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―こんな所へは来たくなかった―




沙羅はライブハウスの一番後ろの入り口に立ち、これ以上は一歩も入らないという態度をとっていた




一部の客は興味深げに沙羅をチラチラ見ていた、きっと昔の私達の事を知っている連中だろう、なぜか落ち着かなく、ステージに立つ彼と私は赤の他人、誰も私に馴れ馴れしく話しかけないでと、精一杯虚勢を張ったオーラを出していた




―ただ・・・どんなものか観てやろうと思っただけよ―




一曲だけ聞いたら帰るつもりだ、こんな日に偶然なのか学校で走り回って疲れ果てた音々はいつもより1時間も早く自分からベッドへもぐりこんで熟睡してしまった、あの子は一度熟睡してしまうと朝まで起きない、気が付くと沙羅は車を飛ばしてこのライブハウスに来てしまっていた




本当に一曲聞いたら帰らないと・・・こんな夜に今まであの子を一人にした事はなかった、今でも心の片隅でいつもあの子を気にしている、今地震が起きたら?家でガス漏れ事故があったら?寝ているあの子に何かあったら?この8年間、少しでもあの子と離れると心配で落ち着かない、自分の行動が信じられない、いつでも力は自分が驚く行動を取らせる、ああ・・・力に本当に腹が立つ




観客の一番前には真由美や陽子・・・その他大勢の

同級生の見知った顔がいる・・・いまいましい・・・




力の凱旋が自分の心に何の影響も与えていないフリをするのは、もう限界だった





8年前とは違う・・・



あの頃の力は沙羅にとってかけがえのない人だった、二人は一心同体のように黙っていてもぴったり気が合った、相手の考えは言葉に出さなくても分かっていた




今、沙羅はステージにあがる力とはかけ離れた生活をしている




しかし、自分だって町一番のベーカリーショップを営んでいる事に誇りを感じているし、自分の今の人生を愛している




毎日色んな客がパンを買いに来て、ペットの仔犬が生まれた話・・・ご近所の誰それさんの話・・・お客とのコミニュケーションは尽きない




そりゃスーパースターに比べたらこの上なく地味だけど




沙羅は人気者の地域密着型のパン屋さん、人の良い町の商売人として町に受け入れてもらっている




シングルマザーのプラスの面は、自分自身のことでクヨクヨ悩んでいる暇が無い事だ



四六時中、子供のことを考え、目を配っていなければならない、努力の甲斐はあり、やがて力に捨てられた傷は癒え、心の平安は取り戻せた・・・



それなのに今の自分には憎悪と恋しさが代わる代わる台風の様に吹き荒れている




ステージに立つ力はスタンドマイク一本に、足が高いカウンター椅子にギターを抱えて座っている




今はあのサラサラの髪をヘアアイロンで毛先だけを外側に綺麗にカールしている、波打つ豊かな黒髪・・・端整な顔立ち・・・スポットライトを浴びたその横顔は高い鼻筋が通っていて、昔妖精になったら力の鼻を滑り台にして遊びたいとよくからかったものだった





彼の瞳はとろけるブラック・ダイヤモンドの様にキラキラ照明に照らされている




黒の細身のデニムに同じくシルクの黒のシャツ、そして黒の皮の厚底のブーツ・・・



上品で全身真っ黒のその装いは、力の肩幅の広さと腕の筋肉の逞しさを引き立てていた、シンプルでありながらもプロらしく、風貌は入念に作られたものであり、誰でも簡単に真似できるものではない




引き締まったシルバーのバックルのベルトを通した腹部とウエスト・・・



力ほど自分の体を疼かせる男はいない、彼を一瞥しただけで、目の前で華々しい花火が打ち上げられている気分になるのだ、八年前こんな風に沙羅も彼にとり憑かれていた、今や世界中の若い女の子が力にとり憑かれている





八年前の様にあの筋肉に触れて、硬い骨の隆起を両手でなぞれたら・・・


恋人として遠慮なく力にまたがり、シャツのボタンを一つ一つ外していき、力の反応を確かめ・・・小さく弾む吐息を聞きながら、ベルトのバックルとデニムのボタンを外して、彼の瞳を見つめながら・・・ゆっくりとファスナーを下ろす・・・




その中にあるものは・・・ただひとつだ



たまらず沙羅の胸のふくらみを両手で掴む彼は、まるで果実を味わう様にその先端に口づけし・・・さんざん乱されてからもう片方にも同じようにする



その間、沙羅は彼の硬い高まりを弄び、彼が息を飲むのを耳ではなく、腹筋の動きで感じている・・・じれったくなった彼が抗議をするように、沙羅の唇を貪る




そしてお互いに、キスや愛撫だけでは物足りなくなって・・・・




―もうっ!いいかげんにしなさい!沙羅!―



沙羅は自分の手の甲を反対の手でぎゅっとつねった、ただその場に棒立ちになり、身動きもできず、声も出せなかった



それでも歌う力を見つめていると、沙羅の心はまた彷徨い始める、動画ではなくステージに立つ生身の力は圧巻だった



この八年で力は純粋な少年から一気に大人の男性に成長した、沙羅の知らない、全くの別人へと変貌していた



力には天性の愛嬌と人への純粋な誠実さが今でも備わっているのがわかる。まるで胸に強烈なパンチを食らったように沙羅は息を漏らした




―あそこにいるのは私の知っている力ではない―




妊娠が分かった時は、男性に対する信頼は徹底的に打ち砕かれた、一人で何とかしようとしか思わなかった




力は音々をひと目見てすぐに我が子だと気が付いた・・・



ううん、はじめからそれを知っていて確認しに来たのかも・・・どっちにせよあの子を嫌いになれる大人なんかいない・・・




自分そっくりの真夜中色の瞳・・・力がこの先音々に抱き着かれて、父親なら私と同じように心を揺さぶられないわけがない




自分と可愛い娘の笑い声が一つに溶け合うあの瞬間に、幸福を感じない父親なんていない




音々という、かつての二人の繋がりを超える存在・・・私はもしかしたら、心の底で力と音々と家族になれる可能性をまだ夢見ているのかもしれない




その可能性は日を追うごとに魅力を増していっている




しかし私は再び力に恋をすることを内心恐れている、力に出会ってから不信や怒りに埋もれてはいたが、彼が音々との絆を感じた瞬間に、隠していた愛を掘り起こされたのだ



それでも力ともう一度やり直すなんてあり得ない、そんなことは望んでいない、でも・・・力は正真正銘音々の父親なのだ・・・




ああ・・・頭がおかしくなりそう




沙羅自身・・・この八年間、音々の存在を知らせようと思えば知らせられたはずだ、韓国の会社の連絡先も知っていたし、力の公式HPもあった・・・




連絡を取ろうと思えばとれたはずだ




実際何年も前から、神出鬼没の彗星のようにビルボードチャートに力がその名を馳せるようになってからずっと沙羅は力のキャリアを追っていた




いちファンの視点で見なくても、力のバンド『ブラック・ロック』が世界的に有名になるのは、必然だったような気がする




力の足りない所を補うようなバンドのメンバー構成、技術にしてもビジュアルにしても力を気に入らなければ必ず他の誰かを好きになるように出来ているのだ、相当のプロデュース力がかかっている、お金も、時間も




出す曲、出す曲、ビルボードのトップ10内に入り、数々の音楽、ファッション誌の表紙を飾り、『ヴォーグ』『anan』では何度も特集記事が組まれた、音楽やポップカルチャー全般を扱う様々な電子媒体や紙媒体の出版物にも登場した




沙羅はそれについても全て購入して読んでいた、彼について出版されたものは一言一句読み込んだ、どうやったのか力はなぜか幼少時代とか学生時代の話はシークレットにされていて、彼の故郷も明かされていなかった




しかし去年の夏、韓国でも有名な若手歌手との恋仲を大々的に報道されて、力に悪評が増えた



相手は気の強いセクシー新人歌手だ、人気のあるクラブに二人でいる所の写真がSNSで流出された、二人の関係は報道によると綺麗には終わらず、新人歌手は力を厳しく批判した、力は感情に乏しいだの、どこかつかみどころがなくてよそよそしいだの・・・




彼女はそう話し、他の音楽プロデューサーの元でヒットソングを出した、しかし二曲目はさんざんの結果に終わって、音楽界から消えた




マスコミはどんどん煽り、女性の心を利用する不良ボーカリスト・・・芸能ニュースサイトはお騒がせ芸能人と力を書きたてた




さらにオンラインで観れる彼の動画も全部チェックした、コンサートやフェスでの一幕、インタビュー、ビハインド、ビールの広告、男性用化粧品、携帯電話の充電器のコマーシャル、沙羅はそれらを中毒患者のように調べつくしてた




次から次へとヒットする催眠術の様なリズムに聴き入り、気に入った動画は何度も見返せれる様にiPadのお気に入りに保存して、夜中に一人、ビール片手に観るのがひそやかな楽しみになった




そしてとうとう沙羅も認めざるを得ない、彼は素晴らしい才能の世界を魅了する歌手だ




力との関係で唯一失敗したと思う所が、あの頃自分があまりにも凡人すぎて、力のダイヤモンドの様な才能にこれっぽっちも気づかなかった所だった




力の一番近くにいて彼の歌を聞いていたのは自分なのに




沙羅は力との平凡な結婚に憧れていた、てっきり力はどこかの会社員になって自分は専業主婦・・・そして音楽は趣味でやればいいと思っていた




自分に都合の良い力の将来の道を彼に掲げていた、彼のためではなく、自分の夢を押し付けていた、今思えばギリギリになって力が逃げ出したのは当然のことだと思う




これほどの珠玉の才能があって、彼は神に選ばれた者の様にそのチャンスを掴んだ、力の人生はまさに映画に出来るほどのサクセスストーリーだ




ただそこに自分は入ってなかっただけ





力の曲は全て把握している、涙がこぼれた曲もあれば、思わず笑ってしまった曲もあった・・・




でも、いくつかの曲には怒りがこみ上げてきていた、その曲は失った愛について何曲も歌っていて、まるで何の価値も無いものと捨て去った私達の愛について歌っている様だった




もしこれが本当に私との事だとしたら、世界中にさらけ出す権利なんて彼にはないと、聞くたびに腹が立った




力はまるで・・・そうやって沙羅の前に姿を現さずに「ごめん」とメロディーに乗せて囁いているみたいだった




力が恋しい・・・でも恋しく思うべきではないと八年間何度も自分に言い聞かせて来た




今・・・ステージの力をじっと見つめる





あのとろけるようなブラック・ダイヤモンドの瞳をうっかり見てしまおうものなら、胃がひっくり返り、口が渇き、息が上がるに決まっている、そんな自分が悔しかった




彼を嫌う理由ならいくらでもあるし、現に大嫌いだ!なのに歌う力の姿をひと目見るなり、高校生の様になぜ胸がときめくの?





8年前の沙羅なら隙あらば力を見つめ、握ってくれた彼の手のぬくもりや、やさしい笑顔、そして大勢の人がいる時は礼節をわきまえていても、二人っきりになった時のぐいぐい来る彼の大胆さに酔いしれていた




力もあの頃の二人を覚えているの?真夜中に思い出して眠れなくなったりする?



力が戻ってきてから沙羅の頭は四六時中彼の事を考えている・・・薄暗いライブハウスの照明の下、ステージの上で歌う力の声は、まるで沙羅の心に直接語りかけてくるようだった



しっかりしなさい!彼のあの歌は私のためのものではないのよ!




彼はファンのために歌っているんだから!




沙羅は自分にそう言い聞かせた




あのステージにいるのはみんなが愛する「ブラック・ロック」の(Riki)だ、私の知る「笹山力」ではない、やっぱり来るんじゃなかった




そう最後に思って沙羅はライブハウスを後にした

韓国スターの秘密の隠し子〜結婚式で逃げたアイツが父親なんて絶対認めません〜

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