赤ワインが替わりになれば、どれだけ良いだろうと考えたことなら幾度とあった。 けれど、酒は一切受け付けない身体だったし、大切なあの子を傷付けるのだけは絶対に嫌だった。
だからと言って、彼とあの子を天秤にかけるつもりなんてなくて、ただ阿部はどうしようもないくらいに甘えていたのだ。彼の優しさに。
「ごめん、照…、あの、今日…良い、かな?」
彼を誘うのはいつだって、罪悪感と情けなさでいっぱいになって、消えてしまいたいと思う。
声も、指先も震えて、彼の目を直接見ることもできなかった。
そんな阿部の胸中をわかっている岩本は、いつも優しく阿部を抱き寄せて、何度も背中を撫でてくれた。
「大丈夫だから、おいで」
そして、手を引かれて寝室へと導かれる。
青白い頬にそっと指先が触れたかと思うと、ゆっくり唇が重なった。
「は、あ…っ、あ」
シーツをぎゅっと握りしめ、しどなく開いた唇から熱い吐息とともに途切れ途切れの嬌声を漏らす。
こうしている時は、少しずつ身体にエナジーが流れ込んできて、いつもより元気になれるから、好きだ。
背後から岩本に腰を抱かれ強く穿たれる度に、阿部は襲ってくる快感に背を反らせた。
「ね…お願いっ、中に、出して…っ」
「うん、わかってる、から、もう少し付き合って?」
「ん、うん…っ、もっと、強くしても、良いから…ぁ、あ…っ」
とうとう腕をついていることもできなくなって、崩れるようにシーツに頬を押しつける。止まらない律動。止めてほしくない。
次第に早くなっていくそれが、岩本の限界を告げている。
「ああ、阿部…いくよ?」
「うん、全部、全部中に…っ」
「んっ…」
岩本が全てを阿部の中へ注ぎ込むと、阿部は小さく震え、頬をピンク色に染めて微笑んだ。
「阿部くんは?」
「阿部は今、寝てるから。そっとしておいてあげられる?」
「……」
こくりと素直に頷く仕草とは反対に、瞳は強い光を持って岩本を見つめていた。まるで睨みつけるかのよう、阿部との情事を全てお見通しかのように。
「大きくなったら、蓮も阿部のことを守ってくれよ」
「今だって、守れます」
きっぱり言われて、そうだろうな、と思う。
そのくらいの強さを、岩本は目黒から感じていた。まだ子どもだと思っているけれど、子どもは驚くほど早く大人になってしまうのだ。
阿部はいつも、彼にだけは自分の本当の姿を見せたくないのだと言って泣いた。阿部にとっての目黒は天使にも等しい存在だったから。
ずっと、美しいものだけを見て、美しいものに囲まれて成長して欲しいと願っているのだ。
少なくとも、阿部自身のような異形の者としての人生は歩ませたくないのだろう。
「蓮も、もう寝る時間だよ」
「はい」
「ひとりで眠れるな?」
「大丈夫です」
目黒の頭を撫でようとすると、嫌がってそのまま行ってしまった。
廊下の向こうへと消えていく小さな背中を眺めながら、不憫な阿部を思って岩本は短い溜息をついた。
阿部が一番望まない結末は、目黒が一番望んでいる結末なのだと、果たしていつ気が付くのだろうか。
その時がもうすぐそこまで来ている予感がした。
コメント
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冒頭の一文にkinoさんのお考えが詰まってるようで、それだけでめっちゃわくわくします🥺✨
わあなんか気になる!!!
ちゃんと書きたいなーと思ってるお話のイメージを投げておきます🙏