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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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「全然分からない……」



 そう小さく呟いた私は、机の上に広げた教科書に顔を突っ伏した。

 来週に迫った期末テストへ向けて、珍しく勉強をしている私。でも、全くもって分からない。



(……なんで数学なんてやらなきゃいけないの?)



 足し算引き算、掛け算割り算ができれば充分だと思う。

 私は顏を上げて教科書を眺めると、盛大な溜息を吐いた。



(お兄ちゃんに聞くしかないかなぁ……)



 できればスパルタなお兄ちゃんには頼りたくない。

 でも、先程から一向に埋まる気配のない真っ白なノートを見ると、このままやっていても一人では解決できそうにもない。このままでは、確実に数学のテストは赤点だ。


 諦めた私は、小さく溜息を吐くと椅子から立ち上がった。




 ────カラッ




 教科書を持って歩き出そうとしたその時、鍵の開いている窓からひぃくんが入ってきた。



「花音、まだ起きてるの?」



 その言葉に時計を見てみると、もう午後十一時を過ぎている。

 いつも必ず午後十時までにはベッドに入っている私。きっと、こんな時間まで明かりの付いている私の部屋を不思議に思い、様子を見に来たのだろう。



「うん、勉強してたの。でも全然分からなくて……」



 しょんぼりとした顔でそう告げると、そんな私を見てクスリと笑ったひぃくん。



「じゃあ、教えてあげるよ?」



 そう言って、フニャッと笑いながら小首を傾げたひぃくん。

 何の前触れもなく、突然私の目の前に現れた救世主。なんて幸運なのだろう。


 私はキラキラと瞳を輝かせると、ひぃくんを見て口を開いた。



「本当!?」


「うん。何が分からないの?」



 ニコニコと優しく微笑むひぃくん。

 なんて優しい救世主様なんだろう。お陰で、スパルタから逃れることができた。



「数学がね、全然分からないの……」


「どの問題?」



 床に転がるクッションの上へと腰を下ろすと、私はテーブルに広げた教科書を指差した。



「……ここ」


「うん。ここの何が分からないの?」



 私の隣に腰を下ろしたひぃくんは、一度教科書に目を通すと私を見て優しく微笑む。



「何が分からないのか、分からない」



 小さな声でそう答えると、私はそのまま顔を俯かせた。



(何が分からないのかが分からないなんて、私ってなんてバカなんだろう……。これじゃ、ひぃくんだって教えられないよね)



「大丈夫だよー、花音。ちゃんと教えてあげるからね」



 そう言って、優しく頭を撫でてくれるひぃくん。



「……うん。ありがとう」



 俯いていた顔を上げると、私と視線を合わせたひぃくんが優しく微笑んでくれる。

 その顔にホッと安堵した私は、気持ちを切り替えて再び教科書に視線を移すと、隣で優しく説明してくれるひぃくんの話しを真剣に聞いた。







──────



────







「凄ぉーい! できたよっ、ひぃくん!」


「うん。凄いねー、花音」



 ノートを掲げて喜ぶ私を見て、ニッコリと微笑むひぃくん。

 ひぃくんのお陰で次々と問題を解いていった私は、数分前までの自分からは予想もできない程の上達ぶりに感激した。



「ありがとう! ひぃくんっ!」


「良かったねー。じゃあ、次はこれね?」



 ひぃくんは嬉しそうな顔でそう告げると、ニコニコと微笑みながらテーブルの上に紙を置いた。



(今の私なら何でも解ける気がするっ!)



 たったの数問で謎の自信が付いた私は、この勢いでどんどん解いてみせると、もはや暴走気味に張り切っていた。



「はい、花音」



 ひぃくんに差し出されたペンを受け取ると、私は満面の笑みで頷く。



「うんっ!」



 そのまま勢いよくペンを走らせようとした、その時。目の前に置かれた紙を見て、瞬時にその動きを止めた私の指。



(……え……っ? これ、は……)



 思わず笑顔が引きつる。

 私の握っているペン先の、僅か数センチ先に置かれた一枚の紙。それは、ひぃくんの署名入りの婚姻届けだった。

 手元を見てみると、いつの間にかシャーペンからボールペンへと変えられている。



(……なんて巧妙な手口。浮かれてて全然見てなかったよ……)



「ひぃくん。何度も言うけど……私、まだ結婚はできないよ」



 引きつった顔でひぃくんを見ると、私の言葉にショックを受けたひぃくんが大きく瞳を見開いた。

 私の誕生日が来てからというもの、事あるごとにこうして婚姻届を出してくるひぃくん。



(私、何度も断ってるのに……)



「じゃあ……、いつならいいの? 明日?」


「明日でも無理だよ、ひぃくん」



(どう説明すれば分かってくれるのかな……)



「私、まだ高校生だし……ね?」



 引きつる顔で懸命に笑顔を向ける。


 

「なんで……? 高校生だから何? 花音は俺のお嫁さんでしょ?」


「いやぁ……」



(お願い、そんな目で見ないで……)



 今にも泣き出してしまいそうなひぃくんを前にして、思わず目を逸らすとどうしたものかと思案する。


 ひぃくんの言っているお嫁さんとは、ずっと彼女という意味だと解釈していた私。それが、どうやら本気でお嫁さんだと言っているみたいなのだ。

 勿論、嬉しくないわけではない。でも、まだ高校生の私に結婚だなんて、そんな話はあまりに非現実的すぎる。



「……嫌……っ、なの? 今……嫌って……っ、言った……の?」



 小さく呟く様なその声にチラリと視線を向けてみると、真っ青な顔をしたひぃくんがガタガタと震えている。



(え……。私……嫌だなんて言った? いつ?)



「花音は……俺と一緒にいたくないの?」


「えっ? いっ、一緒にいたいよ、もちろん」


「じゃあ……っ、どうして結婚してくれないの?」



 真っ青な顔をして見つめてくるひぃくんに、思わず口元がピクリと引きつる。



「いやぁ……だって私、まだ高校生だもん……」



 さっきと同じ答えしか返せない私。これ以上、どう伝えろと? 私のポンコツな頭ではこれが限界なのだ。

 顔を引きつらせて小さく笑い声を漏らすと、更に真っ青になったひぃくんが口を開いた。



「また……っ! また嫌って……、言った……!」


「えっ!? い、言ってないよ!」


「言ったよーっ!!」



 突然大きな声を上げたかと思うと、ついにメソメソと泣き始めてしまったひぃくん。



(嫌なんて言ってないよ、ひぃくん……)



 私は小さく溜息を吐くと、ひぃくんの手をキュッと握った。



「ひぃくん……。私ね、ひぃくんの事が大好きだよ? でもね、まだ結婚はできないの。お願いだから分かって?」



 私の言葉にピクリと肩を揺らしたひぃくんは、勢いよく顔を上げると私の肩をガッチリと掴んだ。




 ────!?




「本当っ!?」



 先程まで流していた涙は一体どこへ消えたのか、ひぃくんは瞳を輝かせると嬉しそうに微笑んだ。



(一体、何がどうなったの……?)



 驚きに固まったまま見つめていると、私を見てニッコリと笑ったひぃくん。



「花音は俺のこと大好き?」


「えっ? う、うん。大好きだよ?」


「じゃあ、花音からキスして?」




 ────!?




 小首を傾げてフニャッと微笑むひぃくん。

 私の顔は一気に熱が集中し、見る見る内に真っ赤に染まった。きっと、今の私は茹でダコだ。



「……えっ!!? ムリムリムリムリっ!!!」



 全力で首をブンブンと横に振る。



(ひぃくんからされるのだって恥ずかしいのに……っ。自分からだなんて、そんなの絶対に無理!)



「じゃあサインして?」



 ニッコリと笑って婚姻届を差し出すひぃくん。



「ひぃくん、だから結婚はまだ……」


「じゃあキスして?」



(え……。その二択なんですか?)



 婚姻届から視線を上げた私は、目の前でニコニコと微笑むひぃくんを見つめて顔を引きつらせる。



(……本当に? その二択しか私に残された道はないの……っ?)



「むっ、無理っ! どっちもできないよ!」


「どうして? だって花音は俺のこと大好きでしょ?」


「そういう問題じゃないのっ!!」



 真っ赤な顔で大きな声を上げた私は、ニコニコと微笑むひぃくんを見て拳をプルプルと震わせた。



「花音は我儘だねー。でも、そんな花音も可愛いよ」


「…………」



(これは私の我儘なの? ひぃくんの我儘じゃなくて……?)



「じゃあ、わかった。これは俺が代わりにサインしとくね?」



 そう言って、小首を傾げてフニャッと笑ったひぃくん。



「……えっ!? ちょ、ちょっと待って、ひぃくん! 私まだ結婚なんてしないよ!?」



 焦ってひぃくんの腕を掴むと、私を見たひぃくんがニッコリと微笑む。



「じゃあキスして?」



(あ、悪魔だ……。目の前で天使の微笑みを見せるひぃくんが……っ、悪魔に見える。これはもう、立派な脅しでは……?)



「キッ、キス……したら……。結婚の話はもうしないでくれる?」


「えー? なんの事?」



(……やっぱり悪魔だ)



 ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、私は思いっきり顔を引きつらせた。

 そんな私を見てクスリと笑ったひぃくんは、優しく微笑むと口を開いた。



「ちゃんと約束するよ? 高校卒業するまではね」



 そう言って私の手をキュッと握ると、優しく微笑んだひぃくんはそっと目を閉じた。

 瞼を閉じていても充分すぎる程に綺麗なその顔に、思わず見惚れてしまった私は目の前のひぃくんをジッと見つめた。



(なんて綺麗なんだろう……。まるで彫刻みたい)



「花音。まだー?」


「……へっ!? な、何が!?」



 瞼を閉じたままのひぃくんが突然口を開き、驚いた私は間抜けな声を上げた。



「キスだよー。早くちょうだい?」



 瞼を閉じたまま優しく微笑むひぃくんに、なんだかキュンッとしてしまった私。



(恥ずかしいけど……。でも、それ以上に大好きだから……)



 私はゆっくりとひぃくんへと近づくと、そっと優しく自分の唇を重ねた。




 ────バンッ!




「さっきから煩いぞ! 今何時だと思っ……!!!?」




 ────!!!?




(おっ……! お兄ちゃん……っっ!!?)



 突然現れたお兄ちゃんは、私達を見るとそのまま固まってしまった。

 それもそのはず。お兄ちゃんが目撃したのは、私がひぃくんにキスをしている姿だったのだから──。


 私の顔は赤から青へと変わると、お兄ちゃんを見上げて冷や汗を垂らす。



「……お前ら、今……何してた……?」


「キスだよー? 花音からしてくれたんだー」




 ────!!!?




(ヒィッ……!? や、やめてっ! お願いだから黙っててひぃくんっ!!)



 ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、その呑気さに思わず仰け反る。



(なんてマイペースなの……っ。ひぃくん、今の状況分かってる!? お兄ちゃんにバレちゃったんだよ!? ……もう、私達に明日はない。きっと殺される……っ、私はこの鬼に殺されちゃうんだ……っ!)



 扉の前で未だ呆然と立ち尽くしているお兄ちゃんは、驚きに見開かれた瞳で私を捉える。その顔は真っ青に染め上がり、ビクリと震えた私は額に大量の冷や汗を垂らした。

 笑ったところで何の解決にもならないと分かってはいるものの、私は懸命に作った笑顔でお兄ちゃんを見つめ返すと、ハハッと力ない笑い声を漏らすことしかできなかった。




 


 

ぱぴLove〜私の幼なじみはちょっと変〜

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