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―――狂座本部―――



※エルドアーク宮殿内戦略広間



「第四十七軍団長を失ったのは大きな痛手ですが、彼は見事に任務を遂行してくれました」



ハルはスクが送信した、これまで全ての報告資料を読みあげる。



「結構時間かかったけど、やっとボク達の出番だね☆」



ユーリが待ってましたとばかりに、楽しそうに声をあげるがーー



「待てユーリ。ここは俺が行く」



アザミがユーリの頭に手を乗せて遮る。



まるでお前は此処に居ろ、と言わんばかりに。



「えぇ~何でだよぉ? ボクは行きたいよ☆ 皆で一緒に殺ればいいじゃない★」



勿論それが最善の策だろう。全戦力を以ってすれば、たやすい事は自明の理である。



「資料によると注意すべきは特異点、一人のみ。それを直属がぞろぞろ出向いてどうする?」



アザミの考えに、やはり納得のいかないユーリは反論する。



「そりゃそうだけど。でもアザミ一人で行くのは危険だからボクも一緒に行くよ★」



ころころと表情を変え、最後には笑顔になるユーリ。



そんなユーリを妹と接するかの様に、アザミはその栗色の髪をくしゃくしゃと優しく撫でながらーー



「ユーリ、俺達直属の本来の役割は冥王様の守護と、このエルドアーク宮殿を守護する事。俺達がぞろぞろ行ったら、此処が手薄になるだろ?」



それは分かってるけどみたいに、うぅ~と不満そうにユーリは俯いた。



「しかしアザミ、貴方一人で行くのはあまりに危険なのでは?」



眼鏡の額縁を指で整えながら言うのは、ハルの意見だ。



「敵は特異点一人ではありません。レベルこそ低いですが、夜摩一族の特殊さを考えると流石に一人は……」



とはいえ、アザミの力は誰もが認め、讃える処だ。



三年前の四死刀との闘いで、雷神と謳われし四死刀が一人ーー“紫電閃”のライカを仕留めたのはアザミだったからだ。



「まあ何も一人で行くと言っている訳じゃない。俺の下に居る軍団も精鋭を選んで連れていくし、それに」



長い黒髪をかきあげ、切れの長い瞳で皆を見据えながら、アザミは不敵な笑みを浮かべて。



「俺に万が一が無い事は知っているだろ?」



そうだった。仮に苦戦はあっても敗北は絶対に無い。



それは皆が抱く、アザミに対する絶対的な信頼の証であった。



「そうだよね、アザミなら大丈夫……。じゃあボク達が此処はしっかり留守番しとくから、アザミはすぐに終わらせて、なるべく早く帰ってきてよね☆」



「くれぐれも油断しないように。まあ確かに貴方に万が一は有りませんでしたね」



アザミはユーリの髪を更にくしゃくしゃと撫でながら、笑みを浮かべながら二人を見据える。



「後は任せる」



踵を返し、長い黒髪を靡かせながら広間を後にするアザミを二人は見送る。



そんなアザミの後ろ姿を、不安そうな瞳で見詰めていたのはルヅキだった。





――エルドアーク宮殿内通路――



アザミが戦闘準備を終え、大理石の豪華な通路を歩いていると、前方に人影が見えた。



それは通路の側面に、腕を組んで寄り掛かっていたルヅキだった。



アザミはそれを見て歩みを止める。



ほんの刹那の時間、時が止まったかの様に、二人は見つめ合っていたのかもしれない。



沈黙を破ったルヅキが口を開く。



「本当に……我々も行かなくていいのか?」



「どうした急に? それが最善だろ?」



アザミはルヅキの意外な一言に、あの時ルヅキが肯定も否定もせず黙っていた事を思い出す。



「お前の力は信じているし、万が一が無い事も分かっている。でも何故だろう? 不安で仕方無いんだ……」



元よりルヅキは慎重派な上、三年前の事を未だに悔いている。



珍しく気弱な顔を見せるルヅキ。



そこに見えるルヅキは、悩みを抱えて弱々しく項垂れる女性の姿そのものであった。



「三年前の事も、お前が全てを背負って責める必要は無い。心配するな……」



項垂れるルヅキの肩に手を置き、アザミは囁きかけた。



「しかし……」



「直属筆頭がそんな顔をするな。お前は冥王様の代わりに、狂座を引っ張っていく責務があるだろ? お前の代わりに汚れ役は全部、俺が引き受ける」



それはアザミの誓いだった。



ルヅキが表舞台で直属筆頭として活躍し、自分はそれを支える為、暗躍していく事を。



お互い認め合った者同士としてだけではなく。



直属同士の繋がりは強い。



その中でも、ルヅキとアザミは表裏一体とも言うべき絆で結ばれていた。



“お前が光なら俺は影”



“それでいい”



俺達はこの世でたった二人のーー



双子の兄妹なのだから。



「ユーリの事、よく面倒見といてやってくれ。アイツはまだ幼くて危なっかしくて、心配で見てられん」



これはルヅキが少しでも不安を取り除けばという、アザミなりの配慮だった。



「そう……だな」



ルヅキの表情から曇りが消えていく。



二人にとってユーリは妹みたいな存在だから。



「じゃあ、そろそろ行ってくる……」



アザミがルヅキの肩から手を離し歩み出す。



そして振り返らぬまま一言ーー



「俺に万が一は無いが、闘いに絶対というものは無い。もし俺に何かあった時は……後は頼む」



「アザミ……兄さん」



振り返らず歩むアザミにルヅキは、たった一言だけーー



「御武運を……」



その言葉にアザミは振り返らぬまま、右手を上げて応える。



それが今生の別れが如く、ルヅキは何時までも兄の後ろ姿を見送っていた。

雫 -SIZUKU- ~星霜夢幻ーー“Emperor the Requiem”~

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