ、君とよく話すのか?」
「ん? うん、そうだね。委員会で顔を合わせるし、本の趣味も合うから……話しやすくていいヤツだよ」
悪気のない声に、心臓がざわりと波立った。俺の知らないところで、奏が誰かと笑い合っている。その事実が、想像以上に刺さる。
(本の話? 感想を語り合いたい? ……そんなの、俺だって――)
胸の奥で、言葉にならない焦りがじわじわと膨らんでいく。奏の「いいヤツだよ」という無邪気なひと言さえ、耳の奥で何度もこだまして棘に変わった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!